第2話 わかってた
ずっと、決め手が欲しかった。
これが友愛ではなくって恋愛なのだと言い切れる、最後の決め手が。
そうすれば、後のことなんて考えず、言ってしまえると思ったから。
でも、ダメだった。
言ってから怖くなってしまった。
拒絶しても、小町は私と一緒にいてくれるのだろうか。今までと同じように接してくれるのだろうか。そんな優しさを、私は受け入れることができるのだろうか。
後の祭りだ。皮肉みたい。
さっきの「ちょっと待ってね」から、まだ数秒しか経っていない。
小町は答えを待たせるけど、だからって遅いわけじゃない。そろそろ、答えが出るはず。
「茉莉ちゃん」
やっぱり、そうだ。
小町は、いつもの柔らかい表情で、私の目を真っ直ぐと見る。そんな表情でも、その口からどんな言葉が出てもおかしくないことを、私は知っている。
「あのね」
うん。聞く。聞くからさ。
「茉莉ちゃん」
もう、言わなくていいよ。それ以上は、お願いだから言わないで。すぐに答えが欲しいわけじゃないから。
「…………」
……大丈夫だよ。言わなくても。
もう、わかったから。
ずっと、わかってたから。
「ごめんなさい」
傷つけて、ごめん。
穏やかな顔で振られて、だから私も無理に笑顔を作る。
これ以上、傷つけてしまわないように。小町に私を、傷つけさせてしまわないように。
「……ううん。ごめん、忘れて」
本当に、ごめん。
「ケーキ食べよっか。自信作だよぉー、なんたってお店の味を再現したレシピだからね。あ、チョコのっけるね」
「うん」
「飲み物なくなってるね。お酒、冷蔵庫から持ってくるよ。あ、それともコーヒーの方がいいかな?」
「……うん」
「あ、見て見て! 外、雪降ってるよ! ホワイトクリスマスだ」
「…………うん」
「そうだ! 忘れてたんだけど、実は——」
「ごめん……」
流れた。目から、熱くて湿った、何かが。
自分のことを、もっと強い人間だと思っていた。怖かったのは、「女を好きな女」って気持ち悪がられることで、理由がそれじゃないなら、気まずくならないように笑って冗談くらい言ってやろうって思ってた。
でも。あー。
純粋に拒絶されるのも、辛いなぁ。
「もう帰るね」
「……うん」
言ってくれないんだね。いつもみたいに、「ちょっと待ってね」って。
「ご馳走様。美味しかった」
「お粗末様でした。いっぱい余ってるから、また明日も食べに来て」
「行けたら行くよ」
「待ってるね」
「……うん」
玄関までの短い距離を見送られて、小町を横目で見た。心なしか、少し寂しそう。
「バイバイ、茉莉ちゃん」
「バイバイ……また、明日ね」
「うん」
できないであろう約束だけど。小町には、少しでも笑っていてほしかった。小さな笑顔が、誰より似合う女の子だから。
扉を閉める。
自分の部屋に入る。小町の部屋と全く同じ間取りで、家具の配置や大きさも変わらないのに、今日のと比べると簡素に見える。
ツリーも、バルーンも、カチューシャも、何一つ映えるものはない。ベッドと、テレビと、テーブルだけ。
「……はぁ」
白い息は出ない。ため息だから、出なくていい。子供じゃないから、出てほしくない。
ベッドに倒れ込む。お風呂はいいや。
明日はバイトもないし、授業もない。茉莉と出かけるつもりだった。イルミネーション見に行こうって、あくまで友達として。
それも、約束できなかったけど。
「……うぅっ……」
枕に顔を沈める。隣の部屋に、聞こえちゃう。
本当は、告白するつもりなんてなかった。せめて、今日だけは言わない方がいいって、頭ではわかって。
舞い上がった。お酒も入ってた。
小町がケーキを切ってるとき、余計なことを考えてしまった。
来年は就活中で、再来年からは社会人だ。二人で予定を合わせることはできても、今ほど落ち着いた時間は多くないはずだ。
プレゼントとか、部屋の飾り付けとか、ご馳走とか。用意できるほどの時間は、きっとない。
手作りで、少し拙いケーキ。できるだけ形を崩さないよう慎重に切ってるところを見て、嬉しかった。
だから、衝動的になってしまった。
「……んぅ、あぁ……」
もう無理かな。
失恋なんて、今までだって経験してきた。高校のとき、男の子相手に。小町と出会う前のこと。
それなりにガッツリ恋愛して、でも別れるときはあっさりしてる。私の恋愛のイメージはこんな感じだった。特別だけど、唯一じゃなかった。
小町は、多分、唯一だ。
理性が感情を抑えられなくなったのが、その証拠。
「…………」
涙が止まる。
久しぶりに泣いた。いきなり落ち着くこの感じが、さっきまでのが嘘泣きだったみたいに思わて、少し笑える。
落ち着いた。うん、落ち着いた。
ピコンとスマホから通知が鳴って、画面が光る。
さっきまでの泣き声を聞かれて、心配した小町からかと思って、恐る恐る画面を見る。
予想通り、小町から。
『ありがとう』
なんのことだ? 感謝されることなんて、何も……。
あ、そういえば。
気づくと同時に、写真が送られてきた。
右手でピースして、左手に紙袋を持った、小町の自撮りだった。
プレゼント、渡し忘れてた。
メッセージカードが入ってるから、それが見えて開けたんだろう。
できれば、自分の手で渡したかった。
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