第3話 武器あつめ

「ここじゃ騒がしいから、ちょっと移動しましょうか」


 ユスティラが杖を一振りする。瞬きをすると、真っ白な部屋にいた。向かい合う大理石の椅子の他なにもない。環は自分のダウンジャケットが赤いので、居心地が悪かった。


「お座りなさい」

 ユスティラは先に座っている。「失礼します」と腰を下ろした。


「この子の情報を」


 ユスティラが、後ろに控えた五人の天使に言う。


夜見よみめぐる、十九歳会社員。日本の女性です。八十九まで生きる予定でした」

「何歳まで生きるか、決まってるんですか」

「そうよォ。あなたの体、まだ生きてるもの」

「やっぱり!歩いてましたもん!あれ何なんですか」

「魔物がねえ、乗っ取ったのよ。あなたの体を」

「魔物……?」


 迷信めいた話に、目をぱちくりさせる。


「あなたの住んでいる所にいるのは、月の魔物ね。日本ってことは……廃神社?が近くになかったかしら」

「ありました。危ないから行くな、って言われてました」

「ジャストにその神ねェ。人間に放っておかれた神は、魔物になることがあるのよ。あなた運が悪かッたわねェ。弱ってる魂を、強引に追い出されたみたい。こっちも間違えて、お迎えに行ってしまったわ」

「それじゃあ、今の私の体は生きてるのに、月の魔物が操縦しちゃってるってことですか。あなたたちが、私を死んだと勘違いしたばっかりに」


 環は非難をこめて目を細めた。


「ええ。実に百八年ぶりの出来事だわァ」


 ユスティラは懐かしそうに目を細める。


「あんまりに久しぶりだったから、こちらもお見苦しい対応をしてしまったわ。ごめんなさいねえ」

 天使たちが「すみませんでした」と頭を下げる。


「じゃ、責任取って魔物を退治してくれるんですよね」

「それはできないのよォ。申し訳ないんだけども」

「泣き寝入りしろって言うんですか!」

「言ってないわよォ」


 手すりにもたれてユスティラが笑う。何も面白くないのに。


「あなたの道は二つも残されているわ」


 ユスティラは指を二本立てる。


「とても楽だけど退屈な方と、ひどく困難だけど忙しい方」

「楽な方がいいです」

「楽な方は、肉体が死ぬまでのあと七十年、あの世で待つことよ」


 環は首を傾げた。


「肉体が死んだら、私の戻るべき体がなくなってしまうじゃないですか」

「まず前提を話しておくべきだったわ。生まれ変わりって、聞いたことあるかしらねェ」

「知ってますよ。友達とスマホの前世診断で盛り上がったことあります」


「あの世はね、来世への準備をする場所。あの世に行くと、記憶が魂の中心に収納されていくの。魂に入ってるデータをクリーンな状態にして、次の肉体に入るのよ。これが生まれ変わり」

「天国とか地獄じゃないんですね」

「そう。あなたはまだ死んでないから、記憶の収納は始まらない。肉体が死ぬ七十年後にようやくスタートするの。だから、次の人生をあの世で待つってイメージねェ」

「じゃあ、もう、私の人生は諦めなきゃいけないってことですね」

「ええ。でも安心して。もう一つの方法なら諦めずにすむわ」


 ユスティラが穏やかに微笑む。


「あなたが魔物を倒して、自分の体に戻るって方法」

「私が魔物を退治できるんですか?」

「もちろん、生身……生魂では無理よ」

 生魂ですって、と自分で言っておかしそうに笑う。


「昔はね、こういうこともよく起こったものよ。だからちゃんと準備はあって、魔物退治用の武器がある」

「分かりました!じゃあ退治してくるので、武器ください」


 元気よく手を差し出す。


「私はひとつも持ってないの」


 ユスティラはヒラヒラと長い指を振る。


「あの世には七つの階層があって、一柱ずつ神がいるわ。それぞれが魔物に対抗するための武器を管理しているの。お願いして、借りてくるのよ」

「なんて準備の悪い」

「仕方ないのよ。魔物を退治できるということは、人の魂をも消してしまえる力を持ったものだから。一つの場所に集めておくのは危険でしョ」

「セキュリティ固いですね」

「ええ。だから、あなたに与えることに賛成しない神もいる。武器を持つこと以外にやりようがあるのなら、未熟な人間が所持するべきではないって意見よ。それも合わせて困難が多い道だわ」


 魔物と戦う前に、まず神と渡り合わなければならないのか。


 あまりにも現実離れした話で、どのくらい大変なのかも分からない。少なくとも、受験勉強や嫌な客の相手よりキツいのだろう。


 ただ一つ確かなのは、このまま親しい人たちと離れ離れになるのは嫌だということだった。


 とりわけ、心の底から愛する恋人、夏生なつきとは。


 環は、ユスティラに真っ直ぐまなざしを向けた。

「武器を集めにいきます」

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