茉莉ちゃんは傍観者

茉莉は18才で、この私立最上女子高等学校の最上級生だ。最上女子学校は100年以上の伝統ある女子の高等教育を謳った学校で、下は小学校から上は大学までの、エスカレーター式の学校だ。

茉莉は、高校からの編入組で、中学校からの持ち上がりの生徒たちとはそう仲良くなかった。すでに完成しているグループに、いーれてと声をかけるのは、茉莉にとっては苦痛な行為だった。

 茉莉が最上女子高等学校に進学したのは、ひとえに母の勧めだった。小学生の頃から他人を遠ざけ、当然のように中学では孤立していた茉莉を心配して、娘を新しい環境に置くことで、少しでもこの頑なさがほぐれないかと期待してのことだった。

 母の愛、と言えば聞こえはいいが、要は女子校で揉まれて少しは他者との関わりを覚えろということなのだ。

 同性間の交流に絞った方が、楽だろうというのは大いなる誤解であると茉莉は思う。

 茉莉にとって同性だろうが異性だろうが、他者と関わることはひどく苦痛なことだった。やれ、何をしただしてないだ、誰が好きか、そうでないか、あの子とアイツが付き合っている、誰と誰が別れた。

 くっだらねえ、と吐き捨てて生きるには学校という箱庭は狭すぎて、茉莉が孤立するのは無理からぬことだった。

 

 茉莉は他人が嫌いだ。


「茉莉」

「茉莉ちゃん」

 似たような容貌の二人が,こちらを見つめている。まるで双子のような雰囲気を持った少女たち、カナタとサキだ。二人は、茉莉の友人……と思われている。茉莉としては、都合の良い二人に過ぎないのだが。

 

「……何、二人とも」

「やっぱり聞いてなかったでしょう。日曜日に映画を見に行こうって話。茉莉が見たがってたやつだよ?」

「ああ、うん……」

 気もそぞろ、と言った調子で茉莉は答えた。サキとカナタの二人はそんな茉莉を心配そうな表情で眺めている。

「茉莉ちゃん、具合悪いの?」

 と、サキがやや舌足らずな声で尋ねた。カナタとお揃いの長さまで黒くまっすぐ伸ばしている髪が、つやつやと光を受けて輝いている。

「別に」

 茉莉が言葉をスッパリと切ると、サキは二度瞬きをして、そうしてそれ以上の追求をやめた。不毛なやり取りになればなるほど、舌戦が得意な茉莉が有利であることはサキもよく知っていたからだ。

「映画、楽しみだね」

 カナタはそんな二人の様子を呆れたように見つめながら、言った。いつものことだけど、相変わらず茉莉の答えには愛想がカケラもなかった。

「これで凄いつまんなかったら、逆に面白くない?」

 茉莉は表情ひとつ変えずに言った。

「つまんなかったら、落ち込むかも。わー、なんでこれにしちゃったんだろ!って思うなぁ。自分の見る目のなさを、疑うっていうか」

 サキはぷらぷらと足を揺らしながら、言った。

「私は、つまんなかったらそれはそれでいい経験だなって思うけど。次に生かせるでしょ?」

 カナタは殊勝な調子で、映画のチラシを眺めた。よほど楽しみらしい。

「カナタちゃんほどポジティブにはなれないかも。お金無駄にした!っていう方がショック」

「そういうものかな……、お母さんもサキとおなじようなこと言ってたし」

「へえ、気が合うんじゃない。サキとカナタのお母さん」

 茉莉が何も塗られていない短い爪を見つめながら、無感動に呟くと、一瞬カナタの柔和な表情がこわばった。そうして、すぐにもどる。カナタは隠すのが下手くそで、取り繕うのもそう上手くない。

 茉莉ほど明け透けでないにしろ、それなりにわかりやすい。

 「えぇ?そうかなぁ。あたし、カナタちゃんのお母さんじゃなくてカナタちゃんとお揃いがいい」

「そのカナタちゃんの元は、お母さんなんだから、大まかな枠組みで言えばカナタとお揃いになるんじゃない?」

 茉莉が言うと、サキは何を言っているのかわからないとばかりに首を傾げた。

「そう…なのかな?」

「絶対違うと思う」

 カナタが険しい顔で一蹴した。サキとカナタ、そうして茉莉。三人は、クラスの中の、グループのひとつ。

 一人でいると何かと不都合を被るのを避けたい茉莉が見つけた、止まり木。適度に不干渉で、適度に突き放してくれて、適度に仲良しごっこをしてくれる。

 もっとも、サキは時々茉莉にカナタを取られるんじゃないかとヤキモキしているようだが、茉莉には関係のない話だ。 

 茉莉は、二人に手を伸ばさない。代わりに離れない。近づかないけど、遠くにもいない。この距離感でいさせてくれる二人が、茉莉は案外好きだ。

 生ぬるい初夏の風が、窓から吹き抜けていく。

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