ジュブナイルズ ~少女と幼獣の冒険記~
ミッキー大槻
第1話:遷都
四条河原町の「シービュー・ソフトウェア」を訪れた後、パメラは駐車場のある地下の階に降り立つ。赤いアルファロメオを目指して赤いハイヒールで歩き始める。地下に流れ込んだ春の空気の中、硬質な足音が響き渡る。コンクリートの床面に大理石のタイルが埋め込まれていることに気付き、妙に気になる。それがQH(Quake Henge:地震列石)の露出部分であることはまったく知らなかったが、パメラが関わっている幼獣たちをこの世に運んでいる経路がまさにQHだった。
パメラは水素燃料電池で駆動するエンジンを始動して大阪都四区内に戻ると、JR大阪駅北側「グラングリーン大阪」の北端にあるマンションに帰った。午後九時過ぎだった。
ここは、国防省の職員宿舎である。パメラの娘、詩伊奈が今月入学した小学校は公立の学校だ。江戸時代から伝統のある、近松門左衛門作『曽根崎心中』ゆかりの商店街の入り口付近にあるが、大阪の過疎化によりいったん廃校になった小学校が相模トラフ大震災後の大阪都都心部の人口増加に伴い復活した。こういう廃校からの復活が今や大阪都内では珍しい話ではない。
家に帰り着くと、まだ家政婦の花の姿があった。詩伊奈は風呂上がりで、寝床に入ろうとしていたが、「お母さん、おかえりなさい。この子にミルクを飲ませたら寝るね」と反応する。まだマァモに授乳している最中だった。
象の赤ん坊は、すくすくと育っていた。だが、そんなに大きくなっていない。「詩伊奈、マァモは何キロになった?」と訊ねると「まだ二キロになってないの」と答える。
とりあえず、子象のことはAAAに報告しておくべきだろうと考え直した。自宅(宿舎)から子象を引き上げるように上から言われたら困ると心配していたのだが、AAAは本来の侵略対策業務で忙殺されているみたいだし、幼獣調査課の上の指揮系統は「上層部」に直結している。自分から上は、落合光子管理官をはじめ、顔の見えない上層部だけなのだ。
それと、大学時代にアルバイトしていた動物写真を主力とする出版社も廃業から復活したと三月半ばに聞いた。首都圏壊滅で日本が衰弱の極みに達した一方で、京阪神は好況に沸いている。自分は、組織からある意味野放しにされている幼獣調査課の課長として好きなように動いていいのではないかと開き直り始めていた。
「マァモちゃんの写真を撮るわね」とパメラが声をかけると、詩伊奈がカメラ目線で被写角内に加わる。パメラは機密情報を扱う職業柄さすがにSNSを使っていないから、詩伊奈が勘違いしたわけではなさそうだ。可愛い子象との写真が欲しいと思っただけだろう。報告用に詩伊奈が写っていない写真を後で撮影しようと思った。
パメラは、多田氏に聞いた体高一メートルのマンモスの化石の話をスマホで調べてみる。すると、体毛が見られないタイプのマンモスだとある。長毛種の猫を彷彿とさせるマァモとは一致しない。しかも、この調子だと、マァモは成熟しても体高五〇センチほどだろうと思われる。
パメラは、子象の額の部分に三ミリ四方のプラスチック片らしきものが貼り付けられている―もしくは埋め込まれているのを見つけて、《もしかして、この子はロボット?》と訝る。しかし、子象は温かい身体をしていてロボットだなんて考えられない。
行方不明になった夫、翠が詩伊奈に夜毎聞かせていたお伽話だと、マンモスの赤ちゃんが成長してレトリバーぐらいの大きさになるという話だった。レトリバーなら体高五〇~六〇センチ、体重は重くて三〇キロだから、それなら家で飼い続けることもできる。
現生の象の場合、比較的小型のアジア象としても体高二メートル~三メートル、体重三トン~六トン。とても家では飼えない。床が抜けるかも―。万一そうなった場合に備えるには、AAAに詳しく報告しておく必要がある。
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