王子様は溺愛する悪役令嬢との婚約を破棄したい
はいそち
とある王子の日記帳
私は、彼女のことを愛している。
ちょっと癖のある亜麻色のセミロング
クルクルと目まぐるしく変わる瞳
令嬢とは思えぬ健康的に日焼けした肌
小柄で華奢なスラッとした体つき
子どものように無邪気な笑顔を振りまき、快活に学園中を闊歩して、学園で起きる様々な事件を見事に解決していく。訳の分からない独り言をよく呟いていて、それが私に聞かれていることにも気づかない天真爛漫さ。
そのすべてが可愛らしく愛おしい。彼女の言葉を借りれば“尊い”だ。
そんな愛おしい彼女との婚約を私は絶対に破棄してみせる。なぜなら彼女はスローライフを望む“悪役令嬢”だからだ――
◇
第一王子の私と公爵家長女の彼女とは、家格・政治の両面から妥当な婚約相手だった。幼い頃より婚約者として、定期的に2人で遊んだりお茶をしたりと交流を深めていた。幼い彼女も今と変わらず可愛らしかったが、異性としてそこまで惹かれていたわけではなかった。
異変があったのは、2人とも王立学園に進学し同級生としての交流が始まってからだ。
入学してしばらくすると、礼儀正しくてお洒落だが、周囲の人間に厳しく接し、知的で洗練されているがどこか緊張感のある会話に終始する彼女は消え去ってしまった。
化粧はシンプルに。服装は動きやすい軽装に。足取りは軽く、表情はイキイキと。気取ったところはなくなり、明るく朗らかで誰にでも優しい。彼女はまるで生まれ変わったようだった。
気がつけば彼女は、学校中の飢えたケダモノを魅了してしまった。学校一の遊び人、剣聖、開校以来の秀才、伝説的な魔法使い、留学中の帝国の皇子……
どいつもこいつも気がつけば彼女に惚れてやがる。ツラはいいのだから、それこそ聖女とやらを口説けばいいものを。
その聖女も、彼女とは一時期険悪そうに見えたが今では一番の親友ヅラをしている。あの女と彼女が女子会を開催するようになってから、何度デートの約束をはぐらかされたか分からない。彼女は、私と雌犬をくっつけようと一生懸命頑張ってるがもはや新手の拷問だ。彼女の頑張る姿にほだされてお互い嫌々行ったデートでも、いかに彼女が“尊い”かを語り合う場でしかなかった。あの女も彼女を見る目だけはあったがな……
そんな訳で機会を見つけては婚約者として彼女を連れ回し、ケダモノどもに見せつけることが私の一番の楽しみとなっている。
あいつらは必死に平静を装っているが、腹のうちは嫉妬や怒りで渦巻いているのが手に取るようにわかる。学園祭のダンスパーティーは今でも最高の思い出だ。彼女の企みを出し抜いて、皆の前で2人だけで踊ったあの時間。人生の終わりに流れる走馬灯があるならば、きっとあの時の光景だろう。
だか、本当は分かっている。そんな事をしても彼女の心は掴めない。楽しいと思ってくれる瞬間もあるだろうが、戸惑いのほうが大きいようにみえる。婚約者だから、仕方なく付き合ってくれているのに過ぎないのだろう。
あれは忘れもしない、学園祭の準備で学校中が徐々に浮ついていく中、ダンスパーティーでなんとしても彼女と2人で踊りたい一心で彼女の日記帳を盗み見た時のことだ。彼女のプライバシーをのぞき見るなど絶対に許されない禁じ手。それでも盗み見ると決めたのは、彼女の独り言が原因だった。
“悪役令嬢”“転生”“乙女ゲー”……あまりにも不可解な単語が彼女の口から漏れる度に、彼女の秘密が書かれている日記帳をどうしても知りたくなってしまったのだ。
日記帳の中身は衝撃だった。この世界は、別の世界で作られた“乙女ゲー”であり、彼女はそのゲームの熱狂的ファンだという。そして彼女は別世界から転生していて、“推し”である私がハッピーエンドを迎えることと彼女自身が生き延びるために奔走していたのだ。
にわかには信じ難い内容だったが、日記帳というより予言書めいた内容(彼女は攻略本と呼んでいた)の数々に、私は彼女が転生した“悪役令嬢”であると信じざるを得なかった。
その事実を知ってからしばらくの間、私は彼女においそれと話しかけることすらできなかった。私が生まれた王国どころか世界そのものを創造した人がいる世界から転生してきた存在である彼女は、聖女よりも遥かに尊い、神そのものに等しい存在といっても過言ではない。王子も跪くほかないではないか。
学園祭のパーティーで一緒に踊る計画も一時凍結した。そして誰にも相談できず一人悶え苦しみ、情けないことに私は発熱で倒れてしまった。
ところが彼女は、そんな私を心配してつきっきりで看病してくれたのだ。神の奇跡も夢のような魔法も神薬もなく、ただ真摯に私の世話をして優しい言葉を掛けてくれるだけだった。
結局のところ、彼女はとても可愛く魅力あふれる1人の女性なのだ。もしかしたら天使かもしれない。だが、人を超越した価値観を持った存在ではないと確信した。
私がどうしようもないほどに恋に落ちたのはこの時だった。私は一時凍結していた計画を再始動する。彼女が記した“攻略本”に従い、私と彼女がダンスするための“選択”を続けた。そのかいあって私は初めて彼女を出し抜いて、皆の前で彼女とダンスすることに成功したのだった。
だが、そんな夢のような学園祭生活もまもなく終わる。もうすぐ学園の卒業式の日だ。その日に開催される卒業パーティーで、私は婚約破棄を彼女に告げなければいけない。そして彼女の望み通りに彼女を田舎へ追放して、聖女が新たな婚約者であると宣言しないといけないのだ。
彼女の夢は、田舎でスローライフすることらしい。彼女なら田舎でも変わらず輝くだろう。彼女が育てた農作物を使った彼女お手製の料理を毎日食べられるのなら、王子なんか辞めてもいいくらいだ。
もちろんそんなことをしたらスローライフはぶち壊しだ。父が許すはずもなく、大騒動になるのは目に見えている。彼女を他国に追放して後追いすることも考えたが、そうなると彼女は暗殺されるらしい。そんな“選択”は死んでも出来ない。死んで……彼女の飼い猫にでも“転生”したら……。ハッ、思考があらぬ方向に飛んでしまった。
ともかく、彼女の“攻略本”によると婚約破棄が最善なのだ。なぜあれほど優しい彼女がハッピーエンドを迎える“選択”が存在しないのか私には理解できないし、別世界にいる“ゲーム会社”を心の底から憎んでいる。すぐに彼女のハッピーエンドを作るべきだ。
最近、たびたび夢想することがある。もし彼女に私の想いをすべて打ち明けたらのならば、あの魅力的な瞳をクルクルと動かしながら、あーでもないこーでもないと呟きながら、私の想いに応えて私の知らない“ハッピーエンド”へと導いてくれるんじゃないかと。
それこそ夢だ。彼女の日記を盗み見て独り言に聞き耳を立てる王子である私に、スローライフを望む彼女が想いに応えることなどあるはずがない。
……いや本当は違う。これは誰も見ない私の日記だ。素直に書こう。私は心の底から怖いのだ。私の想いを彼女が受け入れてくれないことが。考えるのも恐ろしいが、実は私と彼女のハッピーエンドはちゃんと用意されているのに、彼女の“選択”の結果……
そんな“選択”が明らかとなることに、私はもはや耐えられないほど彼女を深く愛してしまった。それならば、せめて彼女の望む通りに私から婚約破棄して、彼女に心ゆくまでスローライフを楽しんでもらう方がまだマシだ。もちろん私は、彼女が理想とする“幸せな王子”を演じきってみせる。
だから私はここに誓いを立てる。「私は彼女との婚約を絶対に破棄する」と。
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