第8話 モラハラ
「なあ、まだか?」
生き生きとコーディネートを考える環に、晴山が退屈そうな目を向ける。
「晴山さんも着替えればいいのに」
黒いワイシャツにジーパンという、この町には少々暑苦しい格好をしていた。
「俺はいいよ。服装考えるのあんま好きじゃないし」
「選んであげようか?」
「いいのか?」
晴山の目が輝く。
「もちろん」
メンズコーナーに行く。シンプルな装いが良いだろうが、白いシャツだと味気ない。かといって青いシャツだと、自分とカップル感が出てしまう。
服を選んでいた環は、視線を感じて顔を上げた。店の隅で、二人の天使がひそひそ話している。
「やっぱ出ようぜ」
晴山が環の手を引っ張った。
「あの世に万引きとかないだろ」
と、晴山が怒っている。
「……天使たちに、万引きを疑われたんじゃないかってこと?」
「そうだ」
環は首を傾げた。
「万引きがないんなら、疑われることもないでしょ。別のことを話してたんじゃ……」
「俺は万引きだと思ったんだよっ!」
と大声を出す。環は首をひっこめた。
「別んとこ行こうぜ」
手をつかんだまま、晴山はスタスタ歩いていく。環は呆然としていた。コイツ、けっこうなモラハラ野郎なんじゃないか。
振り払ったとして、殴られたら嫌だ。あと少し無難に過ごそう。怒らせないようにして、神殿に向かわなければならないと切迫感を全面に出して別れよう。
開けた道に出る。道の脇には、マゼンタ色の花が咲き誇っていた。花の影で、猫が昼寝をしている。のんきなことだ。こっちはモラハラ男につかまっているというのに。
お店の青いひさしの下に、短い行列ができていた。
「ここか」
「何屋さん?」
「ジェラート屋」
店の中を見ると、三十種類ほどのジェラートがズラッと並んでいた。列の最後につくと、晴山は恵の好きな味について語り始めた。環の頭には全く入ってこないが、笑顔を作って相槌を打っておく。
案外早くに順番が来た。
「いちごとバニラ。以上で」
晴山が勝手に注文を済ませる。
「私レモンが食べたいんだけど」
「いやいいだろ。いちごで」
もうなんでもいいやとジェラートを受け取る。食べようとしたところで「ちょっと待て」と止められる。
「こっち行こうぜ」
ジェラート屋の横の狭い路地に入ってく。白壁さえも影で暗くなり、薄闇が二人を包む。
環は、晴山の高い背中を見上げた。もう怒っているようには見えないが、話しかけにくい雰囲気を満載にしている。
壁が途切れて、視界が開ける。袋小路の先は、下にある建物の屋根の上だった。崖の上のようで少し怖いが、海だけの視界が青で満たされ環は高揚する。
「いいだろ?」
と晴山が得意気に笑う。
「あ、ねえ、海をバックにジェラート並べてさ、写真撮ろうよ」
ポケットに手を入れる。
「そうじゃん。あの世だからスマホとかないのか」
自嘲気味に肩をすくめてみせる。
「スマホ?」
晴山が眉をひそめる。
「なんだそれ」
環は目を丸くした。2.5次元俳優はまだしも、スマホを知らないはずがない。
「何言ってんの、スマートフォンだよ。もしかして、すごく昔の人とか?」
自分で言って、ハッと口をおさえた。
一緒に汽車に乗ってきたのに、そんなことあり得るだろうか。
思えば、彼の発言にはひっかかるものが多い。パスタをスパゲッティと言い、イタリアンをイタ飯という。絶対おかしいというわけではないが、年代が明らかに古い。おまけに、町について妙に詳しいような気がする。美しい町の様子に感嘆することもければ、店の場所も分かって進んでいるような感じがしていた。
晴山が、鬼のような形相に変貌している。
「お前も、俺を疑ってんのか」
「疑ってるとか、そういうわけじゃ」
「疑ってるだろ!」
晴山が環の顔をぶん殴った。
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