ポリコレ姫 ~大好きなアニメの実写版監督に抜擢されたけど、実はポリコレ採用だった件~
ヨーダ=レイ
1、I've Got a Dream
『ポリコレ姫』の話をするね!
きっとディズニーの『シンデレラ』とか、でなければ日本の『セーラームーン』くらいには皆観てると思うけど、とっても素敵なお話なんだよ!
そもそも『ポリコレ姫』は愛と希望、そしてハッピーエンドをテーマにしてるの! テレビアニメシリーズは50年続いてて、世界中で愛されていて、もう何十年もみんなの心に残り続けているんだよ!
もともとの『ポリコレ姫』は童話として誕生したんだけど、すぐに映画化されて、その時から大人気になったの。登場人物もみんな個性的で、王子様や三枚目の憎めない黒人従者、善の魔法使い、悪の魔法使い、王様、そして友達の森の動物たちが一緒に冒険するんだ。
ポリコレ姫は数々の困難に直面しながらも、希望を捨てずに頑張って、最後には愛の力で王子様に掛けられた呪いを解いて、悪の魔法使いを打ち倒すんだ。このハッピーエンドが本当に素晴らしくて、見る人に勇気と感動を与えてくれるの!
最初にアニメ映画化されたときも、もう世界中で大ヒットだったんだ。けどね、その後の映画化ではいろいろと改変されちゃって……例えば、ポリコレ姫をいじめる継母がオリキャラとして登場したり、悪の魔法使いの手下としてモンスターが出てきたりして、三枚目の黒人従者は出てこない代わりに、スライムのモンスター、スラッチュがポリコレ姫に寝返ってマスコット的な存在になったりしたんだ。これが原典とはかなり違うから、一部のファンからは原作レイプだって批判されちゃったんだよね。
それから数年後、『ポリコレ姫』は再びアニメ映画化されることになったの!
今度は原作に忠実にしようってことで、ロボットアニメやゴジラ映画のリメイクで実績のあったベテラン監督が起用されたんだよ。そして公開された『シン・ポリコレ姫』はそこそこヒットしたんだけど、原典通りに三枚目の黒人従者が出てきたりして、現代の価値観にそぐわない部分もあったから、旧アニメ版のファンからは大ブーイングを受けちゃったんだよね。
でもね、原作の精神を大事にしてくれた丁寧で叙情的な作風から熱狂的なファンも生まれて、『カントク、ウルトラマンや仮面ライダーだけでなくそんなにポリコレ姫も好きだったのか』っていつからか再評価されるようになったんだよ!
「こんなふうに『ポリコレ姫』のアニメシリーズは始まってから50年、ずっと時代を超えて愛され続けているんだ。本当に素晴らしいシリーズだよね! それでね、それでね……」
「はいはい、ストップ」
そこでわたしは、ハイテンションで語り続けていた相手の話を遮った。ようやく我に返った同居人に、わたし:タカミネ=ミオは呆れ全開で顔を顰めながら言ってやった。
「ったくもう、アリシアって本当にオタクよね。普段はコミュ障の癖に、好きなものが絡むと途端にひたすら喋りまくるの、どうにかならないわけ?」
「えへへ、ごめんなさい、ミオちゃん……」
そうやってわたしが不満を露にすると、先ほどまでひたすら喋繰っていたうちの同居人:アリシア=ブラックは申し訳なさそうに頬を掻いて笑う。彼女の褐色の肌が少し赤みを帯びて、その笑顔がさらに輝いて見えた。
……アリシア=ブラックという人はいつもこうだ。アリシアの車椅子のひじ掛けには、いつもの如く『ポリコレ姫』のキャラクターぬいぐるみが鎮座している。
正直に言えば、わたしにはアリシアがどうしてそこまでこんな子供向けアニメに夢中になっているのかまったくもって理解しがたいのだが、彼女が好きなことを楽しそうに語るときの表情は本当に、なんというか、まあ、その、悪くないと思っている。
とはいえ、それにも限度がある。わたしは話題を切り替えた。
「それで? このたび制作されることになった『ポリコレ姫』実写版の監督にあなた、アリシア=ブラックが就任したってわけよね?」
「うん、そうなの!」
わたしの同居人、アリシア=ブラックの職業は脚本家と映画監督だ。
脚本家としての仕事の方が多いアリシアだけれど、それと並行して映像制作の学校に通って映画監督の勉強を長年続けており、仲間と撮った自主制作映画で有名な新人映画賞の佳作賞を獲ったこともある。映画監督になりたい、その夢を懸命に追いかけ続けるアリシアを、わたしは陰ながらずっと応援してきた。
そして『ポリコレ姫』の実写版は、そんなアリシアの初監督作品になるわけである。脚本家としては中堅、映画監督としては新人であるアリシアにとって、こんな大作を手掛けるのは初めてだ。
車椅子を漕ぎながら、アリシアはわたしに向き直った。
「最初は脚本家のアシスタントとして応募してみたんだけど、面接で『ポリコレ姫』について語ったら、そのとき居合わせたオズワルド社の社長さんが『君にやらせてみよう』ってことになって!」
「オズワルドの社長ねぇ……」
オズワルド=エンターテインメント社といえば、世界有数のエンタメ企業だ。
オズワルド社がアニメから映画、ドラマにコミックまでありとあらゆるジャンルの娯楽作品を手掛けていることは、その手のジャンルに疎い素人のわたしでもよく知っている。そういえばいつだったか、「『ポリコレ姫』の映像化権は現在、オズワルド社が持っている」なんて蘊蓄をアリシアから聞かされたっけ。
「本当、まるで夢みたい……!」
うっとりと語るアリシアの表情はまさに夢が叶った少女、というかそのものだ。そりゃそうだ。此処まで入れ込んでいるポリコレ姫シリーズ、その最新作を自らの手で手掛けることになったのだからクリエイター冥利に尽きるというものだろう。
……で、それはそれとして。
「それで、もう企画書とか出来てるの?」
なにはともあれ、まずは企画書が必要なはずだ。アリシアのビジョンや計画をまとめた企画書。それがなければ映画制作は始まらない。
ところが、アリシアの表情が少し曇った。
「うーん、でも、なかなか思うようにいかなくて……」
わたしの質問に、アリシアは途端にしょんぼりと肩を落としていた。この人の子供じみた感情の起伏の激しさには時に困らされることもあるが、まぁ、それも愛嬌だろう。
そんなことを頭の片隅に置きつつ、わたしは訊ねた。
「どこで行き詰まってるの?」
「いったい、どんな話にすればいいのかな、って。だって50年も続いてるシリーズなんだよ? わたしみたいなにわかが思いつくようなアイデアなんてほとんど出尽くしちゃってるよ」
「に、にわかって……」
わたしの認識に間違いが無ければ、アリシアはポリコレ姫50年分を全部頭に入れてたはずである。ほんの1シーンからでも、どのエピソードのどんな場面だったかスラスラ暗唱できるほどだ。そんなアリシアがにわかなら、にわかじゃない人たちはいったい何者なのよ。
そう思わないでもなかったがそれはとりあえず脇に置き、わたしは素朴に思いついたことを述べた。
「フツーに映画化すればいいんじゃないの? ほら、よくあるじゃない、原作を忠実に映像化!とかさ。人気のあるエピソードをそのままやればいいんじゃない?」
「うーん……」
せっかくの実写版なのに変なオリジナル要素を入れて台無しに、ってのは素人のわたしでもよく聞く話だ。アリシアもポリコレ姫シリーズが好きなのだから、お気に入りのエピソードを適当に掻い摘んで上手くまとめてしまえばよいのではないだろうか。
素人なりのわたしの意見にもアリシアは真剣に考え込んでいた、けれど。
「……やっぱり、ダメだよ」
「あ、そうなの」
アリシアは、首を左右に振りながら答えた。
「だって、原点回帰リメイク路線は『シン・ポリコレ姫』があるし、アニメシリーズ中でも色んなアプローチが試みられてるもの。それにせっかく実写版っていう新しいことをするんだから、それに合わせて新しいアプローチをしなければ創る意味が無い。なにより美味しいところだけつまみ食いしてお茶を濁すなんて、それまで毎回新しいことを試行錯誤してきた過去のシリーズにも失礼だよ。フツーの映画じゃあダメなんだよ、ミオちゃん」
「作る意味がない、ねえ……」
フツーの映画じゃあダメ、か。
オタクでもなければクリエイターでもないわたしにはよくわからない感覚だし、『過去のシリーズに失礼』とか『新しいことをしなきゃいけない』っていうのもピンとこない。映画なんて所詮はエンタメ、娯楽、ただの暇潰しだ。期待した程度に楽しめればそれでいい。だいたい皆、そこまで考えて映画を観てるのかしら……そう思わないでもなかった。
が、クリエイターの立場からすると違うらしい。アリシアは言った。
「なにより、マニアやオタクじゃない人たちにも喜んでもらわないと。原作へ忠実に、ってのはマニアやオタクは喜ぶけど、せいぜいそこまでだもの」
なるほど。わかるような、わからないような、相変わらずよくわからない世界だ。
スマートフォンを机に置き、コーヒーカップを手に取りながら、わたしはふと気になったことを尋ねた。
「……ねえ、なんでそんなに『ポリコレ姫』が好きなの?」
「えっ?」
……そんなに思いがけない質問だったろうか。子犬のように首を傾げて戸惑うアリシアに、わたしは続けて訊ねた。
「だってさ、そこまで入れ込んでるってことは、何か理由があるんじゃないの? きっかけというか、なんというかさ」
そういうわたしの言葉を受け、アリシアは少し戸惑ったように車椅子のひじ掛けに載せられたぬいぐるみ――『ポリコレ姫』の主人公をモチーフにしたそれを撫でながら、じっくり考え込んでいた。そういえば、このぬいぐるみはアリシアが三度目の手術を受けた時、わたしが見舞いに持って行ったものだった。今でも病院に行くときは必ず持って行くという。
長い沈黙。窓の外で鳥が鳴くのが聞こえる中、アリシアは口を開いた。
「うーん……なんだろうなぁ。いろんな理由があるような気がする」
そして、ふと思いついたように。
「あ、そうだ! ミオちゃん、『魔法の靴』のエピソードを覚えてる? シーズン28、いわゆる“ルネサンス期”の第23話!」
「覚えてるわけないでしょ。そもそもわたし、ポリコレ姫なんてちゃんと観たことないもの」
わたしの言葉にアリシアは「あっ」と小さく声を上げ、少し恥ずかしそうに笑った。
「そっか、ごめんごめん。ついつい、みんな知ってると思っちゃって……」
アリシアは一度深く息を吸い、それから語り始めた。
「あのね、子供の頃、わたし、よく入院してたの。今みたいにリハビリとかで上手く付き合えるようになるまでは、手術も何度もしたりしちゃって」
いきなりつらい過去の告白に、わたしも思わず身構えてしまった。だが、アリシアの語り口は淡々としていて表情も穏やかだった。むしろ今では懐かしい思い出話のように聞こえる。
アリシアは語り続けた。
「そのときにね、病院のデイルームで『ポリコレ姫』を観たの。ちょうど『魔法の靴』っていう回で……主人公のポリコレ姫が魔法の靴を手に入れるんだけど……」
語りながら、アリシアは不意に言葉を切った。
「……なんていうか、その、今思えば、すっごくベタな展開なんだよね。魔法の靴を手に入れて一時的に自由になれるけど、最後はその靴を捨てて自分の足で立つことを選ぶの」
「……たしかにベタね」
わたしがそう答えると、アリシアは少し照れくさそうに頬を掻いていた。
「……でもね、当時のわたしにとっては、まるで自分のための物語みたいで。『このままのわたしでいい』って、そう思えるきっかけになったっていうかさ」
アリシアの言葉には照れと懐かしさと、そして確かな誇りが混ざっているように聞こえた。わたしは黙ってコーヒーを啜りながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「あとね、原作の童話には三枚目の黒人従者のキャラクターがいるんだけど、わたしと同じ黒人のキャラクターが、ちゃんと活躍するんだよ。たとえ脇役でも、そういうキャラクターがいてくれるってことが、子供の頃のわたしにとってすごく大きかったんだと思うんだよねえ……」
「ふーん、なるほどねぇ……」
わたしはコーヒーカップを置いた。
つまるところアリシアにとって、『ポリコレ姫』は単なるアニメ以上の存在だ。黒人の障碍者として、苦労して育ったアリシア=ブラック。今でこそこういう性格だが、当人にしかわからない苦労や不条理もきっと沢山あったろう。そしてそんな苛酷な人生に寄り添い、支え続けてきてくれたのがポリコレ姫シリーズだったのだ。
そんなことを考えながら、わたしは口を開いた。
「じゃあ、それを映画にすればいいじゃない」
「……え?」
何気なく口にした一言に、アリシアが驚いたように顔を上げた。
……なによう、その反応。妙な反応が気にならないでもなかったが、わたしは続けた。
「オタクジャンルのことはわたし、よくわかんないけどさ。ポリコレ姫がどうして好きなのか、要は自分が辛いときに励ましてもらえて嬉しかったんでしょ? じゃあ、そのときの気持ちを映画にしてみたらいいんじゃない?」
別に深い考えがあったわけではない。ただ、『自分が好きな気持ちを基にしたらどうか』なんて、実に月並みなことを思っただけである。
ところが、それが意外と効果があったらしい。
「なるほど……そうだ……そうだったんだ!」
途端、アリシアの目が大きく見開かれた。車椅子のハンドリムを握る手に力が入り、そして、まるで何かを思いついたかのように、パッと表情が明るくなる。
「ミオちゃん、天才! 愛してる!!」
突然、アリシアが車椅子を急いで漕ぎ出した。車椅子のタイヤが床を軋ませる音が、部屋中に響き渡る。
「ちょっと、どこ行くのよ……?」
「すごいアイデアが浮かんだの! 今すぐ書き出さなきゃ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいって……!」
バタン! わたしが停める間もなく、アリシアは自室の作業部屋へ籠ってしまった。
なにか思いついたとき、特に創作に関してアリシアはいつもこうだ。こうなるとそのパッションが落ち着くまで、最低でも数時間は部屋から出てこない。
「……やれやれ、どうなるんだか」
そうぼやきつつ「まあ、いいか」とも思った。なによりアリシアが楽しそうだしね。
で、翌朝まで、アリシアは部屋から出てこなかった。
「ふぁ……おはよう、ミオちゃん」
ようやく自室から出てきたアリシアは、車椅子を漕ぎながら大欠伸をしていた。目元には隈が浮かんでおり、心成しか眠たげに瞼が垂れ下がっている。どうやら徹夜でアイデアをまとめていたらしい。
わたしは苦言を呈した。
「なに、寝てないの? あなた、ただでさえ身体が弱いんだから、無理しちゃダメでしょうが」
「えへへ、ごめんなさい、ミオちゃん……それより聞いて聞いて! コンセプトがまとまったの!」
そう答えながらアリシアが差し出したその手元には、これまた分厚い企画書のドラフトが出来上がっていた。
……まさか一晩で書き上げたの? 恐る恐る訊ねると、アリシアは元気よく頷いた。
「うん! まずね、ミオちゃんに真っ先に読んでほしいの!」
「わたしに? 他の人じゃなくて?」
「うん! 読んで、もらえるかな……?」
「まあ、いいけど……」
正直に言えば嬉しい気持ちも無くは無かったが、徹夜作業を叱った手前で素直に認めてやるのもなんだか癪なので、わたしは努めて冷静に受け取った。
そしてひととおり目を通す。
「ふーん、このポリコレ姫、黒人なんだ……」
まず、このコンセプトによれば、主人公のポリコレ姫は黒人という設定になっている。しかも同性愛者であるという……なんか、どっかで聞いたことがあるような気がしないでもないが、それはともかく。
でもポリコレ姫ってたしか白人じゃあなかったっけ? わたしが訊ねてみるとアリシアは徹夜で充血した目をギラギラ光らせながら、首を左右に振っていた。
「ううん、意外な盲点だよね! アニメだとずっと白人だったから、わたしもずっとそうだと思ってたんだけど、実は原作の童話には人種についての言及が無いんだ! つまり黒人にしてもいいんだよ!」
「そ、そうなんだ……」
鼻息荒く語るアリシアにヒキ気味になりつつ、わたしは続きを読み進める。
「そして王子様が男装の麗人、ねえ……?」
そうなのだ。なんと驚くべきことに、このコンセプトに登場する王子様は男装の麗人、つまり女性という設定になっている。
ポリコレ姫と王子様のロマンスはたしかにストーリーの目玉だけれど、こっちはいくらなんでも変えちゃまずいだろうという気がする。勝手に女性同士にしちゃっていいのかしら。
そこを指摘してみるとアリシアは嬉々として、
「だって可愛い魅力的なヒロインが2人に増えるんだよ? 悪いことなんかあるわけないじゃん!」
あ、そうなの……。
それからアリシアはこうも答えた。
「それにポリコレ姫シリーズって『呪い』がよく出てくるでしょ? でもね、原作の『呪い』って王子様に掛けられたもので、よく考えたらすごく多義的な存在だと思うんだよね」
でね、でね、とアリシアは熱心に説明を続けた。
「アニメシリーズだと色んな解釈がされてるんだけど、原作だと実は呪いの正体ってはっきり描かれてないんだ。 みんな『王子様の呪いを解け』って言うだけで、その『呪い』が具体的に何なのかは明示されてないの。だからその『呪い』を、同性愛や障碍への抑圧や偏見のメタファーとして描けると思ったわけ!」
「へ、へえ~……」
わたしもよくわからないなりに相槌を打つと、アリシアはさらに勢いづいて話を続けていった。
「そうそう! 原作の王子様が受けた『呪い』も、要するに『本来の自分でいられない』状態を表してるわけでしょう? それって、自分の性的指向や障碍のことを隠して生きなきゃいけない、そういう人たちの気持ちにも通じると思うの!」
……まったく、自己投影も甚だしいわね。
このコンセプト全体を通して、これがアリシア自身の人生がモデルなのは素人目にも明らかだった。だとすれば、この王子様ってのはわたしのことだろうか。別にわたしをモデルにしようが構わないが、こうも直球に表現されるとなんというか、まあ、その、流石に照れる。
まあ、それはともかく。わたしは素直に思ったことを言った。
「まあ、いいんじゃない? 面白そうだと思うよ」
「ホントに!?」
「ええ。それともわたしがウソを言うと思う?」
わたしがそう答えると、アリシアの顔がパッと明るくなった。そうやってちょっとした言葉で喜んでしまうところも、相変わらず子供っぽい。まるで太陽の光を浴びたように、その褐色の頬が赤みを帯びていく。
「やった! ミオちゃんが面白いって言ってくれるなら、きっと大丈夫!」
アリシアは車椅子のひじ掛けに載せられたポリコレ姫のぬいぐるみを強く抱きしめ、幸せそうに目を細めていた。
まったく、この歳になっても、こんなちょっとした言葉でこんなにも喜んでしまうなんて、ホント子供っぽい奴……まあ、嫌いじゃないけど。
「じゃあ、さっそく企画書を清書して……ふわあ」
話の途中で、アリシアが大きな欠伸をこぼした。
そんなアリシアの様子を見ながら、わたしは思わず苦笑してしまった。
「とりあえず、寝なさい。企画の清書は起きてからでいいでしょ」
「うん……そうだね。なんか急に眠くなってきちゃった」
徹夜で書き上げた高揚感が一気に引き始めたのだろうか、アリシアの声も次第に弱々しくなってきた。とろんと眠そうにしつつも、思いついたようにアリシアは言った。
「……ありがとう、ミオちゃん。わたしの夢に付き合ってくれて」
「なによ、急に」
「だって、ミオちゃんが話を聞いてくれなかったら、きっとこんなアイデア思いつかなかったと思うから」
そう言って、アリシアは優しく微笑んだ。
……わたしなんて、所詮は身内贔屓目線が抜けない素人だし、アリシアだって商業で活動していると言っても別に百戦錬磨のベテランってわけでもない。この企画がこの先どうなるか、そんなことは正直わからない。
でも、アリシアの夢への第一歩を、恋人として見守れることは嬉しい。
……おっといけない、ボロが出るところだった。わたしは軽く咳払いをして、照れ隠しに厳しい口調を装った。
「まあ、頑張んなさいよね……って、ベッドで寝なさいってば!」
ソファでうとうと居眠りを始めかけていたアリシアを自室まで送り届けながら、わたしはそっと微笑んだ。『ポリコレ姫』という作品への愛情と、自分自身の経験を織り交ぜた企画。
……とにもかくにもアリシアらしい、温かみのある作品になったらいいな。
そんなふうに思った。
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