第28話
『ジャガジャーン――ッ』
最後のギターサウンドが、スタジオの空気を荒々しく揺らし、歪み、震わせる。
七月六日、夕方五時。ライブ前日。
本番を翌日に控え、この日のスタジオ練習は早々に終了した。
前日に歌い込むのは賢明ではない。急遽差し替えが決まった新曲の練習だけに特化し、この日は最終調整としての時間を過ごした。
「いよいよ明日だな」
樹の一言に、タオルで汗を拭きながら無言で頷く三人。クールに髪をかき上げ、冷水を飲み干す集。一方の優達は、気合いに満ち満ちた笑顔で並々ならぬ汗を流し続けていた。
「そう言えば、そのタオルのロゴだけど……どうして青い薔薇なの?」
風呂上がりのようにタオルをばたつかせる優達に目が留まり、僕はふと聞いてみた。
「ああこれか? 知ってるか奏汰。薔薇にはさ、色ごとに花言葉があって――」
「青い薔薇には『夢が叶う』『神の祝福』『奇跡』っていう意味があるんだ。どうだ? 今のオレ達にピッタリだろ?」
「クレールはこれからもっともっと飛躍して知名度も上げて、近い将来大きな会場で単独ライブもしてみたい。他にもアルバムだったりDVDだったり、それこそ色んなライブグッズを作ったり。バンドとして叶えたい夢がまだまだいっぱいある。それらを一歩一歩着実に成し遂げていきたいっていう思いが、この青い薔薇には詰まってるんだ」
はにかむ満面と共に、壮大な夢を見据えた優達の瞳が煌々と光を放った。
「そっか。そういう意味だったんだね。うん、いいロゴだと思う。じゃあ明日のライブは、夢にむけての布石。大きな一歩ってことだね」
「奏汰……何かお前、変わったな。バンドに入って間もないのに、何だか頼もしいじゃん」
真っ直ぐな僕の思いに呼応された優達が「だなっ!」と弾ける笑みを零す。
そうして僕らは拳同士を合わせ、秘めたる思いを共鳴させた。
「じゃあみんな、明日は本番だ。前回よりももっともっと、目いっぱい楽しもうぜ!」
スタジオを後にし、月明かりの夜空に四人のハイファイブが舞い上がる。
――頑張ろう。
――届けるんだ。
程よい緊張感を残しながら、僕たちは解散した。
七月七日、七夕。
来たる日。夕方五時半、ライブハウス「ハザード」にて。
既にリハーサルを終え、僕たちはメイク室に。一度は立ったことのあるステージ。今回も複数のバンドが出演するブッキングライブであるため、披露する曲はファーストライブ同様に全部で三曲。前回披露した「Acid Gray」と「Parasomnia」、そして完成したばかりの「新曲」と、今回は全曲オリジナルを予定していた。
リハでは時間の都合上ワンコーラスのみしか歌うことができなかったが、現状喉の調子は全く問題ない。
瞑目し、脳内でイメージトレーニングを何度もループさせる間、樹のサポートにより着々とフェイスメイクが施されていく。人生二度目のファンデーションにコンシーラー。ダーク系のアイシャドウとアイラインにナチュラルレッドのリップグロス。そして最後、プラチナゴールドに輝くミディアムウルフスタイルのヘアウィッグ。
未だ慣れないものの、一つ一つのパーツが完成するごとに。
ステージへ立つ自分の姿が鮮明に浮かび、並々ならぬ興奮が音を立てて押し寄せてくるのを感じた。
「よっしゃ。できたぜ、カナデ」
こうして再び、「僕」から「ボク」へ。
そして。
「奏汰」から「奏」へと生まれ変わる。
攻撃的なロックの様相を身に纏い、華やかなメイクを施した自分はやはり別人のよう。けれど。そこには見た目だけではなく、前回と比べ、大きく異なる部分もあって。
沸々と放出される目に見えない感情。「自らを信じる」という強い気持ちの表れ。
「なあ、奏」
午後六時。ついにステージが開演し、トップバッターの演奏が控室まで響き渡る中。メイクをバッチリ済ませた樹が、隣の席へと腰かける。
「あの子、今日も来てるかな?」
「あのこ?」
「ほらあの子だよ。前回のライブ終わり、奏に白いバラの花を渡しに来た」
唐突な質問に、心が浮足立つ。
あの子とは当然――
樹たちメンバーには、じつは彼女がクラスメイトであるとは告げていなかった。
そして目ざといあの音羽に対しては、出待ちの件について話してはいない。
新曲の歌詞を書いていた間も、スタジオで練習していた時も。
――いつでも。
彼女はずっと片隅にいた。
だから書き上げることができた。
この日を迎えることができた。
そして今日……彼女に。
聴いてもらいたい曲がある。
届けたい歌がある。
「来てるよ、彼女は絶対に」
「そして――待っていると思う」
楽屋を出て、移動したステージ脇。
セットチェンジと共に大いなる喧騒がフェードアウトすると、次なる者へと用意される静寂。
会場の雰囲気がガラリと切り替わった。
次はついに、自分たちの出番だ。
「「「「おう!」」」」
四位一体となった円陣から精魂込めた誓言を打ち上げ、ステージへと歩き出す。
見える。鮮明だった。前回とは違い、コンタクトレンズを付けた両目に映る会場いっぱいの観客たち。プレッシャーと緊張に
ファーストライブの際にも見に来てくれた人たちが多くいるようで、歓声に交じり「クレール!」「イツキー!」などといった声も聞こえる。お世辞にも「大」が付く程とは言えないが、十二分に緊張を払拭してくれる温かい歓迎だった。
もう、逃げない。
歌い出しへの不安は一気に和らぎ、喉奥にじんわりと熱が帯びた。
――さあ、行こう。
『カンカンカンカン……』
優達のカウントと共に、一曲目の前奏が始まった。
力強いバスドラが空気を震わせ、スネアにタム、ハイハットへとスティックを変幻自在に叩きこむ。つんざく優達のドラムに続き、高速なロータリー奏法で重厚且つ派手に深みを付与する集のベース。そして流れるようなフィンガリングで、滑らかにレガート奏法を弾きこなす樹のギター。猛々しくもかろやかに音を彩り、重なる樹と集と優達の三重奏。
開始十秒と経たずして、聴き覚えのある曲と判断したのか、客席から波のようなざわめきが起きた。
やがて五人、十人と腕を振り上げ始める観客たち。既知と期待を含ませるサインに胸が高鳴りつつ、顔を上げ強くマイクを握る。躍動する彼ら彼女らに呼応するように一人、また二人と、初見であろう観客たちもビートに乗せ体を揺らし始めた。
嬉しい、みんな……。
望んでいた光景が、早くも。
「Acid Gray」のエッジの利いた音階と会場の空気全体が、ステージを創り上げていた。
前回同様に当然緊張はしている。しかも今回は、視界も鮮明で尚更だった。
けれど。恐怖心など一掃し、忘れさせてくれる程に。
一人一人の高揚し興奮した表情が咲き誇り、逆に心地の良い、悦の境地だった。
以前にも感じた、ここでしか得られない感覚。
音楽って、歌うって。
こんなにも最高なんだな。
ボクはステージに向ける全観客の熱視線に応えるように、あるいは打ち返えすようにして歌声を響かせた。
やがてスモークが晴れ、澄んだ視界。
手扇子と破顔が咲き乱れる客席に純然たる眼福を実感しながら、ステージのちょうど中央でピタリ――ボクの視線は止まった。
八の字を描くようにきらめく二輪のオレンジの薔薇。見覚えのあるツインテールを上下左右に旋回させ、頭を揺らすゴシックファッションの黒髪少女。
演奏にその身を陶酔させながら、彼女は振りの合間にニコっと白い歯を見せた。そしてボクと目が合ったとわかると、無言の賛美を贈るかのようにウインクを放ち、微かに頷いて見せる。
ありがとう……。
いいぞ小悪魔。もっともっと思う存分暴れてくれ。
歌唱と共に、心中で叫ぶ。
そして――。
その右隣には、あの日と同じ装いをした「彼女」の姿が。
Tシャツにジーンズパンツのシンプル目なスタイルや、ダークでシックなロリータ系が多い客席の中で、ひと際目立つ純白のワンピースドレス。さらに今回は音羽の髪型と波長を合わせたのだろうか、長い髪の片側部分をゆるふわサイドテールに結び上げたヘアアレンジ。
そんな彼女の首元には、自分が投げたあの「マフラータオル」が掛けられていた。
(ありがとう)
(キミは、ボクの光だから)
決して多くを着飾っているわけではない。軽装でありながらも自身が持つポテンシャルも相まってか、彼女は底知れぬ高貴さと純真さを備え、誰よりも存在感を放っていた。
曲中に繰り出された聖女のギャップ。ビートに合わせ小刻みに顔を揺らし、腕を上げるその姿が新鮮だった。
だが。そんな中でもずっと。熱狂する周囲のムーブにリズムを合わせながらも、その目線だけは決してステージから離さない。
この日の神宮寺茉莉愛という女性は一段と、見惚れてしまう程に可愛く、美しかった。
ボクを見つめる彼女。彼女を見つめるボク。
お互い目が合ったかどうか、判断しづらいくらいの刹那で。
ボクはマイクへと視線を戻し、ラストのサビを全力で振り絞った。
こうして一曲目が終了。
――だが、ショータイムはまだ終わらない。
会場に生み出された熱量とボルテージをそのままに、すかさず樹のギターが地続きのごとくソロで鳴音をかき鳴らす。そこに優達が素早くカウントを叩き込むと、続けざまに二曲目「Parasomnia」がスタートした。
一曲目と曲調は違えど、キャッチーでメロディアスな前奏に観客の熱と拳がさらに上昇する。
醸成された高揚感をさらに底上げする、今回のステージ構成。
咲き乱れ、乱高下し、揺れ回る人の波。創り出される一体感。
客席の反応と比例し、アドレナリンが噴泉した。息つく間もなく五月雨撃ちに演奏は続くも、発声は順調に続けられている。
ボクはさらに力を込め、ミドルボイスとハイトーンのミックスボイスを使い分けつつリリックを注ぎ込んだ。
計二曲、約十分に及ぶ
「ふうー!」「いいぞー!」
「うぉおおお!」「クレールッ!」
アウトロが終息。場内は逆立つように震え出し、瞬く間に轟音が沸いた。
すごい、想像以上だ。
凄まじかった。
歓声に包まれながらも、どこか……温かくて、優しくて。
ステージライトに照らされる汗を纏ったみんなの笑顔が、どこまでも眩しかった。
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