第6話

「仕方ないな。今度、夜食ごちそうするならいいぞ。その幽霊みたいな顔色はその恋の件かよ」


 四角い顔で無精ひげだらけの小関さんは、どっかりと椅子に体を預けておれを見た。『早く話せよ』という意味らしい。


「おれ、気になる人がいて。好きかどうかわからない程度なんですけど。その人には恋人がいるんです。そうしたらおれは、どうしたらいいんでしょうか」


 唐突に核心を話してしまった。人と話をするなんて苦手だ。オブラートに包んで話をするなんて技術はない。

小関さんは目を白黒させてから、ぶっと吹き出した。


「な、笑わないでくださいよ」


「お、お前ねえ。唐突だろう? どうしたらいいんでしょうかって? ええ?」


 彼はいつまでもお腹を抱えて笑っている。おれは不本意だと思いながらも黙っていると、彼は人差し指と中指を立てた。


「そりゃ二択だろう? 一つ目は告白をする。まあ結果は玉砕か若しくは奪えるかだな。そしてもう一つ。それは指くわえてその恋を諦めるかだ」


「そ、そんな……」


 おれの反応を見て、小関さんは「ああ、もう一つあるな」と手を鳴らした。


「ずっと心にしまって思い続けるか……だな。それしかないだろう? 細かい状況なんか聞いても仕方ないよ。これからどうしたいのか、だったらこの三つしか答えはない」


「これからどうしたいのか……じゃなかったら、どう答えてくれるんですか?」


「そうだな。細かい状況を聞いて、『それは違う』『それはそうだ』って正解探しをするだけだろう? そんなの意味ない。お前が欲しいのは、これからの答えだろう?」


 ――そうだ。そうなんだ。たったそれだけのことなのに、それだけのことが到底出来るようには思えない。


 悶々とした気持ちを持て余していると、「お疲れ様でした」と聞き馴染んだ愛しい人の声に顔を上げた。


 彼は先ほどの『春介』と一緒にいた。帰り支度を終えて、帰宅をするのだ。


「おお。お疲れ。今日は帰るのかい」


 自分が残業をしている職員たちと顔見知りになるのと同様に、小関さんも天沼さんと顔見知りなようだった。


「すみません。お仕事中なのにおれたちばかり先に」


「そんなのは当然の権利だろう? 気に病むなよ。議会も近い。副市長の澤井の相手は楽じゃねーよ。あいつ、なかなかおれたちでも手を焼いたからな」


 小関さんは昔を懐かしむように苦笑した。それを受けて、天沼さんは微笑を浮かべる。


「じゃあ失礼いたします。……三島さんも、頑張って」


「はい……」


 天沼さんと春介という男が談笑しながら帰っていく様を見送って、なんだかため息が出た。意識していたわけじゃないけど自然に。


 しかしふと視線を感じて顔を上げると、小関さんがおれをまじまじと見ていた。


「おいおい」


「な、なんですか」


「別に。言いたくないなら突っ込まねーけどさ。お前、顔にやけてんぞ」


「……そんなんじゃないです」


 そう。

 そんなんじゃない。


 天沼さんは顔見知りの人だ。友人でも同僚でもない。たまに顔を合わせれば他愛もないことを話す人。だから好きとか違う。きっと違うんだ。


 なのにどうしてだろう?

 

 この世の誰よりも可愛く見えるし、キラキラして見える。


 これって、恋なのだろうか――?


 そしてそれが事実なら、これは……。


「お前。顔赤いけど?」


「別に。そんなんじゃ」


 取り繕うように首を横に振ると、小関さんは肩を竦めた。


「あのさ、おれ。これでも色々な経験してんだよ。人事課にいた時なんてさ、本当にいろんな色恋を見たもんだよ」


「え? どういうことなんですか」


「人事課って、いろんな情報が入ってくるもんだ。夫婦は同じ部署に出来ないからな」


「夫婦くらいなら……そんなのはみんなが知っている情報ではないですか」


「それはそうだ。だけどそれ以外の色々があるわけだ。例えばな、付き合っている奴らの情報とか……不倫関係とかさ。犬猿の仲とか、いじめられているとか……」


「ふ、不倫って」


 おれは心臓が飛び出しそうになって、顔が赤くなるのを自覚した。


「ぷっ、お前、本当に今時の若者かよ? 中学生みてーだな」


 小関さんとペアになるといつもこれだ。からかわれておもちゃにされるばっかりだ。


「ひどい。冗談ですか?」


「冗談なもんか。お前の反応が面白いから、からかったけどさ。情報が入ってくるってことは本当だ」


 彼は灰色の事務椅子にもたれて天井を仰ぐ。


「ありゃ、嫌な部署だった。忙しくてな。人事課の電気が消えることはない。人の色恋や、知りたくもない職員の性格、クセまで把握しちゃってさ。もう人間不信だよ」


「そうなんですね……」


「でもそのおかげで、人間を見る目は培われたと思うぜ。……あの二人はできてんな」


「あ、あの二人……」

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