第3話

「やばい、やばい、やばい……!」


 恐怖に支配された少年が、向こうから走ってきた。

 そのまま私の横を素通りして、夜の闇に消えていく。


 どうやら方角はこっちで合っているようだ。

 私は歩を速めた。

 

 今着ているパーカーは今夜ボロボロになってしまうかもしれない。古着を選んで正解だった。

 

 ああ、この先に。

 『バトルジャンキー』がいる。


 先日、学校の廊下で耳にした話だ。

 周辺の学校の生徒に、ところかまわず喧嘩をふっかける奴がいるらしい。

 既に大勢の生徒が殴られてしまっているらしい。

 気になった私は、この噂を調べてみることにした。


 調べた内容をまとめると、こんな感じ。

 犯人は真っ赤なパーカーを着た少女。

 被害者は、ガラの悪さが目立つ生徒たち。

 夜中に歩いていたら急に襲い掛かって来た。


 あいつらを殴りたい奴はいくらでもいるよ、なんて話も聞いた。

 それから、こんな声もあった。


「ガタイの良い喧嘩自慢を襲っている。殴ることが目的なんじゃないか? まるで『バトルジャンキー』だ」


 もしその通りに、犯人が戦いの中毒者ならば。

 止めなくてはいけないだろう。

 これからも被害に遭う人間が際限なく増えてしまう。

 それに例え被害者が不良生徒だけとはいえ、これから傷を負うかもしれない人たちを、私は無視したくなかった。


「街中の不良が集まって犯人を狩ろうっていう計画が持ち上がっててな、日付を教えたるから、凛は家で大人しくするんやで? ……まさか喧嘩を止めようなんて言わへんよな? お前やったら言いそうで怖いわ……」


 こういう筋に詳しい友人へ感謝だ。

 もちろん「さすがに大勢の喧嘩には参加できないよ、怖い~」と誤魔化しておいた。


 以前の私だったら、己の無力さを嘆きつつ、家でじっとしていただろう。

 でも、今は違う。

 今の私には力がある。

 何かが出来るかもしれない。

 

 そして、不良たちによるバトルジャンキー討伐の日。

 街のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。

 

 悲鳴を頼りに、喧嘩の中心地へ向かう。

 どうやらそこは、街はずれの資材置き場のようだ。

 今日は晴れの夜空。

 月が、明るい。


「――へへ、やっと一発で気絶させる方法が分かったぜ」


 少年が一人、うつ伏せで倒れていた。おそらく気を失っているのだろう。


 それを、真っ赤なパーカーを着た少女が見下ろしていた。


「やっぱり顎を叩くのがいちばん良いみたいだ。脳を揺らす、だったか? でも、加減を間違えると顎が吹っ飛ぶかもしれないからなー。気をつけなくちゃ……あんただれ? にゅーちゃれんじゃー?」


「……!」


 確定させてしまって、いいだろう。

 彼女が、バトルジャンキーだ。


 その顔はフードに隠されてよく見えない。


「……貴方を止めに来た。もうこんなことはやめて」


「ひゃはははははははははははは!!!!!!!!」


「……」


「面白いこと言うね、あんた。今日は30人ぐらいとバトったけれど、そんなことを言ったのはあんたが初めてだよ。みんな、血走った目でオレを狩ろうとしてんのに、どうしてそんなに落ち着き払ってんだ?」


「私は、貴方を狩ろうなんて思わない。説得できるなら、説得がしたいんだ」


 はははははは! とバトルジャンキーは再び大声で笑った。

 嘲りの笑い、とは感じない。

 今の状況を心の底から楽しんでいる。そんな雰囲気だ。


「いやあ、愉快だ……世の中いろんな人間がいるもんだな。よし、興が乗った、ってやつだ。変人極まるあんたには、いいものを見せてやるよ」


 ……なんだろう?


 バトルジャンキーは足元に転がっていた鉄パイプを拾い上げた。

 狩人の誰かが武器に使ったものだろうか。

 鉄パイプといえば……曲げるとか?


「曲げると思った? そんなつまんねーことはしないよ。ご照覧あれ……ガブ!!!」


 彼女は一切の躊躇もしなかった。

 鉄パイプに、思い切り咬みついたのだ。

 

 私は、思わず駆け寄ろうとする。

 そんなことをすれば口の中が大変なことになる、いや、もうなってしまっているはずだ……!


「はい、キレイな歯形がつきました♪」


「な……!?」


 鉄パイプは、へこんでいた。

 彼女の歯の形に。


 バトルジャンキーは得意満面で私に見せびらかす。

 フードの隙間から、白い歯がキラリと光ったように見えた。


「ちょっと前から急に体全部が強くなってさぁ、足も速くなったし、包丁だって跳ね返せるようになったんだ。『うわこれなんか凄え!』って思った。いくらでも喧嘩が出来るなんて、最高じゃん?」


「……そんなに喧嘩がしたいの?」


「頭の中から難しいこと、めんどくさいこと、みんな吹き飛ばせるじゃないか? 楽しくて楽しくて仕方ないよ。でも普通の体だったらすぐに怪我しちゃって、気楽に殴り合えない。それが悩みだったんだよなぁ……今は違うけどね! ひゃはは!」


 彼女もまた私と同じように超常的な力に目覚めている。

 そして、その力を使って暴力を楽しんでいる。

 心の底から。


 言葉ではもう止められないのかもしれない。

 戦うしか、ないのか。

 

「鉄パイプ、貸して」


「うん? 闘ってくれるの? ああ、武器使用も許可するぜ。オレは拳で勝負だ!」


 私はバトルジャンキーから鉄パイプを受け取る。

 

 そして即座に、鉄パイプに嚙みついた。

 ガブ! と嚙みついた。


「お、おお!? あんたどうした!?」


 ……か、固い。これ、絶対明日の朝まで顎が痛い……。


 でも、なんとか鉄パイプに噛み跡をつけることに成功した。

 バトルジャンキーのやつよりは幾分か小さめだけど。


「……驚いた、あんたもオレと同じなのか」


「そう、貴方と同じ。普通じゃない力がある。だからこそ貴方と戦える。貴方が満足するまで、戦う」


 殴り合いがしたいのなら、気が済むまでやってやる。

 そう簡単に勝てると思うな、バトルジャンキー。


「凄え……凄えよ今夜は! こんな夜が来るなんて! 生まれて初めて、神様に感謝したい気分だ! あんた、名前は?」


「――市本凛」


「オレは矢風美奈子だ。いくぞおおおおおおおお!!!!!!!」


 必要なのは簡単な名乗りだけでいい、ということか。

 実にシンプルだ。


 バトルジャンキー、矢風美奈子は駆けだした。

 私は鉄パイプを捨てる。

 彼女に敬意を表し、私も素手でやろう。


「かかってこい、ヴィラン!」


 月夜の決闘が……今、始まる!


「………………………………………………………な、え?」


 その時だった。

 バトルジャンキーが戸惑いの声を上げたのは。


 同時に、私も彼女の顔をはっきりと捉えた。

 駆け出した拍子にバトルジャンキーの頭から、フードがとれたのだ。


 肩まで伸びた、月にも負けない金色の髪。

 その挑戦的な雰囲気を持つ目は、しっかりと私を見据えている。


 ……うん? この顔、どこかで見たような?


「………………うおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 矢風美奈子は右の拳を叩きつけた。

 あまりにも早すぎて、私の目ではその動きに追従できない。

 だが、しかし。

 防御の必要は無かった。


 なぜなら、バトルジャンキーの拳の向かった先は、彼女自身の右頬だったのだから。


「うおおおおおおお!!!!!! しっかりしろオレ!!!!! 喧嘩の途中でぼー、としてんじゃねええええ!!!! あああああ!!!!!!体が熱い!!!! なんだよこれ!!!! がああああああ!!!!」


 何度も、何度も、何度も。

 矢風美奈子は己の顔を、自分で殴り続けている。


 鬼気迫るその様子に、私はその場で硬直してしまった。

 ……ど、どうなってんのこれ?


「はあ、はあ……」


「あ、あの……大丈夫?」


 数分後、彼女の拳は止まった。

 私は恐る恐る、近づいてみる。


「…………ああ、なんだ。簡単なことじゃないか」


 くくく、という笑い声。

 バトルジャンキーもまた、私に近づいてくる。


 そして、そのまま。


「……え、えっと、顔が近い……え!?」

 

 私と唇を重ねた。


「!!!!?????!!!!!!!???????!!!!」


 声にならない叫びを、私は上げる。


「……ぷはっ、安心してくれ。オレもファーストキスだ。あんたも、今の反応からしてそうなんだろう?」


「え!? え!? え!?」


「惚れたぜ、市本凛」


 先日に引き続き、2度目の告白である。


 なるほど……………………………………………。

 なるほどね……………………………………………。


 ……………………………………………いや、まあ。


 ここまで来たら、さすがに分かる。


 これ、私のせいだ。

 

 

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