365日が毎日記念日

ちびまるフォイ

悪魔的な自己矛盾

「暇だな……」


天井のシミの数をカウントして3巡目。

さすがにこれも飽きてきてしまった。


「なんて退屈な人生なんだ。

 これじゃいつか人生を振り返ったとき

 尺が余ってしまうんじゃないか」


それほどまで薄められた人生経験に危機感を感じた。


「こんなんじゃだめだ。たった1度きりの人生を充実させなくちゃ!」


そこでネットで買ってきたのは

「毎日記念日カレンダー(悪魔出版)」だった。


カレンダーに書き込んだ記念日を強制的にお祝いする。

お祝いできないと死ぬ。


デスゲームにしか需要なさそうな代物である。


「ようしこれで毎日が記念日!

 きっと人生はより華やかなものになるぞ!」


さっそくカレンダーに記念日を設定した。

よくある記念日はもちろん、何もなさそうな日は調べて書き込んだ。


「12月15日は観光バスの日なのか。

 それじゃ観光バスに乗る日にしよう。その次は……」


そうして完成した悪魔カレンダーには文字がびっしり。

カレンダーというよりもタスク管理表の様相。


「さあ、記念日をおっぱじめるぞ!!」


こうして毎日をお祝いする日常がはじまった。


観光バスの日は観光バスに乗り。

クリスマスにはチキンを食べ。

お正月には門松を飾る。


調べてみれば毎日がなんらかの記念日。


これまでは自分の好きなこと、好きなもの、やりたいこと。

そればかりしか楽しんでこなかった。

記念日があることで自然とチャレンジすることも増えた。


「ひええ。今日はスケートの記念日、かあ……」


苦手なスケートにも挑戦。


「今日はデートの記念日だって? 相手もいないのに……」


しょうがないので抱き枕を連れてショッピング。

夜には警察署のデートコースとなった。


そんな調子で毎日お祝いをしているハッピーボーイな日常を過ごす。

周囲の人はそんな自分を褒めてくれた。


「毎日記念日にしてお祝いしてるんだって?」


「ああ、まあな」


「ちな。今日はなんの日なんだよ」


「飲み会の記念日、さ。だから今こうして飲んでる」


「お前毎日楽しそうだなぁ」


「楽しかないよ」


「なんだって? 毎日記念日をお祝いしてるのに?」


「楽しいのは最初だけさ。まるで記念日の奴隷だよ」


愚痴ってしまえば限界を迎えている自分を自覚してしまう。

そう思っていたから言えずにいた。


しかしそれももう限界だった。


「毎日毎日、記念日記念日って……もううんざりだ!

 なんでバレンタインにチョコなんだよ!

 バレンタインにカツ丼食いたいときあるだろう!?」


「た、食べればいいだろう……?」


「記念日じゃないから無理なんだよ!!」


「ええ……?」


「記念日を過ごしててわかったんだ。

 記念日が楽しいのは普通の日があって、その落差を感じられるから。

 特別を繰り返せばそれは特別じゃないんだよ!」


「よくわからんけども……。なら記念日をやめればいいじゃないか」


「悪魔カレンダーに一度書き込んだら

 それをちゃんと実行しないとだめなんだよ!!」


「あれほど思いつきで悪魔の契約をするなと……」


「お前だってリボ払いは契約してるだろう!?」


飲み会の記念日はいつしか愚痴会として終わった。

一度決壊したガマンのダムはもう止められない。


「はあ……普通の日が恋しい……」


毎日が特別すぎてただ疲れる。

土日のない1週間のようなものだ。休めるときがない。


悪魔のカレンダーは記念日を移動することはできても

一度書いた内容を消すことはできない。


「どうすれば普通の日を作れるだろうか……」


ふと思いつきで、悪魔のカレンダーの予定をズラしてみた。

エイプリルフールの日に、クリスマスが合体する。


「……こんなことできるのか」


エイプリルフールは午前の予定。

クリスマスは午後の予定として同日に設定されている。


ということは、もともとクリスマスがあった日は「空き」となる。


「そうか。2つの記念日を1日に合体させれば、普通の日が作れるぞ!」


まさに天啓だった。

1日に記念日は1つとは決まっていない。


これから控えている記念日のうち、同じ日にいくつも消化できそうなもの。

それらは同じ日に一気に片付けるように組み替えた。


パズルのように構築し直したカレンダーの空きには、

待ち望んでいた「普通の日」を入れていく。


「ああ……今から普通の日が待ち遠しいよ……」


できあがったカレンダーとは別に、

普通の日までの日めくりカレンダーを作った。


それからは普通の日までの毎日が忙しい。


「ああ、今日は朝からポッキーを食べながら

 きりたんぽケーキを作って、チンアナゴを水族館で見なくちゃ!」


ぎゅうぎゅうに詰め込まれて濃縮な1日をハードにこなす。

もはや記念日をお祝いする気持ちは無い。


圧縮された記念日は普通の日を迎えるための前座でしかない。


「あと1日。あと1日ガマンすれば普通の日になる!!」


クリスマス前日の子どものようにその日を待ちわびた。

そして念願の「普通の日」が訪れた。



「やっと普通の日だ!! ああ、憧れの普通の日だ!!」



一気にすべてのしがらみから解放されたような気分。


もうこれで自分の気持ちに反して記念日にまつわるご飯を食べることもない。

記念日にしたがって興味のないことをしなくてもいい。


だって今日は普通の日なんだから。


「さあ、普通をするぞ!! 何をしようかな!」


腕をまくって鼻息荒く普通をはじめようとする。

けれどなにも思いつかない。どうしたことか。


「普通……フツウ……ふつう……? ふつうってなんだ……?」


今までは記念日に従って「やるべきこと」が定まっていた。

でも今日に限っては普通の日。


いったい何をすれば普通なのか。


「俺は前に普通の日には何をしていたんだっけ。

 もう思い出せない。ああ、普通って一体なんなんだ……!?」


思い立ったように散歩に出てみる。

でも以前の自分はそんなことをしていなかった。


思いつきでこれまでやらなかった習字を始める。

いや以前の自分はもっと非生産的だったはず。


「わからない! 普通がわからない! 俺の普通はなんだったんだーー!!」


頭を抱えたとき、耳元で悪魔の声が聞こえた。



『ククク。このときが来たようだな』



「お、お前は!?」


『私は悪魔。このカレンダーの契約主だ』


「お前が現れたということは……」


『そうとも。カレンダーの契約に背いた。命をもらいにきた』


「や、やめてくれ!」


『カレンダーに背くのは、私も貴様もできない。なのに貴様は背いた』


「まだ俺は普通を探している途中なんだ!!」


『悪魔にそんな命ごいが通じるとでも?』


「ひぃぃぃ……」


『死ね! 今日が貴様の命日だ!!』


悪魔が禍々しい呪文を唱えたとき。

ふと思いつきを口走ってしまった。



「あれ? 今日が命日になったら、もう"普通の日"じゃなくね?」




『……』


「……」




その後、カレンダーに命日を刻むまで生き続けるという

脅威の不死身人間が爆誕することとなった。

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