高校生活、時々ダンジョン攻略 ~底辺配信者が推しのためにダンジョンに潜ったら英雄になった件~

田島ユタカ

プロローグ

第1話 4月1日 ①

しゅうにぃ、初めての高校の通学路はどう?」


 閑静な住宅街。朝の通学路を歩いてる最中、隣にいる少女が楽し気に声をかけてきた。

 紺のブレザーにひざ下を隠すミディ丈スカートを着用しており、靴はローファーとオーソドックスな学生服。

 前髪が綺麗に切り揃えられた黒いショートボブにパッチリと開いた大きな瞳が非常に愛くるしい。

 体の線が細いためか、制服がワンサイズ大きく見えることでより一層、幼さに拍車をかけてる。


「そうだな……何が悲しくて妹と一緒に通学路を歩いてるんだろう、と思ってる」

「ぶー、途中まで一緒だからいいでしょ。それに、こんな可愛い妹と登校できるんだから、もっと喜びなさいよ」


 少女は、やや不満げな目つきで頬を膨らます。

 見知った顔の不服そうな表情は、うんざりするほど目にしてるため、焦りよりも疎ましさが上回り「へいへい」とそっけない返事をする。


 《ちょっと秀矢しゅうや! 何か女の声がするんだけど》


 胸元から、自分の名前を呼ぶ、くぐもった女性の声がする。辺りには、妹以外の女性はいない。

 どこからともなく声が聞こえたためか、妹は目を丸くしてる。

 一瞬の沈黙の後、疑いの目に変わる。


「幻聴だろ」

「いいや。秀にぃから聞こえたんだけど……スマホで動画流してるの?」


 妹の視線が胸元に向けられる。

 秀矢の胸元。正確にはブレザーの左側の内ポケット辺りが、傍目から見てもわかるほど不自然に盛り上がってる。


「やっぱり……目立つか? これ」

「当たり前でしょ! 一体、何を入れてるの? スマホにしては、大きいよね。こんな分厚い機種となると――」


(――ったく、静かにしてくれって言ったのに!)


 秀矢は左側の内ポケットに手を入れ、それを取り出す。

 秀矢の手に握られてる物に目を向けた妹は「うわあ」と引いてる様子。


 取り出したのは、ズシリと重量感のある端末。

 幅、長さ、高さはコンビニやスーパーに陳列されてるアイスモナカを想起させる。

 そして液晶には、垢ぬけた女性のバストアップが映し出されてる。


 画面に映ってる女性と目が合う。すると、画面の女性はニコっと笑った。

 可愛らしい仕草に胸が高鳴る。


「そのスマホ、何で持ってるの? 秀にぃ、言ってたじゃん。純国産スマホでアイ……何だっけ? AIが色々とサポートしてくれる奴」

AIVOアイボーな」


 アイボーとは、Artificial Intelligence Virtual Operatorの頭文字を取った言葉。

 音声または文字の入力によって様々な反応したりサポートするAIに、疑似人格とアバターを付与したものだ。


「そうそう、それ。で、そのアイボーが搭載されてるスマホは、『高いし、デカいし、対応してるアプリが物凄く少ないから止めておけ。これを買う奴は、物好きなガジェットオタクかアバターを自分好みに着せ替えして遊ぶ変態』だって」

「うっ!? これには深い事情があってだな――」

「ああ!? わかった! さっきの女の声は、アイボーが出してたってわけ? いくら何でも、高校生活が始まってないのに、女の子のアイボーを搭載したスマホを持ち歩くなんて、受験のために珍しく勉強して、頭おかしくなったの?」

「頭は至って平常だ」

「じゃあ、何でそんなスマホ持ってるのよ」


 妹の手がスマホにのびる。その手はスマホを掴むと、ぐいっとスマホを引っ張った。

 スマホの位置が少し下がり、秀矢と妹の二人で画面が見える状態になる。


芽衣めい、ちょっと手を離せ」

「大丈夫でしょ。このスマホ、スカイツリーのてっぺんから落としても壊れないって言ってたじゃん。どれどれ、さっきの声の主は――って、あれ? この人、どこかで見たことがあるような――」


《私の事より、あんた誰? 秀矢とどういう関係?》


 秀矢のスマホに映る女性が渋い顔をしてる。

 まるでビデオ通話で人間と対話してるかのように、ネガティブな感情がこもった表情と音声に、芽衣は戸惑ってる様子。


「へ? え、えっと……私の名前は、時田芽衣(ときためい)。中学二年生です」


時田ときた? という事は、本当に妹さん!?》


「はぁ、そうですけど」


《なあんだ。それならいいや》


 スマホの画面に映るアイボーが笑みを浮かべると《私の名前は、空閑亜由美くがあゆみ。もしかすると、超有名美少女ゲーム配信者のアイって言った方がわかりやすいかな?》


(自分で言うか)


 秀矢は一瞬思ったが、実際に美少女を呼ぶに相応しい外見なので口に出すのを止めた。


「アイ? ……ああ! どこかで見覚えがあると思ったら、秀にぃの推しじゃん!」

「ちょっ! お前、何言ってんだ!」

「何って事実じゃん。確か、大分前に、秀にぃがパソコンでその人のライブ配信を見てたのを覚えてるもん」

「あったなぁ、そんな事」

「何、遠い目してるのよ。私が、その女の人、誰って聞いたら『俺の推しだ』って言ってたじゃん」


 秀矢は逃げるように視線をスマホの画面に向けた。

 そこには、にやけたアイの表情が映っていた。


《いやぁ、まさか秀矢に、ぐへへ。これぞ運命って奴だねぇ》


 機嫌を損ねてないのか?

 恐る恐る画面に目を向ける。

 秀矢にとって空閑亜由美――アイは、高嶺の花である。

 人目を引き付ける、垢ぬけた可愛らしい外見。動画でも配信でも、思わず聞き入ってしまう話術。

 アクシデントに見舞われると零れる、ネガティブな雰囲気を吹き飛ばす笑い声。

 おまけにゲームの腕前は、プロに引けを取らない。

 まさに時代の寵児である。


 そんな彼女が、仕事でも配信でもない時に男性から、ファンです、と言われて嫌な顔をしないか不安だったが、様子を見る限り杞憂のようだ。

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