警備員だって恋くらいするものです。
雪うさこ
第1話
「お疲れ様です」
――また、あの人だ。
「お疲れ様です。今日も残業ですか」
「ええ。いつも夜勤、大変ですね。えっと、これ」
彼の手から渡された缶コーヒーに視線を落としてから視線を戻すと、お日様みたいな笑顔にぶつかった。
――眩しいんだ。この人の笑顔は……。
「そんな、いただけませんよ」
「ほんの気持ちですよ。コーヒーはお嫌いでしたか?」
「いえ。好きです」
「よかった」
にこっと笑顔を見せた彼は軽く手を振ってから職員玄関から出ていった。
*
警備会社に就職して半年が経った。割りの良いところに配置して欲しいと希望した結果、市役所の夜勤帯の仕事を割り当てられたのだ。
25歳、独身。
彼女いない歴五年。
一人暮らしをしている自由気ままな独身貴族というやつだ。
正直言って「市役所」という場所は、自分の人生でそう関わる機会もなく、どんな場所なのか知る由もない。言われるがままにここで仕事を始めて、なんとなく仕事に慣れてきたところだった。
市役所の夜勤業務は、夜間帯の施設管理だ。勤務時間は夕方の五時から朝の九時まで。
定期的に庁内を巡回をしたり、セキュリティをチェックしたりする。
おれは警備員。そしてもう一人、一緒に夜勤をこなすのは、「警務員」という人。二人一組での夜勤になるのだ。
おれは警備員なので、施設管理が主になる。しかし警務員は忙しい。
市役所って夜でも電話や来客が多いのだ。日中、職員たちが対応していることを、この警務員が一人でこなす。
婚姻届けや死亡届の受理をしたり、動物が道路で死んでいるだの、水道の水漏れだの突然のアクシデントの電話の対応をしたりするのだ。
連絡を受けた警務員は緊急性を判断し、時には担当部署の職員に連絡を入れる。夜間帯や休日は緊急連絡票というものが存在しているようで、上から順番に誰かにつながるまで電話をかけまくる。
おれだったら、きっと電話なんて無視して知らんぷりだろうな。こんな夜中に呼び出しなんて勘弁して欲しいもの。
隣で忙しく電話をしている警務員の小関さんを横目に、おれはラウンドに出た。
22時だ。居残りをして仕事をしている職員は多い。下手すると徹夜をしている部署もあるのだけれど……。
そんな人たちに「早くお帰りになってください」と声をかけながら見回りをするのがおれの仕事だ。
非常階段を上って、あちらこちらで照明がついているところに顔を出すと、大概いつも同じような顔ぶれが残っている。そのおかげでみんな顔見知りだ。
「お疲れ様です。また残業ですか」
二階の長寿福祉課に顔を出すと、いつもの人たちが笑顔を見せた。
「審査会が長引いてね。もう少ししたら帰ります。いつも悪いね」
「いいえ。本当にお疲れ様です」
人当たりのいい笑顔の中年男性に頭を下げてから、向かい側のスペースにも声をかけた。
ここは地域福祉課。生活保護の担当をしているのだと、警務員の小関さんから教えてもらった。
「ごめん、ごめん。今日は午前様だと思う」
あちらこちらの部署の人たち。顔は分かるけど、名前までは知らない程度の知り合い。それでもおれはこの仕事が好きだった。夜の仕事なのに、いろいろな人と出会える。
そして――。
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