第6話 イタ飯

 二人はレストランのテラス席に座っていた。ほどよく風が吹き抜け、ロイヤルブルーのテーブルクロスをはためかせている。


 魂は肉体と違って日焼けを気にしなくていいので快適だ。眺望は言わずもがな抜群。服装が部屋着じゃなくて、さらにナンパ野郎がいなければ言うことないのに、と環はため息をつく。


「スパゲッティ、楽しみだな!」


 とニコニコしている。

 少し辛抱すれば済むことだ。なるべく楽しんだ方がいいかもしれないと環は切りかえる。


「もしかして、俳優さん?」

「え、俺のことタイプってこと?」

 違う。

「タイプっていうか、似ている俳優さんがいて……」

「誰誰?」


 と身を乗り出してくる。


「高橋涼介さん」

「誰だそれ」

 環は小さく驚く。

「ネットの広告なんかでよく見かけない?ほら、2.5次元俳優で」

「2.5次元俳優?なんだそりゃ」


 同世代のように見えるので、知っていると思ったが。知らない人もいるだろう。


「芸能人とか、あんま興味ない?」

「べつに」

 いかにも興味なさそうに答えた。


「それよりさ、俺は晴山はるやま波留斗はるとっていうんだけど、君の名前は?」

「環です」

「めぐるか。名前まで似てるな」


 嬉しそうに何度もうなずく。


「名前『まで』?」

「環ちゃん、俺の彼女に似ててさ。恵って名前なんだけど」


 悲しそうな顔で笑った。


「会いたくて、しょうがないんだ」

 ナンパではなく、離れ離れになった恋人を懐かしんでいたのか。

 環は少し同情する。


「私も、恋人がいて」

「彼氏の名前は?」

夏生なつき

「じゃあ、俺には似てないな……。顔はどうだ?俺に似てるか?」

「似てないねえ」


 夏生の風貌は、いわゆる草食系だ。ひょろっとして色白で、顔もあっさりしている。笑うととても優しい顔になるのが、特に好きだった。


「会いたいなあ」


 夏生を思うと、涙が出てくる。

 この世では、もうすぐクリスマスだった。夏生は大学生だが、環は働いていたのでお金があった。環は自分が多めに支払うつもりで高めのレストランを予約していたのだが、負担は均等がいいとバイトを頑張ってくれていた。


「恵は健気な子でさあ」


 晴山が、遠く海を眺めて語り始める。


「同棲してたんだけど、毎日早起きして弁当作ってくれるんだよ。夜も、俺がどんだけ遅くなっても待っててくれるし」


 大御所歌手の楽曲のような恋人だな、と環は思う。


「とにかく、すっげえ気がきくんだよ。この前も、うっかり弁当忘れて会社に行ったら、バス乗り継いで届けに来てくれてさ。俺が気づく前に服のほつれとか直してくれるし。おまけに、環ちゃんみたいにかわいいし」


 気持ちわる。と思ったが、環はとっさに笑った。こういうときは、冗談の雰囲気にしておくと丸くおさまる。


「環ちゃんの彼氏も、俺に似てたらよかったのになあ」

「なんで?」

「環ちゃんも彼氏と一緒にいる気持ちになれただろ」


 顔が似ていても、夏生は替えがきく人間ではなかった。いや、誰だってそうだろう。大切な人ほど、唯一無二の人間になっていくものだ。それでも晴山の気持ちを否定する気にはならないので、話題を変える。


「でも私、死んでないのよ。間違えてここに来ちゃって」

「え、そうなのか?」


 環はこれまでの経緯を晴山に説明する。


「あの世も案外雑なとこあるよな」

「ズワイガニのウニクリームパスタのお客様」

 ウェイター姿の天使が、料理を持ってくる。

「あ、俺」

「ゴルゴンゾーラチーズニョッキのお客様」

「はい」

「ごゆっくりどうぞ」

 天使の輪っかを揺らしながら、ウェイターが頭を下げる。


「バイトなのかなあ」

 あの世にも、天使の暮らしがあるのかもしれない。


「うめえぞ、このスパゲッティ」

 麺をすすりながら、晴山がパスタをほおばっている。


 環もニョッキを食べる。ムチムチとした歯ごたえ、舌に絡みつくようなチーズの濃厚な味わい。どれをとってもこの世での食に遜色がない。案外、人間は食べ物を魂で味わっているのかもしれない。


「こんなにうまいイタ飯食べたことねえよ」

「イタ飯?」

 痛バッグの仲間だろうか。


「イタリアンのことだよ。イタ飯って言わないタイプか?」

「言わないね」

「恵はよくイタ飯って言ってたぜ」

「そうなんだ~」


 環は、太いニョッキをフォークで突き刺した。

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