『加筆修正』世話焼きのシャトーメデルギウス

はた

第1話『大きな樫の樹の下で』

 私はワイン蔵の使用人。今日は、秋になり熟成された、私の村のワイン『シャトーメデルギウス』を、旧友に届ける届けるために、オンボロトラクターを走らせていた。


 シャトーメデルギウスの蔵元の歴史は、正直まだ若いが、いい味を出している。香りと渋みが我が蔵ながら、混然一体となっている。愛好家の数も少しずつ増えてきた。


 そして目印の大きな樫の樹の下の家にて、旧友はワインを待ちわびていた。丁度、カーラジオのカントリーソングが終わったところだ。丘の上で皆が手を振って出迎えてくれた。


 その家の主人、ダーコートと握手を交わす。

「いやあ、今年もよく来てくれました。皆、お待ちかねですよ」

「おお、皆元気だったか?一人くらいくたばってないかい?」


 皆、この程度の冗談なぞ、なんのその。笑って済ませる。

「ははは!!俺らがそう簡単に逝くものかよ!!あ、ネブラはこの間、アルマに殺されかけたか?」


 その場にいた皆が大笑いする。昔は犬猿の仲だったネブラとアルマ夫妻。噂については、耳には入れていたが。


「だから!!あれは誤解だって!!アルマも何とか言ってくれよ!!」

「ふーん…まだ、疑いは晴れてないわよ?あなた?」

「そうそう、夫婦仲なら私たちを見習うことね」

『それが一番ありえないんだよ』


 その場の13人全員のツッコミを受けたのは、この家の婦人。キャロライン。ダーコート氏の奥さんだ。


 それもそのはず。この辺りは今でこそ、平穏な村だが、数年前までは戦争真っただ中。その先頭に立って、敵国に分かれて戦っていたのが、ダーコート氏とキャロライン嬢だった。


 お互い敵同士で、何度も死に瀕するような決闘の毎日を送る中、妙な仲になっていき、それが恋に変わるまで、時間はかからなかった。敵兵以上、恋人未満。不可思議な関係が続く。


 彼らの交際の場は常に戦場だ。それでも恋愛感情は膨れていくから、つくづく愛とは不思議なものだ。


「あの頃はよく戦りあったなー」

「ホント、あの殺されかけた日々のことは、忘れられないわね」

「その二人がまさか、結ばれるとはなぁ。世界は広いなー」

「戦場にも赤い糸ってあるのね」


 そして、終戦を迎え両国は和平を結ぶ。晴れて二人も大手を振って交際を始め、今では女の子も授かった。


 そう、ここにいる十三人は皆、戦友。終戦間際に組まれた傭兵部隊『マキシマム13』のメンバーだ。


 はじめは敵同士だったメンバーもいたが、終戦を望む気持ちが同じだったことから、軍から離反。フリーの傭兵となり、最凶の部隊が出来上がった。そんな彼らの武勇伝は数知れない。


「仕事の具合はどうだい?上手く行ってるか?」

「ええ。ウチのミルクで作ったゴーダチーズが品評会で、いい成績で。遠方から買いつけに来るほどですよ」


 彼らの武勲が全て平和に繋がっている。あれから10年。彼らは、軍人を退役した。だが、その後の人生の約束として、この村の居住権を与えられた。


 大半が戦争しか知らないメンバーだったが、今では農業、酪農、漁業、卸売り、様々な職に就いている。はじめは戸惑っていたようだが、現在は見事にこなしている。


「さて、今日のワインに合わせる料理は…」

「君の家の担当だったよな?ダーキー?」

「あー…それがだな…」


 ダーコート氏の表情が曇る。彼の料理の腕は皆、一目置いているのだが…。ちなみにダーキーは親しみを込めた愛称だ。


「あ。私が腕によりをかけて、ラビオリを作ったわ」

『えええええええ!?』


 メンバー全員が絶叫する。キャロラインは満面の笑みだ。どうやら自信作が出来たらしい。しかし、


「キャロルの殺人飯かよ…。駄目だぜ、ダーキー。お前が尻に敷かれちゃ。今でも、俺たちのリーダーなんだからよ…」

「ね…ねえ、今から何とかならない?私達、死にたくないよ」


 キャロライン嬢の料理のひどさは筋金入りだ。だが、一度決めたことはテコでも曲げない彼女。どうしたものか。


「まあ…妥協案で、僕もこっそり具を差し替えた。皮の食感さえ耐えられれば、まだ助かる余地はあるよ」

「さすがダーキー!!先見の明は相変わらずだな!!」


 ダーコートはそれはもう、すがる目つきで崇められた。


 しかし、キャロラインは不敵な笑みを隠しきれない。

「ふっふっふ…。私がその程度の計略を見破れないと思う?」

『ま…まさか…』


 その手には、詰めたはずのダーコートのラビオリの具が!!青ざめる一同。彼女の後ろに戦地で見えた死神が立っている。


「ああっ…」

「気をしっかり持て!!諦めたら本当に死ぬぞ!!」

「あの日の闘志よ…甦れ…!!敵は一人だ!!」

「ほぉ…あなた達。私に勝てると…思っているの?」


 にたりと笑うキャロライン。そう、単純な武力では、総力を束ねても、彼女に勝つのは不可能だ。


「あの味を喰らうなら、俺は戦いでの死を選ぶぜ」

「…ふぅん?どうやら満場一致と見てもいいのね?仕方ないわ。死にたい者から、かかってらっしゃい!!」

「行くぞおおおおォォォーーーーッ!!」


 それは絵にも描けない、悲惨な光景だった。だが、これは時間稼ぎ。激戦の火花散る中、それを横目にダーコートはこっそり厨房に辿り着き、ラビオリを彼が作ったものに差し替えた。


 戦闘の結果はキャロラインの圧勝。腕は落ちていないようだ。だが、何とか殺人飯は免れた。キャロラインの元に娘、エスメラルダが駆け寄る。キャロラインも満面の笑みで抱きかかえる。


「おかーさん、だめだよ、けんかしちゃー」

 この7歳児には、この悲惨な光景が、ただの喧嘩に見えたらしい。…たくましく育ったようで何よりだ。


「そうよねー。ケンカは駄目よねー。エスメルもお母さんのラビオリの方が良いわよねー?」

「ううん。おとーさんのらびおりのほうが百億万倍いいよ?」


 キャロラインは石になった。

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