第2話 俺、皇帝と(なし崩しに)謁見する

「わらわは大神聖帝国第三皇女、アリアスターナリリマオンシエラである。詠唱官よ、命を救ってくれて礼を言うぞ」

と、女の子……アリアスターナリリマオンシエラ(だから長いって)が名乗った。


「皇女……大神聖帝国……」


「ふ、わらわのまばゆいばかりの威光に頭がぼーっとしているようじゃの」

「いや、名前が長くて驚きました」


「失礼なやつだなっ! そなた、この場に姉上様がいたら頚をはねられるぞ。まあよい。命を救ってくれた礼に、特別にわらわをアリシエラ様と呼ぶことを許可する」


「えっうらやまです!」

と、従者のひょろ男が口をはさんだ。

「その愛称はごきょうだいにしかこれまで呼ぶことをお許しにならなかったではありませぬか。それをこんなぽっと出の詠唱官に」

「だまらぬかトルック。だいたいそなたがスペルロッドをちょこっとしか持ってこないからこんなことになったのだ」

「はいぃ……申し訳ございません」


「まあよい。怪我は大事ないか。そなたはカルシウムが足りぬ。ひょろひょろしおって。牛乳を飲め」


「ご心配いただきありがたき幸せにございます。さいわい、手首を捻挫してるっぽいていどです。とりあえず皇都に戻りましょう」

と、辺りに散らばった荷物を拾いあつめながら、トルックが言った。トルックは茶色の短い髪をしていて、やたらひょろひょろしている以外は平凡な感じの見た目だった。モブって感じだ。

「うむ」

と、アリアスターナリリ(略)改めアリシエラが頷く。


トルックは手が痛そうにしていたので、俺は道具を拾うのを手伝ったが、あれ、と、手を止めた。


木のお椀だとか革製の鞘のついた小刀だとかに混じって、一冊の、だいぶくたびれて傷んだ水色の大学ノートが落ちていたのだ。

「ノート……?」

「それはわらわの、以前の詠唱官の持ち物なのだ」

と、アリシエラが悲しそうな顔になった。

「そなたに授けよう。わらわやトルックが持っていても読めぬからな。そこに詠唱が書いてあるから、まずは都に戻れそうなのを探してみよ」

「えっ、はい」

俺はパラパラとページをめくってみた。

なんだかよくわからないが、俺が英単語を発すると呪文のような効果があるということのようだ。


そのノートはずいぶんくたびれていて、なかには、ぎっしり英単語と日本語のその説明が書き記されていた。


明らかに、俺と同じ世界から来た誰かのものだ。だって大学ノートだもん。


悪筆でまあまあ読みにくいが、


・Flame Attack フレイムアタック 炎系攻撃 (水魔には効かない)


・boil water ボイルワーラー 湯を沸かす


などと書いてある。お湯くらい普通に沸かせよ。



えーっと、移動系魔法(?)はどれかな。ページをパラパラしながら目を走らせると、


★Teleport to 目的地

例: Teleport to the palace 宮殿にテレポートする


というそのものズバリのがあった。


「よし、これだ。たぶんこれで行けそうです」

と、俺はノートのその部分を指差してアリシエラに示した。

「わらわには読めぬとゆーておるであろ。では、しばし待て」

アリシエラは地面に両てのひらを向けた。


あわあわあわあわ。


またさっきの泡が放出されるが、こんどはふわふわの綿菓子みたいな感じになって彼女の足元にとどまる。

勝手知ったる様子でその上にトルックが乗る。


「そなたもお乗り」

と、アリシエラが手を差し伸べたので、俺は身をかがめてその手を取り、おそるおそるあわあわの上に足を乗っけてみた。固い地面とは違い不安定で柔らかいが、どうにか立てる。

「では、詠唱せよ」

アリシエラが言ったので、俺はノートを見ながら、

「えーっと、テレポートトゥーザパラス!」

と大声で言った。


一瞬、頭がくらくらし……


次の瞬間には、俺たち3人は、きんきんきらきらきらきらと黄金色に輝くめちゃくちゃ広い空間にいた。




その空間は、俺の偏差値46ギリギリ底辺高校じゃない、ないったらない、の体育館と比べて5倍はありそうな広さだった。天井の高さは同じくらいだ。


壁も、ずらりと左右に並んだ列柱も高い天井もすべて金色で、目に痛いほどの光が乱反射していた。

トランプ屋敷かよ。


と、俺が度肝を抜かれていると、

バチコーン!!

いきなりアリシエラがジャンプして俺の頭をひっぱたいた。

「イテッ! 何すんだよ!」

「何すんだよじゃない、この馬鹿者! いきなり玉座の間にとぶやつがあるか!」

「ンなこと言われたって」


あまりにきらきらした空間だったので最初気づかなかったのだが、俺たちからちょっと離れたところにはローブを着て羽のついた帽子をかぶった10人ほどの人々が跪いていて、俺たちの出現に戸惑う様子だった。そりゃそうだ。


「ずいぶん騒がしいな、妹よ」

と。

俺たちの背後、ずっと上のほうから深く低い声が降ってきた。いわゆるイケボである。


「兄上さまっ」

と、アリシエラが身体ごとうしろを向いて声をあげた。


俺も振り向いた。


そこには。周囲の様子と同じく燦然と黄金に輝く玉座があった。そして、その玉座に悠然と座っている人物は……。


「でかっ!」


俺は思わず声に出して言ってしまった。

玉座の主は25才から35才までのどこかくらいの年齢と思われる男だったが、ほんとに文字通りでかかったのだ。


玉座自体が、宝石を散りばめたきんきらの、1.5メートルくらいの高さの階段の上にあるし、座っているから正確な身長はわからない。でも、身長3メートル近いんじゃないか。きょ、巨人かな?

俺は地元のバスケットボールクラブチームの試合で身長が2メートル10cm以上あるバスケ選手を間近に見たことあるけど、絶対それよりでかい。


その大男は顎ひげをたくわえ、精悍で、髪も眼も黒かった。胸板は厚く、太腿なんて丸太みたいだ。

黒と白のつやつやした毛皮のクソデカマントを羽織り、その下に着ている衣服はベージュと茶色の布と革でできているようだった。

足元はごつい革製の編み上げブーツだ。


「兄上さまー」

驚いたことに、アリシエラは今までとは打って変わって甘えたようなかわいい声を出し、階段を駆け上がって兄の足にぎゅーっとしがみついた。


「わははよしよし」

と、髭男はアリシエラの頭を撫でた。アリシエラは小学校低学年くらいだから小さいが、この巨体の兄にひっついているとますますちっちゃく見えた。


トルックはというと慌てたように跪いて頭を垂れ、ついでに俺の制服のジャケットの袖をひっぱった。


「こ、皇帝陛下の御前であるぞ。膝をつきなさいぃ」

「よいよい」

と、皇帝陛下は鷹揚に手を振った。


「見たところ、その者はあちら側から来た者のようだな」

「はい、兄上さま、この者が、わらわとトルックが地竜に襲われていたところを助けてくれたのです。この者は〈英語〉が読めます。なのでわらわの詠唱官としました」

俺のかわりにアリシエラが答えた。


すると。


玉座の大広間にいた10人ほどの人々は一斉にざわ……ざわ……とざわついた。


「英語が」

「すごいですわね」

「さすが第三皇女殿下、引きがよろしいですな」


「ほう、こんなに若くても〈英語〉が読めるのか」

皇帝の声音にも、感嘆したようなひびきがあった。

「詠唱官よ、そちの名は」

とにかく、何だかわからないうちに詠唱官というものにされているのだ、俺は。

「えっと、五代勇希です」

「ふーむ。ゴダイユーキか。あんまり強そうじゃないな」

皇帝陛下は顎を撫でた。

「うむ! そちは今日からサー・イシュタリオン、イシュタリオン卿と名乗るがよい。アリアスターナリリマオンシエラを頼んだぞ」


「えっと……」


俺は、千と○尋の神隠しの千○になった気分がした。

与えられたのは本名より全然立派な名前だったけどさ……


「兄上さまが爵位と名を授けてくださったのだぞ! 喜ばぬか!」

バチコーン!


と、俺はまたアリシエラに殴られた。

暴力反対!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る