兄の元カレだった矢出さん、まだ俺に依存中。

鮎瀬 

第1話 別れ


それは、いつもの口喧嘩かと思っていた。


中学校の卒業式。俺――小松こまつ理玖りくは同じ学舎で3年間過ごした友たちと別れを告げ家帰ってみるとそこには、双子の兄である小松こまつ理人りくととその彼女である矢出やで玲良れいらがいた。


と言っても入ってすぐの玄関口のところではなく兄である理人の自室だが、階段を登り自分の部屋に行こうとした時通りかかった部屋から、声が聞こえたのだ。


「だから、そういうところが気に入らないんだよッ!!」


「なんでよっ!?別におかしいことなんてしてない!!」


あぁ…またかと思った。


兄の理人は中学二年の頃から別の中学の女子と付き合い始めた。どうやら、小学校の時の塾の友達だったらしく最初は仲睦まじい様子だったのを覚えている。


しかし、ここ数ヶ月あまり両者の仲はうまくいっているとは言い難く、口喧嘩を目撃することが多くなっていった。

こんな感じなら、もう…別れて仕舞えばいいのに。


何回そう思ったかわからない。

別に他人の関係に口出しするつもりは毛頭ないが喧嘩ばかりの日常に双子というだけで半強制的に付き合わされているこっちの身にもなってほしい。


俺がため息を吐きながら自室に入って勉強を始めても尚止まる様子はない。収まらない喧騒にストップウォッチを使って何分かかるか調べてやろうと思ってたところで、「なんでそう言うのっ!?もう知らないっ!!」と言って玲良が勢いよく部屋から飛び出して行った。


いつもなら、ここで理人が追いかけるのだが一向にその様子はなく、ドアを開く音すらなかった。


どうやら、この感じだと今回ばかりは大きな喧嘩になりそうだ。

そう思っていた矢先、突然部屋にやってきた兄の口から告げられたのは別れ話だった。





兄の理人は昔から優秀な人間で俺なんかよりも何倍も凄い人だった。文武両道を掲げ、小学生のうちから塾に通い中学までは俺と一緒の学校だったが、高校からは県を跨いで両親のいる都会の高校に通うことになっている。


その話を聞いた時には驚いたが、理にかなっているとは思った。学力的にもここら辺の高校ではお話にならない。むしろ、中学まで父方の実家であるここにいたことが奇跡なんだ。

両親はいつも忙しく別荘ともいえるこの邸宅に帰ってくることはほとんどない。それも作用しているのだろうか、兄の決意は堅そうだった。


「ごめんな、今まで言えなくて……本当ならもっと早く言うべきだったのはわかってたんだ。じいちゃんたちが近くに住んでるっていってもこの家に理玖を一人にして行くなんて……俺、なんて言っていいかわかんなくてさ」


申し訳なさそうに俯きながら、言葉を紡ぐ理人。


「いや、別に気にしないでいいよ。父さんたちから聞いてたことだし」


兄の口から聞いたのは初めてだが、当然ながら、両親から話は貰っていたし、俺もどうするか尋ねられていた。

兄と一緒に都会に行くかこのまま残るか。確かに悩ましい事柄だったが、俺はここに残ることにした。この家に誰も残らないとなると維持管理が大変になるし、中学までの友人と会えなくなるもの寂しかったからな。


「…聞いてたのか。ごめんな」


「だからいいって。自分が決めた道に誇りを持ちなよ。いつでも、戻って来れるように居場所は俺が守っておくからさ」


「そうか…助かる」


そんな感じのらしくない会話を交わし、その日を終えた。数日後、兄が荷物をまとめてこの家を去った。

見送りの時、近隣に住む親戚家族は全員来ていたがよく見るあの人の姿だけが何処にも見当たらない。


あぁ…そうか。

先日の一件で察せてしまった自分がいた。

どうして、彼女が飛び出し、兄が追わなかったのか。


見落としていた。なにも別れるのは俺たち家族だけではない。

恋人という非常に脆い関係性も一緒になくなってしまう。

そのことに、今更気付いたのだった。



―――――――――――――

新連載始めます。

同日に二話目も投稿いたしますので是非ご覧ください。

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