帽子が好きなら

冬部 圭

帽子が好きなら

 透子は帽子が好きで、いろいろな帽子を集めている。普通、自分の髪形に合う帽子を選ぶものだと思うのだけど、透子は帽子に合わせて髪形を変える。

「これ、素敵だから、買っちゃった」

 髪形を変えて、帽子を変えた後、そう言って悪戯っぽく笑われると、僕は前の髪形が好きだったなんて言い出せなくなってしまう。

 前に透子の部屋を訪れたときは、今の髪形に似合う帽子グランプリなんてことを勝手に始めて、僕は帽子のファッションショーに付き合う羽目になった。

 際限なくお金を使ってしまいそうになるからという理由で、一週間に買う帽子は一つまでと決めているそうだ。おかげで買い物に付き合うと、これが良い、あれも良いと悩みが深まり、時間がどれだけあっても足りない。

 買い物の際に意見を求められることがあるが、これがまた厄介で、真面目に意見を言っても取り入れられないし、適当な意見を言うと怒るし、僕に正解はあるのだろうかという気持ちになる。

 それでも、最近は少し要領がわかってきた。「これは他では手に入らないかも」とか、「こういった帽子は持ってないよね」とか。つまりはコレクター心理を揺さぶるフレーズが無難だと気づいた。

 ただ、それだと、似合いそうにない帽子がどんどん増えてしまうので、少し機嫌を損ねることになっても、正直に、「それは似合わないかも」とか、「あっちの方が良くない?」と言うように心がけている。


「どんな帽子が好き?」

 透子はよくそんな質問をする。本当に困る。

「僕が被るの? 透子が被るの?」

 時間稼ぎをしながら、その日の透子の気持ちを推し量る。透子の求める答えを返したいから。

「私」

 いつもの答えが返ってきてからも引き続き全力で考える。今日の髪形、服装をよく見て。

「キャスケットかな」

「キャスケット。いいね」

 今日の気分に会っていたようだ。

「じゃあ、選んで」

 そう言って、帽子屋に連れていかれるところまでがお決まりになっている。


 そのくせ透子は僕が選んだ帽子を気に入ることは少ない。偶に気に入った素振りを見せてもその帽子を買うことが無い。僕が、

「買ってあげるよ」

と言っても辞退する。

 だから、僕は秘かに僕が選んだ帽子を被らせたいと思っている。


「一生に一度でいいから、かぶってみたい帽子があるよ」

 ある日、二人で出かけた居酒屋で、透子がそんなことを言った。

「どんな帽子?」

 唐突な話だったので、僕はどんな帽子の事なのか全く想像ができず、すぐに聞き返した。

「恥ずかしいから、内緒。それより」

 透子は教えてくれる気配がなく、すぐに話を変えてしまった。

 その日のその後の話は全く記憶に残っていない。

 あれだけ帽子を持っていて、あれだけ帽子屋を知っていて、それでも一生に一度くらいしか被れない帽子って一体。

 ならば、僕がその帽子を手に入れて見せよう。そうしたら。僕は、その日から、透子が求めている帽子を考えるようになった。


 そんな僕に、透子は相変わらず、僕に意見を求めながら、自分の気に入った帽子を買っていった。

「夏になるし、麦わら帽子なんてどう」

と話を振ると、どこで知ったのか麦わら帽子専門店に連れていかれた。

 麦わら帽子にもいろいろな形、種類があるのを知った。向日葵のような農作業用の麦わら帽子を想像していた僕は、少し恥ずかしくなった。

 おしゃれな小振りの麦わら帽子を見て、夏の透子にこういうのも似合うなと考えながら、

「こういうのは、どう?」

と薦めてみたけれど、いつも通り、

「いいね。だけど、こっちにしようかな」

と、僕が薦めたのとは別の麦わら帽子を買った。


 秋になって、透子は秋のお気に入りのベレー帽をよく被るようになった。

 お気に入りがあるのなら、新しい帽子を買わなければ良いのに。そう思うけれど、お気に入りがあるということと、新しい帽子が欲しいということは別のことらしい。

僕は一度しか見ていない帽子も、普段の通勤とかで使っていると言い訳している。誰に何を言い訳しているのやら。


 12月になった。

 冬は実用性重視で暖かいニット帽がお気に入り。だけど、一番のお気に入りのニット帽はそろそろくたびれてきたので買い替えかなと言っていた。

 当然のようにニット帽を買うのにも付き合ったけれど、やはり、僕の薦めた帽子は買わなかった。


 透子が一生に一度でいいからかぶりたいと言った帽子のことを考えながら、一年近くが過ぎようとしていた。どれだけ考えても、どれだけ透子のことを観察しても、答えがわからなかった。

 年末、実家に帰省すると、義兄と甥二人を連れて姉も帰省していた。

 自力で答えを出すのを諦め、女性の意見を聞いてみよう。そんな藁をも掴む気持ちで、姉に相談してみた。

「鈍い。鈍すぎる。そんなこともわからないの?」

 開口一番、姉は酷く僕を罵った。

「姉さんはわかるのかよ」

「当然。わかりやすい。息子たちでも分かる」

 流石に一歳児と三歳児にはわからないだろうと思ったが、逆らわず、

「教えてよ。彼女は教えてくれないし、気になっているんだ」

と下手に出たら、

「ビール一本でいいよ」

と姉さんは言った。

 実家の冷蔵庫から父さんのために買ってあっただろうビールを一缶くすねて姉さんに渡すと、姉さんが答えを教えてくれた。

「違っていたら、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」

 抗議したら、

「恥ずかしい思いをするのは私じゃないから」

と言って、姉さんは笑った。


 年が明けて、透子と初めに会う日、姉さんの話が頭にあって、まともに透子の顔を見られなかった。

「どうしたの?」

 透子に聞かれたので、よほど挙動不審だったのだろう。

「僕は透子に」

とある帽子を被ってもらうことを提案した。

 透子はパッと目を輝かせて、

「いいの?」

と食いついてきた。

「もちろん」

姉さんの答えが当たっていたことに感謝しつつ、安堵しつつ。僕が選んだ? 帽子を被ってくれる喜びを噛みしめた。

 透子のウェディングドレス姿を見られないかもしれないのが少し残念だけど。これから慌ただしくなるななんてぼんやり考えた。

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