赤点ギリギリ高校生の俺、英単語が読めるだけで超絶尊敬される異世界で神聖帝国皇女の詠唱官となってチートなスローライフする!

赤宮マイア

第1話 俺、皇女の〈詠唱官〉となる

ここはどこ、俺は誰……かということはさすがに覚えているのであって、俺の名は五代勇希。17才。高校生。

ここがどこだかさっ……ぱりわからないのは本当だ。


テレビでしか見たことないような、だだっぴろい、地平線までゆるやかな隆起を繰り返して広がる赤茶色の大地。

俺はその無数の隆起のひとつのてっぺん近くにいた。


「えっ」

と、俺は口に出して言った。


なぜなら、俺はつい3秒前まで私鉄で塾に行こうとしていたからである。背中には黒いデイバッグを担いだままだし、定期テスト前だから英単語を覚えようとしていたので(また赤点だったらおかーさんにしばかれる)手には学校に買わされた単語集を持っている。


どういうことだこれは。居眠りしてる間に電車が事故って異世界転生したとか?


きゃーっ、という甲高い悲鳴がふいに聞こえた。しかも子供の声のようだった。


そちらを振り向いた俺は、小学校低学年くらいの女の子と背の高いひょろひょろした30才くらいの男が丘を駆け上がってくるのを見た。

2人とも毛皮の縁取りのついたマントを羽織っている。

男の片手には細い剣が握られていたが、もう片方の手では女の子の手を引いていて、2人は明らかに何かから逃げていた。


何か。

彼らが走るそのすぐ後を追うように地面がもこもこと盛り上がっていく。


「な、なんだっ?!」


俺が声をあげた瞬間、どざざざざと周囲に土くれを撒き散らしながら、土の中から巨大な蛇のような化け物が鎌首をもたげ、現れた。



「ひえっ」


と、俺は腰を抜かした。マジで異世界じゃんここ。


ひょろひょろ男は剣を振りかざして魔物に切りかかる。が、竜の首の一振りで剣が吹っ飛ばされたのはもちろん、ひょろひょろ男本人が俺のすぐそばまでぶっ飛ばされてきた。男の持ち物らしいずだ袋からあちこちに物が散らばる。


「トルック!」

と、女の子が叫んでひょろひょろ男に駆け寄った。

男は這いつくばって起き上がれないまま、

「お逃げください!」

と、返したが、ぶっちゃけもう追い詰められている。

化け物の背には小ぶりだが翼があって、蛇というより竜のようだった。下半身は土に埋もれたまま、こちらに土を撥ね飛ばしながら迫り、また鎌首をもたげる。

やばっ。象よりでかい。

体は鉄色のギザギザした鱗に覆われ、威嚇するように俺たち3人の上にぐわ、とひらいた真っ赤な口の中にはずらりと牙が並んでいる。


どう考えても喰われる!


と思った時、女の子が俺を見た……というより、俺が手にしている英単語集を見た。


女の子は、やはり7~8才くらいに見えた。髪は肩よりちょっと短く白銀色でくるくるあちこちにはねている。勝ち気そうな大きな眸は紫色だった。


「そなた、〈英語〉が読めるのか?」

なぜか、〈英語〉という漢字にエンゲレス、とふりがなが振ってあるかのように聞こえた。しかしそれを追及する間は今はない。

「えっ? はい。読めるけど。(いちおう)」


「真か。ではそなたをわらわの詠唱官に任命する。詠唱せよ!」

「は?!」


俺にはなんのことやら全然意味がわからなかったが、女の子は果敢にも両足を踏ん張って竜に立ち向かい、両手を突き出した。


そのちっちゃい白いてのひらから、何か青っぽい、泡のようなものが放出された。


あわあわあわあわあわあわ。


いやそんだけかよ。


シャボン玉みたいに見える。


竜はやや戸惑ったように動きを止めた。が、泡は竜の頭や体に当たってもまさにシャボン玉みたいに弾けて消えるだけでなんのダメージも与えていない。


「何をしておる!」

と、女の子がイラッとした顔でこっちを振り向いた。

「早く詠唱せよ! その書に載っているであろ! 何でもよい、攻撃できる言葉を詠唱するのだ!」

「えーー」

訳わからん。わかんねーけど、このままでは喰われる。


俺は慌てて単語集のページをひらいた。こ、こうげきこうげき。


焦っているので目が滑る。ンなこと言われてもどの言葉を言えばいい?! あーもっと英語勉強しとくんだった。


「早くせぬか!」


あーもうこれでいいや、vanish 消える、だ。


「ば、ばにっしゅーーー!」


俺はアホみたいに叫んだ。


しかし、何も起きない。


いやいやいや。


どーすんだよ。


「そなた本当に字が読めるのか?!」

「読めるワ! くそーバニッシュ! バニッシュ!」

女の子の手から出るあわあわは、俺が怒鳴ると少し勢いが増したような感じで竜のほうに飛んでいく。しかし、やはりそれだけだ。


竜は深紅の眼でぎろりと俺を見下ろした。マジでヤバい。


ひょろ男が口を出してきた。

「発音が悪いのではないか?」

「なんだとっ、いや、わ、わかった」

俺は前歯をおもいっきり下唇に当てた。

「V……ヴ、ヴアァnishーーーー!!!」


竜の頭が一直線に女の子に襲いかかるのと、俺が叫んだのはほぼ同時だった。


そして次の瞬間。


パンッという乾いた音がして、竜は消えた。跡形もなく。


「お、おう……」


俺は気づくと、はあはあと肩で息をしていた。


「お前たち、大丈夫か」

と、女の子がへたりこんでいる俺とひょろ男を確認する。

ひょろ男が女の子をひしっ、と抱き締めた。


「ご無事でようございました、アリアスターナリリマオンシエラ様っ」


いや………………

名前ながっ!


これが俺と、大神聖帝国第三皇女、アリアスターナリリマオンシエラの出会いだった。

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