王の初恋

幸まる

第1話 担保

多くの獣人を率いた獣王国は、長く獅子族がそのいただきに座っていた。


獅子族は他に攻め入ることはしない種族であったが、他種族が企みを持って境界を越えた時には、その圧倒的な力を以ってそれらを蹂躙し、取り込んだ。


しかし、従った種族には寛容で、獅子族を頂点とすることを受け入れさえすれば厚く庇護され、獣王国での生活を保障された。

それにより獣王国は、年々国の規模を拡大しつつも、よくまとまった印象の国であった。




獣王国の国境付近にある広大な森に、小鳥族が飛来したのは、秋深まる頃だった。


翼を持つ種族としては、猛禽族が既に獣王国に属している。

しかし、戦う力の欠片も持たない小鳥族は、今まで獣王国に近寄ることは一度もなかった。


国土に入ってきたからには、何らかの対応をせねばならないが、王の周りで対応を検討するよりも早く、小鳥族の女王が一族を引き連れて王城を訪ねて来たのだった。



王座の間に揃ってこうべを垂れた小鳥族は、見目麗しい者ばかりだった。


整った顔立ち。

色とりどりの髪と瞳。

靭やかで細く長い手足。

力を持つ種族の多い獣王国では見ることのない、線が細く、儚げな美しさ。


そして、何よりも目を引くのは、艷やかで光沢のある大きな翼であった。

膝をついて頭を垂れた姿勢であると、背から生えた翼の翼角よくかくが高く並び、広間いっぱいに虹色の羽毛を広げたかのようだった。



「謁見を賜り、厚く御礼を申し上げます」


言葉を発したのは小鳥族の女王だった。

決して大きな声ではなかったが、広間に涼やかに響き渡る。

そこにだけそよ風が吹いているかのように、絹糸の長い髪がシャラリと揺れ、声と共に混じり合うと、まるで軽やかな音楽のようだった。



挨拶を交わし、今回の飛来の理由を女王が説明し終わると、王は大きな背もたれに体重を掛ける。


「では、お前達はこの冬を我が国の森で過ごした後、留まらずに去ると言うのだな?」

「はい、獣王陛下。我ら小鳥族は寒冷地を巡る渡り鳥の種。一処に留まっては生きられません。どうかこの冬の間だけ、仮の宿地としてあの森に留まることをお許し下さい」


聞けば、本来はもっと北の地にある、水鳥族の国で冬を過ごすのだという。

しかし、毎年訪れるその森は、つい先日火災が起き、鎮火したばかりだった。

そこで急遽、少し南下した獣王国へとやって来たのだ。

この国の森は深く豊かで、小鳥族の暮らしには最適だった。


……襲い掛かってくる獣人ものさえいなければ、だが。


それらの抑制も求めて、女王は一族を引き連れて、先ず嘆願に訪れたのだ。



獣王国こちらに対しての企てはなく、そもそも、小鳥族は刃向かえる程の能力も持たない種族だ。

どうせ冬の間は森からの恵みを期待するわけでもなし、一冬その場を提供することに何の不服があろうか。


王はまずそう考えたが、王を囲む重鎮達はそう簡単には容認しなかった。

害がないからといって、余所者に国土を自由に使わせては、獣王国に従っている多くの獣人種族から不満が出るかもしれないと言うのだ。



「それならば、我等は森の手入れを致しましょう。冬の間に程良く手を入れれば、春からの実りは増えましょう」

「ふむ……」


それならば…、と納得しかけた一同の中で、異を唱えたのは、狐族の知恵者だった。

狐は王の側に寄り、囁いた。


「陛下、信用して良いものでしょうか。何やら私達の知らぬ企てがあるかもしれません」

「ならば、どうせよと?」

「担保を取りましょう」


狐はニイと笑い、跪く小鳥族へと視線をやった。



「良かろう。一冬、森に留まることを許す。ただし、その娘を置いてゆけ」


王が指差したのは、女王の斜め後ろに控えた娘だった。

色とりどりの翼が並ぶ中、娘の翼は際立って美しく、目を引いたのだ。


指された娘はビクリと身を震わせ、顔を上げた。

輝くつぶらな黒曜の瞳。

光弾く瑠璃るり色の翼。

良く見れば、銀灰の長い髪にも瑠璃色が混ざる。

しかし、ふわりと揺れていた銀灰の長い髪は、途端に怖れたように細い身体に纏わりついた。


女王の気配が、初めて尖った。


「陛下、小鳥族は獣人族とは交われません」

「ああ、誤解するな。我が国土を貸し与える間の担保として、その娘を預かろうというだけだ」

「……無体を強いたりはせぬと?」

「くだらぬ。妃は足りている。そもそも、私が手を出せばお前達の身体など簡単に散ってしまうわ」


その言い樣に、女王の気配は緩むことはなかったが、膠着した場を見兼ねた瑠璃色の翼を持つ娘が、細く鳴いた。


〘母上様、私が参ります〙


その声は、獣人達の耳には鳥のさえずりにしか聞こえなかった。


〘分かっているのか、人質として預けられるのだよ〙

〘はい。この冬の間だけですもの。それで皆がこの地で休めるのなら、参ります〙


心優しい娘はそう言って、獣王に向かって再び頭を垂れた。

女王は一度息を吐いて、気配を僅かに緩めた。


「……娘が、応じるそうです」

「娘? 王女であったか」

「はい。ですがまだ年若く、獣人の言葉はある程度理解出来ても、喋ることは出来ません」

「良い。ではこの冬の間、王女を預かる。名は?」

「ルリ、と」


ルリと呼ばれた娘は顔を上げる。

黒曜の瞳は僅かに怯えを含んでいたが、ルリは気丈にも、王と合わさった視線を逸らしはしなかったのだった。


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