第7話 バスタイムwithリリア
アパートにしては、かなり大きい浴室だった。清掃が行き届いており、鏡には、水垢の一つすら付いておらず、タオルを腰に巻いた俺の姿を鮮明に映し出している。
鏡に映った自分の姿を見て……嗚呼、ついに、ここまできてしまったんだなと、顔を手で覆って後悔した。
「リリアさんと一緒にお風呂……?ヤバイ、こんなの誰かにバレたら、俺、もう生きていけねぇよ……」
本音に言わせてみれば、やはり、嬉しい。そこまで心を許されている証拠でもあるし、何より……女性の身体を目の前で見ることができるから。
ただ、これが、例えば親や、大学の誰かに知られたら、どうだろう?
「はしたない!」と母は言うだろうし、「お前、付き合い始めた彼女と一緒にお風呂入ったんだって?」と、父からは馬鹿にされそうだし「ヤバ……」と、大学の同級生からは、引かれ冷笑されそうな気がする。
「い、今からでも遅くないか……?」
俺は、体に浴びせていたシャワーの水を止めて、腰に巻いたタオルを手で押さえながら、浴室を出ようとした。
やっぱり、出会って数日で、ここまで距離が縮むのは、おかしい。神様の導きがあるからといっても、俺に都合が良すぎる。
この世界、都合が良いことは【起こすもの】であって、【起こるもの】ではない!
「あ……」
だが、どうやら手遅れだったようだ。
「ん、どうしたの?タオルでも忘れちゃった?」
「あ……いや、そういう訳じゃないよ」
「んふふ、じゃあ、そこ座ってよ」
「はい……」
浴室の入口の戸を開け放ったのは、
俺は、出口を完全に塞がれて、渋々、風呂椅子に腰をかけた。
鏡には、彼女の下半身が反射しているため、絶対に、顔を上げられない。だから俺は、目をぎゅっとつぶっていた。
「やっぱり、寒い日は、お風呂に限るね~」
「そうだね……うん」
適当に返事をしておいて、目をつぶり続けるのだが……このままでは、頭も体も顔も洗えないではないか。
後ろに振り向けばリリアがいるし、前に顔を上げてしまえば、鏡の反射で「見えてしまう」。さらに、出口の戸は、完全にリリアによって塞がれている。まさに、四面楚歌だ。
「どうしたの?体調悪い?」
「いやいや、そんなことないよ」
「そうだよねぇ。湊くんは、いつも元気モリモリだもんね~」
リリアの甘い囁き声が浴室内に反響して、脳にビリビリと響く。
「じゃあ、背中、洗ってあげるね」
あ、この流れは……エロゲーとかでよく見る流れだ。
主人公の男の子が、女子に為されるまま、豊かな胸を使って背中を洗われてしまうシーンが、容易に想像できた。
「ぁ……」
ただ、抵抗することもできず、俺は、リリアが手に持った柔らかなスポンジを背中に受けていた。
「湊くんの背中って、広いね。スポーツとかやってた?」
「中学の頃のサッカー部の3か月だけ。部活の雰囲気が合わなくて辞めて、幽霊部員になって、それきりだよ」
「あ、そうだったんだ。湊くんがサッカーやってたって、ちょっと意外かも」
「今の俺からは、想像しにくいよな」
リリアに背中を洗われながら、過去の自分の姿を思い出して、身震いした。体の震えは、浴室の寒さのせいかもしれないけど。
――サッカー自体は楽しかったが、チームでの空気感が体に馴染まなかった。プライベートな時間まで、みんなで固まって和気あいあいとしているのは、納得がいかなかった。俺は、どうやら、サッカーというスポーツができていればそれで十分で、それ以上にチームメイトと親しくなることは求めていなかった。
「昔から、人の気持ちを考えるの苦手だったからな。チーム戦が苦手なんだよ。でも、サッカー自体は、まあまあ面白かった」
「今って、小説読んでるんでしょ。スポーツ小説とか読んでる感じ?
「いや、スポーツ系の小説は読まないな。人気があるやつを満遍なく読んでる」
目をつむったまま、「去年の本屋大賞の作品を読んだりしてる」と付け加えて言った。
「本を読んでるから、湊くんって頭が良いんだね」
「あ……いやぁ……そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、逆に言えば、俺は、それしかない人間なんだけどね」
「そんなことないよ。湊くんは、人に話しかけるのは苦手かもしれないけど、人に話しかけられたら、丁寧に親身に話してくれるし、一年生のときのグループワークのときは、リーダーじゃないんだけど、チームの補佐役みたいな感じで活躍してたじゃん?」
「あ、そんなところまで見られてたのか……」
「だから言ったじゃん、私は『湊くんのことが大好きなんだよ』って。好きな人のことは、いくら見てても飽きないから」
なんと、一年生のときから、既に見られて観察されていたらしい。
そんなに細かいところまで見られて、評価してもらえたことを知って、気恥ずかしいとともに、嬉しさが体の底からこみ上げてきた。
――この人、【マジ】で、俺のことが好きなのかな……?
「ぎゅ」
「わひっ!?」
それはあまりにも唐突で、喉から変な鳴き声が飛び出た。背中に飛びついてきたのは、もちろん、リリアだった。
空気が満タンに入った風船のような弾力ある感触が、背中越しに伝わる。……これが、女の子の胸の感触……
「って、俺は何を考えてるんだ?!リリアさん、胸、当たってます!」
「当たってるんじゃないよ。私が、押し付けてるの♪」
「嬉しい……じゃなくて、恥ずかしいからやめてください!」
「ふへへ、湊くんの反応、面白くてかわいいな~」
「か、かわいい?俺が?」
「うん。他に誰がいるっていうの?」
俺は、抱きついてくるリリアの肩を掴んで引き剥がし、泡立つスポンジを受け取り、自分で体を洗い始めた。
このままでは、彼女の悪ノリに流されるままに、行くところまで行ってしまいそうな気がした。
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