アマゾーン国探訪記

始祖鳥

レナトス




「まさか!」「私たちが戦士ですって!」





女たちは、一斉いっせいに笑う。



「あのねぇ、女だからってみんなが戦士になれるわけじゃないのよ。情けないけどさ」


「そもそも庶民しょみんが、自前じまえで馬なんて買えないわよ、ムリムリ」



女たちは、首を横に振ってめ息をつくと、肩をすくめた。




「それはそうと、あなたみたいな男の人なら、この辺にもいるわよ」



ほら、と言って女のひとりが指差した先には、市場で働く女達に混ざって、若い男性が荷物を頭に乗せて運んでいた。



「あと、まちはずれにも、めちゃくちゃ美男びなんが住んでるって噂だし、男性は多いと思うわ」





旅人は、うなづきながら、女たちの話すことを逐一ちくいち筆記具ひっきぐに書きめている。


彼女たちの話は、書物にしるされた通りだったが、違う所もあった。

長年この国に興味を持ち、書物を読み漁り研究してきた彼だったが、住人たちの生の声を聞いて、ますます好奇心をき立てられるのだった。



旅人の名はレナトスと言って、さる名家の三男である。


後を継ぐ事もなく、気楽な身分ゆえ、普段は詩を書いたり、本を書くために旅をしながら、自由気ままに暮らしていた。



「じゃあね、坊や・・」「気を付けてね」



女たちは、目を細めてニッコリ笑うと、手を小さく振ってから、雑踏の中に去って行った。



レナトスは、女たちの自分への子供こどもあつかいな態度に、少し自尊心プライドが傷つきながらも、気を取り直してまわりを見渡した。



街の中は、行き交う人々で賑わい、物売りの声や通りすがる人たちの話し声、何処どこからともなくかすかに聞こえてくる赤子の泣き声などが、石造りの建物に挟まれた通りを何度も木霊こだまのように響き渡る。レナトスは、この目眩めまいを覚えるような街の熱気に圧倒されながらも、自身からこみ上げる感動をおさえきれなかった。




書物の世界が、目の前にある。




人々は皆、簡素な布の服を着ているが、それとは対照的に壁や建物は、鮮やかな模様が施され、それは自国では見ない独特のおもむきを持つものだった。

窓からは、鈴のような鎖状さじょうの飾りが何本も垂れ下がり、風が吹いたのか、揺れながら、シャララ……シャララ……と、音を立てる。



しかし、彼がとりわけ注目したのは、この街、いては、この国全体の異様さ・・・だった。




(ここには、女しかいない)




それは、入国にゅうこくした時、彼が一番に感じたことでもあった。




アマゾーン国。女王が治め、女戦士アマゾネスが支配する、女たちの国。


このアマゾーン国の周辺にある国々の中で、一番大きな王国・・から、彼はいつものように異文化・・・の本をしたためようと旅立ったのだ。



(今回は、勝手が違うな)



書物による知識のみならず、多様な文化を見聞きしてきた彼にとっても、この違和感はぬぐがたいものであった。


どこを見ても、大人も子供も老人も、女ばかりで、男は自分だけなのだ。



レナトスは、旅をしてはじめて、心細さを覚えた。ふと、通りの先をると、水がめを抱えて歩く男性の後ろ姿が見えた。近くに、水くみ場があるらしい。



(年齢としは、自分と同じくらいだろうか?)




「危ないっ!」


「うわっ!」



レナトスが、男性に話しかけようと、通りの道を横切って近づいた途端とたん、荷馬車が猛スピードでレナトスの前を走り過ぎた。


御者ぎょしゃたくみにレナトスをけきれなければ、あるいはレナトスが、もう数歩ほど先を歩いていたら、確実に馬車にかれていただろう。


突然のことに、彼は驚き、我に返ると、今度は激しく肝を冷やした。


そして、自分に向けられる、周りからの視線にも気がついた。



通行人は皆、レナトスを一瞥いちべつしてから歩き去り、なお振り返る者もいる。さっきの御者も、走り去る直前に驚いた顔で振り返り、自分を見たことをレナトスは思い出した。


女性ばかりに囲まれ、視線に晒されることに、これほど威圧感を覚えるとは、彼は、アマゾーン国に来るまで想像もしなかった。


女の国なら、皆、母のように強く、たくましくて、姉のように優しいに違いない。


子供のころ、本でその存在を知ってから、ずっと思っていたし、そこに他の国にはない魅力を感じて、憧れを持っていた。


ただでさえ、アマゾネスの情報は限られている。


そこで、自分が行って、この目で確かめる。


そして体験を本をして、王国 および周辺の国々に伝えるのだ。


それは、自分の手柄であり、一族の名誉であり、王国の利益にもなるだろう。



(私は、“ほまれ”になるのだ)



彼には、野心もあった。





女たちは、レナトスの周りに集まって来る。


口々に何かを言ったり、ヒソヒソとはなしをする者たちもいる。



レナトスは、なぜがたたまれない気持ちになって、逃げるようにその場を去った。










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