第17話

 よし、それでは状況を整理しよう。

 私はいま、ドラゴンに攫われている。


 ティラノサウルスってたぶん、これくらいのスケールサイズだったんだろうなと、そう思えるくらいこのドラゴンは大きい。

 翼をバサバサとはためかせながら、上空数十メートルほどの高さを飛行している。


 私の体はドラゴンの口に掴まれているが、どうやらある程度の配慮をしてくれているらしく、痛みは感じない。

 だが、ほんの少しでも竜が力を加えれば、私の胴体は嚙み潰されるかもしれないのだ。


 街を見下ろせば、人の姿がどこにもない。

 想天はドラゴンが発生させたのだろうか?

 竜が自らを隠すために術を使ったとすれば、彼女(推定)にはある程度の知性があることになる。

 もしかして、コミュニケーションが可能、なのか。


「は、はろー!」


 挨拶をしてみた。


「…………グウウウウウウ」


 ダメだ、唸り声を返されるばかりである。

 

 それにしても。

 彼女は私をどこに連れて行こうとしているのだろう。


「うん……? あれは?」


 竜の飛翔方向の先を見ると、そこに奇妙なものを見つけた。

 冬の空の青に、雲の白とは違う色が混ざっている。

 その色は黒。

 黒い円が、空に鎮座していた。


「なんか、こう……ものすごい嫌な予感がする」


 あれって、もしかして穴なんじゃないか。

 空間に開いた穴。

 ドラゴンは、あの穴に向けて飛んでいる。

 私を連れて。


 穴の先はどうなっているのだろう。

 分からない。

 ただ、私の頭の中でアラームが鳴っているのは確かだ。

 アラームは告げている。絶対にあの穴に入るな、と。


「元の場所に戻れる気が、しない」


 どうにかしてこの顎から逃げ出さないと。

 どこかこの世界とは別の場所に連れていかれるかもしれない。

 

 私は力を込めて、竜の口を開こうとする。

 だが、びくともしない。

 まるで常人が巨石を動かそうとするが如く、動かない。

 

 額から汗が滲んだ。時間が無い。

 ドラゴンの飛行スピードは驚くほど速かった。もうあと少しで、空の穴に到達してしまう。


 いやだ。それはいやだ。

 もしあの穴に入って、帰れなくなったら。


 優香に、美奈子に、三葉に、会えなくなるじゃないか。


「――ドラゴン、さん」


 顎から手を放す。

 猶予は残り十秒ほどか。

 私はその十秒を、とある一言のために使うと決めた。


「ドラゴンさん、ドラゴンさん」


 冷たい空気を切り裂いて飛ぶ竜と、私。

 他者と自分。

 外側と内側。

 考えるべきは、一つと一つ。


 ドラゴンの目を見つめる。

 彼女を呼ぶ声が私の口から出る。


「聞いて、ドラゴンさん」


 空を悠々と飛ぶ姿の、なんと威厳のあることか。

 まさしく空の王者だ。

 だれもが畏怖し、目を奪われるだろう。


 けれど赤き鱗を一つ一つよく見れば、小さな傷がいたるところにある。

 多くの戦いを経験し、切り抜けてきたのだろうか。

 ああ、これらの傷すべてがあなたの歴史なのだ。


 嘘偽りのない言葉を、念じていく。

 この言葉を捧げるためには、純粋なる本心が必要だ。

 真実には価値があると信じる。

 

 だから。

 竜よ、まことを貴女へ贈ります。

 大いなるものへの尊敬と共に、私は言った。


「――大好きです」


 ドラゴンの目が大きく見開かれた。

 空に開いた黒き穴の直前で、飛翔が止まる。


 腕と足をばたばたと揺らし始めた。

 明らかに、動揺している。

 

「グ、グオオオオオオオ!?」


 翼をはためかせることすら、止めてしまった。

 たぶん、だが。体が熱くなったり、胸がドキドキしたりしているのではないだろうか。


「お、おお!?」


 ドラゴンの体が、一気に急降下を始めた。

 その巨体が地面に向かって落下している。

 

 重力に引かれた時間は、だいたい5秒ほど。

 真下には一軒家があった。

 竜の全身が勢いよくぶつかると、その住宅は簡単に押しつぶされてしまった。


 想天の中だから大丈夫だ。コピーされた空間である。あの家の中に人はいない。

 ドラゴンは落下の衝撃に耐えかねて、私を口から放した。

 放り投げられた格好の私は、空中でくるくると数回転。

 その後、近くの道路になんとか無事着地した。


 ……う、うまくいった!!!!!!!!


 自分の意志でテンプテーションを行使し、相手の行動を阻害することが出来たのだ。

 恋心を増幅させ、それによって混乱を引き起こす。

 愛情によって、相手の前後不覚を誘発する。


 一か八かだったが成功して本当に良かった。直前のネズミを使った修行が功を奏した形になる。あのダンスも無駄ではなかった! いや、結局踊らなくても使えたのだからそれはどうだろう?


 って、セルフツッコミをしている場合ではない。

 まずはこの想天の外へ出なければ。

 私は倒れ伏すドラゴンから離れようとした。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!」


 赤き竜の叫びが地に満ちる。

 ドラゴンは起き上がり、私を見た。

 その目は血走っている。


「あ、しまった」


 思わずそう呟いた。

 テンプテーションの効果で彼女が混乱したことは確かだ。

 ただ、私を求める心もより強くなったということで……。


「逃げろ!!!!!!!!!」


 私は時速100キロで逃走を開始した。

 ドラゴンもドシンドシンと地面を揺らしながら、追跡してくる。

 

 あのドラゴンは基本的に四足歩行らしい。どたどた歩いている。

 翼はさっき落下したときに痛めたのか、使用していない。

 

「よし、私のほうが速い! このまま逃げ切る!」


 ふははは!!!!!! 

 どんなもんだい!


 このまま出来るだけ遠くに行き、そこでこの想天を抜け出す準備をしよう。大丈夫、やりかたは三葉から習っている。


 術を使用した術者以外の存在が想天を抜け出すためには、ある程度の時間が掛るのだ。相手との戦闘中は集中力を削がれて無理。

 なんにしても精神の余裕が必要だ。今の私は落ち着ける場所を探さないといけない。


 ただ、竜の作った今回の想天がかなり広いと言っても、果てはある。

 まっすぐ逃げ続けるだけでは、すぐに行き止まりになるだけだ。

 上記の落ち着ける場所とはつまり、竜の目から隠れられる所ということになる。

 

 それにしても。

 あのドラゴンはどこから来たのだろう?

 この世界のどこかに隠れ潜んでいたのか?

 

 それとも。私は上空を見る。

 彼女はあの空の穴から来たのか。


 黒き穴はこちらの世界と、別の世界をつなげているのではないか。

 以前、三葉が話していた。多くの次元世界マルチバースが存在していると。

 赤き竜は異世界から来た。それこそ、剣と魔法のファンタジー世界とか。

 

 私はこんな感じで考察を深める余裕すら見せていた。

 だが。


「グオオオオオオオオオム!!!!!」


 ドラゴンの走法が変化した。

 ぴょーん、とジャンプを繰り返している。ウサギみたいな跳ね方だ。

 かなりのスピードアップ。

 はい、やばいです。

 

「追いつかれるうううううううううう!!!!!!!!」


 私の情けない叫びもまた、地を満たした。

 あっという間に竜の顎がすぐ後ろに迫っている。

 

 翼が回復したら、また咥えられて空へと連れていかれるだろう。

 そうなった時、再びテンプテーションをうまく発動できるか分からない。今の私は能力の行使が不安定すぎる。


「くっ!」


 ドラゴンが大きく口を開いた。

 そのときである。


「――竜狩りだあああああああああ!!!!!!!!!!!」


 その雄叫びからは、闘志と歓喜が溢れ出ている。

 次の瞬間。

 赤竜の頭部に誰かが突っ込んできた。


「おりゃああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 頭部への激しい衝撃。

 それにより、ドラゴンは体勢を崩した。叫び声を上げることすら出来ない。

 そのまま地面と背が隣り合わせになってしまう。ひっくり返ったのだ。


 ドオオオオオオン……。

 そんな竜の転倒による地鳴りを背に、彼女は言った。


「待たせたな、凛!」


 矢風美奈子が月色の髪を靡かせている。


「良かった、無事だったんだね!」


「凛さん!」


 優香と三葉も合流した。

 胸の中に安堵が広がる。

 ああ、またみんなと会えた。


「よーし! どう料理してやろうか! 食べ盛りの女子高生を舐めんじゃねーぞ! がははははははははは!!!!!!!!」


 食べる気なのドラゴン!?

 いや私としては、この竜には知性があるみたいだから、出来る限りコミュニケーションをとって平和裏に戦いを終えたい。


「どうしよう三葉。私としてはどうにか穏便に……」


「どうでしょう。興奮した竜は恐ろしく厄介だと聞きます……危ない!」


 倒れたドラゴンが首だけを持ち上げた。

 そして美奈子の方を向く。

 口を大きく開けると、その奥で火花が散った。

 

 まさか、火炎を吐くつもりか!?

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