第25話 慟哭の雨
「くそが……!! ふざけやがって……!!」
ダンッ! と思い切りルークは壁を叩きつける。
現在、ルークは自身が日本で借りているマンションの一室に戻ってきていた。そこを拠点としているのだが、今は室内に物が散乱していた。
その部屋にはルーク以外にも何人かの退魔師がおり、その部屋の隅には──アリアの姿もあった。
「デバイス無しでこの俺様をあしらうだと……!? くそ……っ! サクヤ=シラヌイ……っ! どこまでもふざけやがって!!」
普段の一人称は私だが、あまりの怒りにルークは素の状態が出ていた。
ルークはある目的のために日本にやって来ており、不知火家を襲撃したのだが、彼らはあっさりと撃退されてしまった。
中でも、ルークは不知火家当主の朔夜のことを狙っていたのだが、デバイス無しの彼に軽くあしらわれてしまった。
それにより、彼のプライドはかなり傷つけられていた。
「くそ……こうなったら、流石になりふり構っていられないか。ただやはり、シラヌイには間違いなく何かある……」
ルークはボソボソと独り言を呟く。
周囲の人間は黙って彼の様子を見守っていたが、突然ルークがアリアに声をかける。
「おい。アリア」
「はい……」
「お前の相手は忌み子だったよなぁ?」
「は、はい」
「それで、お前はあっさりと撃退されたということか?」
「それは……」
アリアはそれ以上の言葉を発することはできなかった。
ただ目線を下に落とすことしかできない。
「おい」
ルークはアリアの襟元を掴み、彼女を乱暴に壁に叩きつけた。
「きゃ……っ!」
アリアの髪が乱れ、強い衝撃を彼女は受けるが──抵抗などできるはずもなかった。
「お前、まさか手を抜いたんじゃないだろうな?」
「そんなことは──」
「ク、クク……あぁ。じゃあ、こうしようか。俺様は優しいからな。確か日本には、三度目の正直という言葉があったなよな。クク……」
ルークは歪な笑みを浮かべる。
それはもはや八つ当たりで、ルークは自分の失態を棚に上げてアリアに問い詰め始める。
しかし、周りの人間もアリア自身もそれを咎めることはできない。
ルークはまだラザフォード家の当主ではないが、実権をほぼ握っているからだ。
二人以外のラザフォード家直属の退魔師たちは、ただ静観するだけだった。
「お前が本当に手を抜いてない証拠を、明確に示すことができる方法がある。それは何だと思う? アリア」
「それは──」
その問いに対して、アリアは心当たりがあった。
「アリア。次こそ役割を示せ。そうすれば、この寛大な俺様もお前の失態を許してやろうじゃないか」
そしてルークはパッとアリアの襟元から手を離して、彼女の肩にポンと手を置く。
「アリア。分かったな?」
「はい……ルーク様……」
ルークの呪縛からアリアが逃れることは、もう──出来なかった。
†
「トウヤ。おはよ!」
「おはよう、葵。こうしてくるのは久しぶりだな」
ちょうどトウヤが家を出ようとした時、インターホンが鳴ったのでそれに応じると、扉の前には葵が立っていた。
二人は並んで学院へと向かうが、その途中で葵がため息を漏らした。
「はぁ……最近、色々と忙しくてさ〜」
「何かあったのか?」
「ちょっと家で色々とね。ま、トウヤも御三家だから分かるでしょ? 挨拶回りとかあるのよ」
「挨拶? 一体誰に?」
「それまぁ、他の退魔師の名家とか。他には大企業の社長とかね。ま、退魔師界隈も利権が絡んでいるからね」
「なるほど。確かにそうだな」
トウヤは忌み子ということで、その挨拶回りなどに参加したことはない。
それらは現在、朔夜と栞が中心になって対応しているからだ。
そして二人が教室内へと入っていくと、葵が「あれ?」と声を発した。
「ラザフォードさんいないね。いつも早めに来てるのにね」
「……そうだな」
「体調不良かな? やっぱ、留学って大変だろうし」
「……」
トウヤはただじっと、アリアの席を見つめる。
それからホームルームが始まったが、トウヤがアリアの姿を見ることはなかった。
放課後になってトウヤは流石に心配になってアリアに連絡を入れた。学院にも連絡はなく、無断欠席をしているからだ。
しかし──トウヤのスマホにアリアからの返信はなかった。
(スマホは壊れて修理中……という話だったが、無断欠席と関係はない──とは言い切れない)
それから一週間が経過しても、アリアが登校してくることはなかった。
「これは……」
トウヤは学院での授業を終えて自宅へと帰ろうとした時、下駄箱に一枚の手紙が入っていることに気がついた。
差出人の名前はない。ただそこには、時間と場所が書かれていた。
とても達筆な筆跡で、トウヤはその筆跡に見覚えはない。
しかし、彼は何となく──ある予感を抱いていた。
「雨か……」
現在の時刻は夜の11時半。あと三十分もすれば、0時になる。つまりそれは──
トウヤも相手が敢えてその時間を指定しているのは、分かっていた。
傘を差して目的地へと向かう。
指定場所は都内にある広めの公園だった。休日は家族連れなどで賑わっているが、平日の深夜には流石に誰もおらず、不気味な雰囲気が漂っている。
そしてトウヤがその場所に到着すると、一人。
仮面をつけた人物がそこに立っていた。真っ黒な
ゆっくりとトウヤは近づいていく。
すると、相手の背後から糸が伸びてきて、トウヤの持っている傘を弾き飛ばした。
(これ以上は近寄るな、ということか)
トウヤはそう解釈して、その場にピタリと立ち止まる。
雨はさらに勢いを増していく。
トウヤは雨に晒されながら、相手に語りかける。
「お前は、先日俺を襲ってきたやつだな?」
「……」
返答はないが、トウヤは話を続ける。
「デバイスは糸と針。しかしそれは、デバイスの一部に過ぎない」
トウヤはすでに相手が誰なのか、確信を持っていた。
決して当たって欲しくはない予想。
彼はそのまま相手の存在を暴こうとするが──
「なぁ、お前は──いや、君は……」
トウヤが言葉を続ける前に、相手はその仮面をゆっくりと外した。
サラリと金色の髪が流れ、黄金の瞳がトウヤのことを見据える。
その顔は──トウヤは誰よりも見覚えがあった。
「──トウヤさん。お久しぶりですね」
彼女もまた雨に打たれながら、その姿を露わにした。
間違いなくそれは──アリア=ラザフォードその人だった。
トウヤは彼女の姿を見て、眉を顰める。
「アリア。どうして……」
「トウヤさんは薄々分かっていたんでしょう? 出会った当初から、あなたが私のことを怪しんでいたのは何となく──分かっていました」
アリアの声はとても冷たいものだった。
二人の
しかし、現実は非情にも真実を突きつけてくる。
「それでも、私に優しくしてくれたトウヤさんと栞さんには感謝しています。私は生まれて初めて、幸福というものを感じたと思います。かけがえのない時間でした。本当に……」
アリアはまるで遠い過去を懐かしむように、そう言った。
「私には役割があります。それを果たすために私は生まれたのですから」
気がつけば、彼女の右手には銀色のアタッシュケースが握られていた。それがアリアのデバイスであることは、トウヤもすぐに気がつく。
彼はそれを見て、自分の
「アリア。どうしても、戦うしかないのか?」
「はい」
「……そうか」
トウヤがゆっくりと刀を抜くと同時に、アリアはじっとトウヤのことを見つめる。
その瞳は何の
雨はさらに勢いを増していく。まるで、アリアの
「トウヤさん。私はあなたを──殺します」
大雨のせいで明確には分からないが、トウヤはアリアが一筋の涙を溢したように見えた。
そしてアリアは、自分の
「
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