第26話
私の中から生まれたもう一人の私、デフォルトはその歪んだ笑みを変えようとしない。
私はこんな顔も出来たのか。
いや、この凄惨な笑顔こそ、私の本当の顔なのかもしれない。
「うん? はい、そこー。人が喋っているんだから勝手に動かない」
「な!?」
デフォルトの指の先から、何かが飛び出した。
例えるなら、それは闇の泥。人間大の大きさだ。
目にも止まらぬ速さで飛び出したかと思うと、三葉の全身に覆いかぶさる。
「ぐっ!?」
「優香のところに行こうとしたのかな? だめだめ! これから私の所信表明があるんだから、ちゃんと聞いてもらうよ」
「ふざけんなああああああ!!!!!」
怒りに満ちた声を引き連れて、美奈子がデフォルトへ突進する。
そのまま相手を殴り殺そうとするかのような勢いだ。
「やれやれ、無駄だよ」
パチンと、デフォルトが指を鳴らしたかと思うと、黒色の小さなリングが生成された。
リングは一瞬で美奈子の喉元に到達し、ぴったりとそこに
そしてそのまま首を一気に締め上げた。それにより美奈子はその場へうずくまってしまう。
「が……!?」
「さっき優香の力を奪った時に、闇の力がこの体と融合したみたいだね。いやー、便利だ暗黒。ははははははは!!!」
吹雪はいつのまにか止んでいる。
風の音も止み、聞こえるのはデフォルトの高笑いだけ。
「……ああ、そうだ。良い余興を思いついた。縄をびゅー!」
なにを、始めようとしているのだろう。
デフォルトは闇の縄を一気に伸ばした。巨木並みではない、通常サイズの縄だ。それは見る見るうちに、資材置き場の外まで行ってしまう。
これは、縄で何かを持ってこようとしているのか。張られた想天の壁を越えて、現実世界から何かを。
「
「……え?」
伸びきった縄が元に戻り始める。
縄の先にあるのは……。
「う、そ」
「ここで特別ゲストです! ボランティア部の幽霊部員、咲岡理沙さんの登場だー!」
黒き縄は一人の人間を捕まえていた。胴体に絡みつき、数メートルの高さまで引き上げている。
間違いなく理沙だった。人はパニックの極みに達すると声が出なくなる。今の理沙を見るとそのことが良くわかった。
「ひい……!?」
「ああ、待って待って理沙。何も言わないで。どうして理沙が夜にこんな街はずれを歩いていたのか、当ててみせるから。学校を出る時に
それをデフォルトに察知されて、捕まってしまった。つまり。
「なんだこれも市本凜のせいじゃん! いや、捕まえたのは私だけど、原因は市本凛のせい! こいつは周りを不幸にするのが趣味なのかな? ひゃははははははは!!!」
今の状況に対し何も出来ない私を見ながら、再びの高笑い。
ひとしきり哄笑すると、スッと真顔になる。
「飽きた。ぽいっとな」
まるでゴミを捨てるように。
デフォルトは理沙を投げた。
理沙はたちまち地面に叩きつけられる。
鞠のように何度かバウンド。
そしてそのまま、腕も足も動かなくなった。
普通の人間はたとえ数メートルの高さでも、打ち所が悪ければ死ぬことがある。
理沙の打ち所は、どっちだろうか。
「り、さ」
「はいはい余興はおしまい! それじゃ改めてデフォルトさまの所信表明といこう!」
いまやデフォルトの表情は。
恍惚としたものになっていた。
「私は次元の壁を越え別の世界に行く。赤い竜や狼の魔獣のようにマルチバースを渡り歩く。そして、思うがままに生きてやる。好き勝手に、人間どもを支配してやる。それこそが……市本凛らしい征服欲に溢れた生き方というものだろう!?」
それからデフォルトは、私に顔を近づけながら、言った。
「それじゃ私は行くから。お前は、テンプテーションで作ったおままごとみたいな愛情に溺れていろよ。好きなだけ都合の良い夢を見ていればいいさ」
その言葉を最後にして、デフォルトは駆け出した。
一直線に想天の外へ。
ははははは! と笑い声を残して、あっという間に姿を消してしまう。
……私は刹那も悩まなかった。
体が自然と、次の行動に移る。
私も、駆け出した。
デフォルトを追うために。
いま彼女を見失うわけにはいかない。
見失ったら、この世界から別の世界へと渡るのを阻止できなくなるかもしれない。
そうなったら、異世界が危機にさらされるだろう。
だから逃がすな。
ここで倒せ。
ここで殺せ。
――みんなは?
優香は、美奈子は、三葉は、理沙は、どうなっているのか。
確認もせずに飛び出してしまった。みんなのことを無視して、デフォルトを追ってしまっている。
想天の外に出て、降り積もった雪の上を駆ける。
弾丸のように駆ける。
ああ、私はどこまでいっても。
ひとでなしだ。
正しさのために。
誰かを犠牲にする。
あの時だってそうだった。
小学6年生の時、30人を襲撃した。
少しでもいじめの疑いがあれば容赦なく、背中から殴りつけた。
いじめは無くなったけれど、私は異常な行いをした。
正義感の命じるままに、多くの同級生を傷つけた。
いじめの犯人も混じっていただろうから大丈夫なんて、そんなこと口が裂けても言えない。
いや、そもそも。
本当は誰かを傷つけることを楽しんでいたのではないか?
正しさの名の下に制裁を与えることが、愉悦だったのではないか?
こんな私だからこそ、デフォルトが生まれた。
こんな私だからこそ、テンプテーションという能力が生まれた。
誰かを征服したいというのが、私の本性。
市本凛の正体。
こんな私なんて。
ヒーローじゃない。
「…………見失った」
ここは、どこだろう。
雪に覆われた街をあちこち駆け回った末に、とある路地裏まで来た。
歩く影と出会ったあそこではない。雑居ビルに囲われた小さな一角、何の変哲もない街の一欠けら。
けれど私にとっては、どうしようもなく行き止まりだった。
その場にうずくまる。
デフォルトを探すことは、最初から無理な相談だったのだ。
私に彼女を探知する能力はない。あてもなく、ひたすら走りまわっただけ。
デフォルトはいま、どこにいるのだろう。もう別の世界に渡ってしまったのだろうか。私に出来ることはもう無いのか。
――いや、違う。一つだけある。私がしなくてはいけないことが。
「みんな、ごめん」
さあ、しなくてはいけないことの準備を始めよう。
「凛!」
とても綺麗な声がした。雪の世界を反射しながら、私の耳に飛び込んでくる。
そこには夜を思わせる長い黒髪をした少女が、息を切らしながら立っていた。
ああ夜と夜が重なっている。そんなことを思った。
「優香……」
倉落優香。
私が初めて出会ったヴィラン。
「凛、わたしは大丈夫。あいつに力を取られてフラフラしているけど、それでも大丈夫! 美奈子も三葉も、あいつが資材置き場から離れると能力の範囲外になって、解放された。理沙は……いま三葉が手当てをしてる。あの子もきっと大丈夫だよ。三葉を信じて」
優香の体がぐらつく。明らかに不調だ。
それにしても、どうして私の居る場所が?
「それは、わたしが死を探知することが出来るから。おじいさんを火事から助けた時のあれだよ。凜の死を感じた。デフォルトとの戦いじゃない、自分一人で行う死を」
「……死因すら特定できるんだ」
「なんとなく分かる程度だけどね。それでも。たとえ小さな予感だったとしても。わたしは今までの人生の中で、一番こわかったよ。凜が自ら命を断とうとしていることが」
それが、今の私に出来る最善だから。
私とデフォルトが繋がっているのなら、私が死ぬことでデフォルトにダメージを与えることが出来るかもしれない。
実際にどうなのかは分からないけれど、それでもデフォルトを止めれる可能性があるならば、やったほうがいいだろう。
私の命なんて、もうどうでもいい。
「優香、私が死んだあとは忍者の里の人たちにこのことを連絡して。あの人たちなら、もっと良い解決策を思いついてくれるかもしれない」
「――凛が出来ることは、まだもう一つあるよ」
「……え?」
優香はうずくまる私の前に、腰を下ろした。正座の姿勢で座る。
「どう、したの?」
「凛の中にある本当の想いを、探しに行こう」
優香は私の肩を掴む。
そして。
どぼん!
水の中に落ちるように。
影の中に、二人は落ちた。
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