第9話 犬と寿司とスタートライン②
オカ研の扉をゆっくりと閉め、私は次なる目的地へと向かう。
湊をよく知る人物がいる次なる場所、それは――。
「あ、どうも、小春です」
「お兄様なら、今家にいませんよ」
私の隣の家、夏目家。そう、湊のお家だ。
「今日は結愛ちゃんに用があるんだよ、今時間ある?」
おでこが可愛らしい目の前の女の子に出来るだけ優しく問いかける。
「……。…………無いです」
「今の間はなにかな!? ほんとはあるでしょ! とりあえず玄関に入ってもいい?」
と、一歩踏み出したところで彼女は笑顔のまま立ち塞がる。
「いえ、それなら外でお話しましょう」
「そんなに私を家に入れたくないのかな!?」
彼女は湊の妹、
「それで、何かありました?」
「……ちょっと聞きたいことがあってさ」
「なるほどなるほど、それはとても面白いお話ですね。……そろそろいいですか?」
「まだ会話から五秒くらいしか経ってないよ!」
――どうやら私のこと嫌いらしい。悲しいかな。
「……では手短にどうぞ」
玄関から少し出て、家の目の前まで歩いてきた結愛ちゃんは溜息をついた後、諦めたように話す。
とりあえず、最近の湊の様子を聞いてみよう。
「最近の湊に変わった様子ってなかった?」
「ありましたよ、特にあなたに振られてから」
間髪入れずにそう答える結愛ちゃんに驚く。
「……知ってたんだ」
「私はお兄様に信頼されているので」
そう言って笑顔で微笑む結愛ちゃんだったけど、睨まれているような……そんな気がした。
「ちなみに、湊のその後は?」
「小春さんの事は一日も経たずに忘れていましたよ、最近お友達もたくさん出来たみたいで……あぁ、そういえば最近告白をされた、とか」
告白! 屋上のアレか!?
興奮のあまり結愛ちゃんに詰め寄る。
「詳しく!」
「近いので離れてください、それにこれ以上は何も言うつもり無いです」
結愛ちゃんは「プライバシーの侵害というやつです」と呟く。
しかし個人的にはもう少し情報が欲しいところだ。
「ふぅん、でも思ったより余裕なんだね、結愛ちゃん。お兄様が彼女に取られるかもしれないのに」
「……」
今眉毛がぴくりと動いたな……でも、その割には余裕そうな感じだ。
「湊は振った……と」
「私からは何も言うことは無いです。お帰りください」
そう言って家に戻ろうと歩き出す結愛ちゃん。
これは恐らくYESだ。これでも付き合いは長い。
よし……こんなものか、一度家に帰って情報を整理しよう。
その前に最後に――、
「あ、お夕飯とか一緒に……湊も」
「お帰りください」
バンッと勢いよくドアを締められた。ちっ、ダメだったか。
◇
ここまでの話を整理する。
まず私が振った事についてはある程度吹っ切れていて、友達が最近増えた……と。ボケ黒髪美少女とオニオンパツキンギャルの事だね。
そして最近湊自身が告白されて、それを振った。これは恐らく屋上での出来事だ。誰なのかは分からないけど……うん。
自分の机の上でノートに相関図を書きながら考える。
とりあえずこのモヤモヤする気持ちの答えは出なかったけど、仲直りがしたいと思った。
たった数日離れてるだけでこんな気持ちになるなんて……私にとって湊は本当に大きい存在だったんだ。
ベッドに倒れ込み、ぐるりと体を回転させ、天井を見つめる。
明日は――土曜日。あぁ、こんなにも早く月曜日になって欲しいと思ったことは無い。
一緒に登校は断られちゃってるけど、それでも学校なら直接話すチャンスがきっとある。
なんとなく湊とのトーク画面開いて過去の会話を――一つずつ読んでいく。
これは私の部屋で一緒にゲームをした日。ぶっ飛ばしたら勝ちというゲームだ。湊ってばコントローラー置いてっちゃったんだ、家が隣だからすぐ返せたけど。
画面を下にスクロールする。
これは夜眠れなくて湊にどうしても通話したいとかまちょした日。まさか家からこっそり出て、一時間くらい外で話すとは……夜遅かったのに。
画面を下にスクロールする。
これは一緒に本を買いに行った日。あぁそうだ、確かこの日はラノベをいっぱい買ってたな。ふふ、全く、女の子がいる時にそういう事するからダメなんだよ。私はいいけどさ。
画面を下にスクロールする――指が止まった。
私って、大切にされてたんだな。
何かあったらすぐ来てくれて。くだらない話をずっと聞いてくれて。ケーキの苺は毎回私にくれて。
懐かしいな、もうずっと前の事みたい。
そういえば週末はショッピングモールで用事があるって言ってたな、えーっとなになに、ダブルデート……。…………。
「だ、ダブルデーごぶぅ!?」
スマホが勢いよく顔面に直撃する。
それを無視して上体を起こし、椅子に座り直す。
え、え? え!? な、なんでよ、振ったんだよね? 告白は振ったんだよね!? あのおでこ妹が言ってたよね! あれ言ってないっけ!?と、とにかく誰と……。
黒髪、ギャル、友達……で、えっと、それで……。何度ノートを見直しても、分からない。
当然だ。だって――そんな情報、私は知らないのだから。
「……あ」
プツリと、何かが、切れる。
……え? な、何……これ。私、なんで泣いてるの?
あれ、おっかしいな……はは。おいおい、笑えないよ。
私ってばもー。湊との過去のトーク見て少しアンニョイな気分に……なったか。
寂しく、なっちゃった……か。はは。
……。…………そっか、私。
「……。…………やだ」
嫌なんだ。どうしようも無く。
どこにも行かないで欲しい。私の知らない湊を増やさないで欲しい。
私と話して欲しいよ。どうして他の女の子と話すの。
私がいつだって話すよ。湊の話も全部聞くよ。
だから、だから湊。私を……私を選んで――。
『俺と……付き合ってください!』
「ぁ……」
――あぁ、違う。違うんだ。湊はとっくに……。
『あー……ごめんね、付き合えない』
その表情を、思い出す。遅かったんだ、何もかも。
『私と湊はこれからも親友でいよ?』
その震える声を、思い出す。壊したんだ、私自身の手で――何もかも。
あの後、湊はどうなったんだろう。別れ際に泣きそうな、顔をしていた。慰めてあげたかった。
……慰めてあげたかった?
何を……何を言っているんだ私は。気持ち悪い。だったら最初から悲しませなければよかった。その手を掴む資格なんて無いのに。
その次の日は一緒に登校した。湊の気持ちも考えずに、「ごめんね」と口先だけの言葉を言って。
だったら湊の前に顔を見せなければよかった。隣を歩く資格なんて無いのに。
ずっとこういう人間だったんだ、私は。
振ったくせに、湊を悲しませたくせに。
嫉妬して、私を見てって。
気持ち悪くて、痛くて、嫌。
その夜はただ、泣きわめいた。頭の中に浮かぶのは、湊の顔だけ。
あなただけが私の頭の中にいる。どんなに答えを求めても、この気持ちの名前を私は知らない。
それでも、それでも必死に、それだけは言っちゃいけないと。その言葉だけは私に言う資格が無いと。必死に胸を強く押えて……心の中で留めた。
『助けて、湊』
そんな、私らしい――最低な言葉を。
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