第25話
吹き荒れる雪の中を、狼たちが突進してくる。
私たちを噛み殺すために。
魔獣のプライドに泥を塗った者たちを、その牙で引き裂くために。
「かかってきやがれ! オラァァ!」
狼の魔獣はその体毛から己の分身を作った。数は数十匹ほどだろうか。
美奈子はまず、一匹の顎を殴り砕く。
しかし、次から次へと牙は迫まった。
美奈子の右腕と左足に、分身体が噛みついた。
花が咲くように、赤い血が飛び散る。
三葉はクナイを振るい二匹の喉笛を切り裂いた。
だが同時に、肩へ犬歯の侵入を許してしまう。
そのまま分身体に地面へと押し倒される。
「美奈子! 三葉!」
私の下にも五匹ほどが襲い掛かって来た。
私は拳を振り上げ、殴る、殴る、殴る。
分身体たちは僅かに怯みはしたものの、またすぐに牙を向けてくる。
彼らの藍色が異常なほど鮮やかに見えた。
「あぶない凛! みんな! 一度わたしにところへ……くっ!」
一番後方にいた優香も襲われた。
冷静に戦局を見極め、集合を促そうしたが、それは阻止されてしまう。
ほぼ一瞬ともいえる時間で。
戦いの流れは魔獣に握られた。
なんとか反撃を。
しかし。
狼の魔獣は分身体が一匹倒れると、即座に体毛の一本を変換。
新しい分身体を補充してくる。
キリが無い。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
美奈子は流血しながらも戦うことを止めない。バトルジャンキーの面目躍如だろう。
けれど、十匹の分身体に噛みつかれている彼女の動きは、鈍くなり始めている。
「ぎあ……!」
押し倒された三葉のお腹を、執拗に噛み続ける一匹がいた。
皮膚を裂き、
「みん、な……ああああああ!!!」
これは私の叫び声。
優香にも視線を向けようと思ったが、叶わなかった。
私も右腕を噛まれた。牙が骨まで達したのを、明確に感じる。
痛みに耐えかね、その場に転倒した。
だめだ……このままでは、みんなが魔獣に殺される。
私のせいだ。
私の策が甘かったから。
いや、そもそも私が魔獣に戦いを挑んだから。
私の勝手にみんなを巻き込んで、そのせいでみんなを死なせてしまう。
ぜんぶぜんぶ、私のせいだ。
忍者の里の人たちに任せれば良かったのか。
でもそうなると、彼らが来るまで街の人たちに被害が。
そう思ったから、今の結果があるのだろう?
お前の思う「正しさ」は優香たちよりも大切なのか?
違う。そうじゃない。
なにが違う。お前が、お前が、お前が。
『こわいよ、凛ちゃん』
――スイッチが入った。
心の奥底から、何かが噴き上がってくる。
みんなを失いたくない。
どんなことがあっても、失いたくない。
みんなを助けないと。
だから、だから、だから。
「だから優香、闇をよこせ」
私のその声と共に、奔流は始まった。
優香から私へと、力の流れが始まった。
「凛!? 待って凛、どうしたの!?」
倉落優香の戸惑いなど、無視する。
容赦なく、お得意の闇の力をいただく。
優香の体から暗黒が放出された。
それは闇の渦となって、私の下へ。
手のひらで一度、球に。
おーおー、私に噛みつこうとした分身体どもがびびっている。
「きゃああああああああああああ!!!」
暗黒の支配者にしては随分と可愛らしい声じゃないか?
いつまでも聞いていたいが、今はやらないといけない作業がある。
手のひらで一度あつめた闇の球を、再び奔流とする。一本の流れとする。
目標は魔獣。はは、あいつ目を白黒させているじゃないか。
魔獣の喉元へ、闇を流す。
うねるように伸びていったそれは、あまりにもあっけなく。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
狼の命を刈り取った。
首から黒き血が勢いよく吹き出す。剃刀のような鋭さで闇の奔流が切り裂いたからだ。
汚らしい断末魔の叫びがしばらく続く。
魔獣の限界まで開かれた目は、やがて静かに閉じていった。
「……………………え?」
……私は呆気に取られる。
私はいま、何をした?
自分がなにをやったのか、わからない。
魔獣の分身体は一斉に消え失せた。
本体が死んでしまったからだろう。
美奈子と三葉に噛みついていた個体も消失し、二人は解放された。
だが、二人はその場から動けない。当然だ。唖然としているのだから。
優香は……倒れている。ぴくりとも動かない。
行かないと。
行って、優香を助けないと。
「――もう死んでるんじゃない?」
よく知った声がする。
誰よりも知った声だ。
後ろを振り返る。魔獣が倒れている場所を見た。
狼の魔獣を縛っていた闇の縄は消えていた。
代わりに、魔獣の頭に一人の少女が座っている。
「優香からは闇の力をたくさん頂いたからね。奪った際のショックでくたばってるかもしれないよ? ねえねえ、それより私と話をしようよ、市本凛。答え合わせをしよう」
寸分違わぬ、とはこのことか。
そこには、私がいた。
同じ顔、同じ声、同じ体。同じ制服を着ている。
にこにこしながら、こちらを見ていた。
「……てめぇ、なにものだ」
美奈子は殺気を纏わせながら尋ねた。
もしかしたら、魔獣との戦いよりも、その剣呑さは上かもしれない。
「あー? うるさいんだよ、矢風美奈子。 あなたのことなんてどうでもいい。あなたたちなんて、テンプテーションでいくらでも拾える駒でしかないんだから」
「な……!?」
少女は少しだけイラっとした表情を見せた。
だがすぐに気を取り直したのか、再び私の方を見つめる。
「市本凛のテンプテーションとは何なのか? その力の根本には何があるのか? それを教えてあげる」
「力の、根本?」
私はもう少女から目を逸らすことが出来ない。
私と私が、見つめ合う。
「まず、いま起こったことを簡単に説明するよ。市本凛は危機を脱するために、テンプテーションの力を全開にした。そして倉落優香の力を奪い取った」
「……意味が分からない。それはテンプテーションじゃない」
「そうかな? テンプテーションは相手の魂を虜にする技なんだよね? じゃあ、レベルを限界まで上げていったら、魂とセットになっている能力も自分の物に出来るんじゃないの?」
彼女の言っていることはめちゃくちゃだ。
めちゃくちゃのはずなのに。
それは真実だと、心のどこかで理解してしまっている自分がいた。
「奪った闇の力で魔獣は即死! 良かった良かったハッピーエンド! はははははははは! いやー、それにしても。なんて暴力的な力なんだろうね。なんて自分勝手な力なんだろうね。市本凛にはぴったりだ」
「私にぴったり……そうかもしれない」
「そうだよね、だってさ」
少女の笑みが深まる。
もはやそれは、歪んでいるとさえ言えた。
「小学6年生の時、いじめを止めるために30人もぶん殴ったからね!」
やめて。言わないで。
「いじめの犯人が分からないからって、容疑者全員を襲撃するかね普通。覆面を被って、下校途中のやつらを一人ずつボコボコにしていった? 犯人がその中にいれば良し? 無差別テロリストかよ、お前。よくもまあ最後までバレなかったもんだね本当に」
「……」
「最終的にいじめは無くなった。犯人が分かったからじゃなくて、犯人たちがびびっていじめを止めたからだ……小学校の教師たちと警察は、連続襲撃事件について調べたが、結局その真相に至ることは出来なかった。まさかこんな頭のおかしい動機でやったなんて、想像もしなかっただろうからね」
美奈子が聞いている。
三葉も聞いている。
こんな形で二人に知られたくなかった。
駄目だ、膝が折れてしまいそうだ。
「どうなんだろうね。市本凛は正しさのためにこんなことをしたのかな? それとも、相手を自分の意に従わせる快感が、病みつきになったのかな?誰かの心を無理やり捻じ曲げる楽しさに魅了された。これが市本凜の根っこなのかも?」
その時、少女の乗っていた魔獣の死体が消失した。
まるで最初からその場には何も無かったかのように、一瞬で。
少女はすたっ、と着地。
そして、私の下へと歩み寄ってくる。
「いや、なのかもじゃない。本当にそうなんだ。そんな醜い心の底から、テンプテーションは生まれた。誰かを支配するために」
もう私は何も考えられない。
「あなたは、だれなの」
目の前に来た、私の鏡写しに、そう尋ねた。
「私は
少しだけ悩んで、こう言った。
「デフォルト。
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