第03話 この世界の異常者
おれが師匠に「美少女とイチャイチャ」、……ではなく「青春を謳歌したい」と言ってから一年が過ぎ、今のおれは十五歳になった。
そして、今日はいよいよ魔法学院の入学試験を受けるために、王都へ向けて旅に出る日だ。
「もう旅に出る準備は終わったのかい?」
「はい、旅に出る準備はもちろん、入学試験への対策などの準備もこの一年で完璧です。師匠!」
「ならいいいんだけど、アンタは性格が適当なところがあるからねえ……」
「やだなあ、師匠。こんな真面目が服を着て歩いているような人間に対してなにを言ってるんですか?」
「だから、そういうとこだよ……」
なにやら師匠が呆れたような目でこちらを見ていた。
「心配だから、アンタが出発する前に重要なことだけは確認しとくよ。誰かにアンタの保有魔法は何種類かを訊かれたらどう答える?」
「風魔法の一種類って答えます」
吸収魔法で師匠の使える魔法はすべて模倣させてもらったから、本当はもっと色々使えるんだけどな。
ちなみに、師匠の保有魔法は最高値である九種類。かつて、王国最強の魔術師として名を馳せたそうだから、当然と言えば当然か。
「……一種類はいいんだが、そういえばなんで風魔法にしたんだい?」
「風魔法の一つに空を飛べる魔法があって便利だからですね。あと、空を飛べるってカッコイイし」
そういう意味では、カッコイイあの魔法が使える炎魔法にするのも有りなんだがな。だが、アレはそのカッコよさゆえ、ここぞというときにのみ使いたい魔法だから、やはり風魔法でいいだろう。
「かっこいいはよく分からんがまあいい。話が逸れたね。保有魔法を一種類と答える理由は?」
「本来、この世界の人間が生まれつき持っている保有魔法は最大で九種類なのに、おれはそれを超えてしまうからです」
おれの答えに師匠は腕を組んでうむと頷き、改めて口を開く。
「そうだ。アンタは九種類を超える魔法を使用できるという、この世界の常識を外れた唯一の人間。言わば、この世界の異常者だからね」
異常と聞くと一見悪いことのように思えるが、異常な強さなど良い意味で使われる言葉でもある。それに、英語だとイレギュラーと訳すことも可能だし、イレギュラーってカッコよくて良い響きだと思う。
「で、そんな強くてカッコイイ異常者であるおれの能力が貴族とかに知られたら、おれはそいつらにいいように使われる羽目になるから、能力を隠したほうがいいんですよね?」
「うむ、その通りだよ」
師匠はおれの「強くてカッコイイ」という発言を、めんどくせえなこいつ、みたいな目をしながらスルーして話を続ける。
「そういえば、アンタ、能力を隠したほうがいいっていうことをすっかり忘れて、前に王都で出来た友達とやらに話したことがあるんじゃなかったかい?」
「あー、あれは忘れたというよりは勢い余ったというか……。まあ、おれの親友であるあいつは口が堅いので大丈夫ですよ。……それより、貴族とかに知られちゃまずいって話でしたよね?」
「ああ、たまに良い奴もいるが大半の貴族はろくでもない連中だからねえ。昔あった戦争の際に、アタシはこの国に多大な貢献をした。それなのに、戦争が終わってしばらくしたら、アタシが平民出身って理由だけで雑な扱いをされたもんさ」
「それで、人間関係が嫌になった師匠は、この魔の森にきて一人で隠居暮らしを始めたんでしたよね?」
「まあ、隠居と言っても定期的に王都に遊びや買い物に行ってるけどね。他人と深く関わるのは面倒だが、浅い関係なら気楽なもんだよ。けど、アンタはアタシみたいにならないように気をつけな」
異世界では貴族の差別意識が強いというのはよくある話だと思うが、おれが転生したこの世界も同様みたいだ。あと、王都にはすでも何度も行ったことがあるが、街並みもよくある異世界風だった。
「それと、貴族だけじゃなく悪人にも気を付けな。アンタの能力が分かったらそれを利用しようとする輩が現れても不思議じゃないからね」
「いやでも、そんな奴らは倒せばいいだけじゃないですか?」
「アンタ一人ならそれでもいいよ。でも、アンタは魔法学院で友達を作りたいんだろ? もし、その友達が人質にでもされたらどうする?」
確かに師匠の言う通りだ。前世ではぼっちだったおれにはその視点が抜けていた。
そう、おれはこれから魔法学院で友達(美少女)と仲良くなる予定なので、そんなおれの友達(美少女)を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
例えば、おれの知らないところで友達(美少女)が誘拐され、おれが探しようもない遠くのどこかに監禁でもされたら、いかにおれが強くてもどうしようもできず、悪人に言うことに従うしかない。
そう、おれは最強だが、最強と万能は決してイコールではないのだ。
「分かりました、師匠。おれの未来の友達(美少女)のためにも、おれの能力を隠すように気を付けます」
「うむ、よろしい。……あ、あともう一つだけあったね。念のため、あの魔法は使うんじゃないよ」
「あー、アレですね。でも、師匠の経験から言うと、あの魔法に大した危険はないんでしょう?」
「まあ、そうなんだけど、さっきも言ったように念のためさ。あの魔法は絶対に安全という保証がないからね」
「まあ、そうですね。分かりました」
「うむ。注意点はだいだいこれくらいで、あとは大丈夫だろう。けど、本当は……」
「本当は?」
「アタシはアンタには魔法学院に行かず、ずっとここにいて欲しいんだけどねえ……」
師匠は悲しそうな顔をしてそう言った。その顔はまるで、親元を離れて自立を始める子どもを寂しそうにしながら送り出す親の顔みたいだ。
そういえば、この十五年の生活で、おれは師匠に対し本当の家族のような絆を感じていた。それと同様に、師匠もおれのことを本当の家族だと思ってくれているのだろうか?
「し、師匠……」
「だって……、だってそうだろう。アンタが王都に行ってしまったら……」
「は、はい……」
おれの目からなにかが流れ始めた。いったいこれはなんだろう? 水魔法が誤作動でも起こしたのだろうか?
「……行ってしまったら、これから、……これから家事や金稼ぎは誰がするんだい?」
「おい、ふざけんな! おれの涙を返せ!」
「だって、そうだろう。アンタがここで暮らすようになってからはずっと楽ができていたのにねえ。はあ、今まで通り、面倒事はアンタに押し付けたいよ」
「師匠っていつもそうですね……! おれのことなんだと思ってるんですか!?」
「アタシにとって面倒なことをやってくれる便利な人間かねえ……」
「言い方がひどい!」
だが、師匠は帽子を深く被り、さらに下を向いているので今どんな表情をしているかが分からない。きっと、これは師匠が寂しさを隠そうとして言っただけで、本音ではないのだろう。たぶんだけど、きっとそうだと信じたい。
こうして、おれと師匠の家族としての生活は終わりを迎え、これからおれは王都へと向かうための旅に出ることになる。
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