【📚10万文執筆済】史上最弱の遺伝子を持つお人よしな俺と、全遺伝子を保有する少女のありふれた物語 -旧日本の研究機関にて-

ひなの ねね🌸カクヨムコン初参加🌸

第1話 <01>

 幾つものダンボールを積み上げた中に一人の少女の姿が見える。


 彼女はただジッと地面を見つめ動かない。

 規則正しく揺れる震動に身を任せながら物思いにふけっているようだ。


 その部屋は真っ暗だが運転席から漏れる光が室内を照らしていた。


「こちらジーンアルファ。潜入した」


 運転席の男の声に応えるように、イヤホンから声が微かに漏れる。


「……ゲノム……解。任務、のせ……のる」


 ジジジッとノイズを混じらせ通信は途絶えた。

 ハンドルを握る男は大きな仕事をやり遂げた後のような息を吐き、耳元のイヤホンを外す。


「ふぅ……やっと休める」

「山場は越えたな。着いたら冷たいビールが待ってるさ」


 二人の男は軽く笑い雑談を始める。お互いに白衣を着た痩せ型の男達だ。軍に勤める屈強な男と言うよりは、研究室にこもり独自の理論を振りかざすタイプに見えた。


 車は真夜中の道路を走る、ここには人の姿も対向車もない。

 寂しい波音だけを告げる海原とまっすぐに伸びる道路。

 規則正しく並んだ街灯が先を照らしているだけだった。


「今日で<01>ともおさらばか、そう思うと少しは寂しいじゃないか」


 助手席の男は物言わぬ積荷を見つめ、誰にともなく投げかけた。


「そうか? 俺はどうもな……」


 運転席の男は言葉を探し、一言、


「気味が悪い」


 と、苦々しく言った。


「人は自分以上の存在を理解したとき、恐れ降伏するか、抗いつつ殺されるかだ。

 お前のそれは実に人間らしい感情さ」

「本能と言うわけか、実に非科学的だ。あれはただの反射だろう?」


 運転手は皮肉っぽく言ったが、助手席の男は気にも留めず笑っただけだった。


「どちらにせよ。もう少しの辛抱だ」

「ああ、そうだな」


 二人は背中に巨大な存在感を感じつつ、ただ光を飲み込んでいく闇を見つめる。


 車は徐々に都市部に近づきつつある。

 車内は静まり返りガタガタと荷物の擦れる音が響いていた。


 少女は首に巻いた布をぐっと握る。よくよく見るとそれは地面に垂れるほど長く編まれたマフラーだった。

 彼女が立ち上がってもきっとそれは地面に付くだろう。


 季節は七月だというのに吐く息は寒そうで、時たま彼女は自らの身を抱いた。

 ――と、再び無線が入る。

 

 運転手は一度肩をすくめ耳にイヤホンをめなおした。


「最……力――補。ア……ギ……逃走……緊急事態……!」


 所々漏れる単語と語気の荒さで助手席の男も悟ったのだろう。

 彼も胸ポケットから無線を取り出し急いでイヤホンを耳に嵌める。


「ありえない、ここまで来て!」

「奴等は何をやっているんだ! まさか俺達にも動けと?」


 車内に動揺が広がる。遠路はるばる危険を冒してまで潜入したのに、今ここで全てが崩れようとしている。二人は戸惑いを隠しきれない様子でイヤホンを乱暴に外した。


「変わらん! <01>を運ぶ事に変更はない!

 後の事は奴等に任せるしかない。地の利は奴等の方があるだろう!」

「だが、もしガリアドアの奴に見つけられたら……」

「……くそっ!」


 運転手の男はハンドルを強く握る。それに合わせてトラックも左右に揺れた――とき、視界に一つの影が飛び出していた。


 運転手は気付いてハンドルを切ったが遅い。


 ドンッと強い衝撃が車体を揺らし、まるでゴムボールが飛んでいくように影が街灯の下へと跳ねては転がり、鉄柱にぶつかってやっと停止した。


 二人は顔を一度見合わせ、すぐさま車を飛び降りた。


 今ここで逃げ出すと言う選択肢も出来る。

 最高機密を輸送しているのだからそれが最善の答えだったはずだ。


 しかし彼らはそれをしなかった。


 もしここで見捨ててしまえば、彼らが持つ唯一のが失われてしまうと深層心理が語っていたのだろう。


 人は人を助ける生き物。

 それを忘れられなかっただけなのだ。


「おい、大丈夫か君!」


 街灯の下で人形のようにグッタリとしている少女に駆け寄る。


 歳の頃は十五から十七くらいだろうか。

 彼女は全身から血を流し体中の力が抜け切っている。


 学生服は汚れ、皮膚と言う皮膚は擦り切れて所々ピンク色の肉が見え隠れしていた。

 ――まるで内部から破裂したように。


「……あ……が」


 突然、女子を抱きかかえていた運転手が吐血し、力なく仰向けに倒れていく。


「お、お前、その傷……事故じゃないな。すでに……!」


 彼女はニヤッと口元を歪め、小さく【再生】の言葉を呟いた。


「ぐ……シ、シルバー・エイジがぁあああ!」


 彼女の腕は肘から先が鉄に変化し、綺麗に研ぎ澄まされた西洋剣のようにギラギラと輝いていた。それが今まさにもう一人の男の内臓を抉った。


「あ……あぁあああ……!」


 白衣は鮮血に染まり男から体温を奪っていく。


「ア、アアア――ツイ……ア、ツイ……タスケ……テ」


 喉から絞り出すような声が擦れて漏れた。

 血が彼女の前髪を固め瞳は確認できない。

 

西洋剣をただのタンパク質に成り下がった肉片から抜き、停車した大型トラックへと彼女は歩き出した。


「ママ……」


 ゆらゆらと揺れる髪はまるで幽霊を思わせる。

 足取りは鈍く死者のようだ。


「イル……デショ?」


 血糊が付着した腕を振り上げ運転席を力任せに切り上げる。

 バスンッ! とタイヤから空気が抜け、ドアが腕力で空へと飛び上がり重力に沿って落下する。

 鉄クズがコンクリートに激突し、白衣の男がピクリと動いた。


「……に、逃げろ……」


 彼の視線に映る彼女は次々と力任せに大型トラックを破壊していく。

 そこに理性は見られない。


 何かに取り憑かれたように、必死になりながら破壊を繰り返し、抉り出そうとしている、を。


 動かない体を必死に動かし彼はポケットに手を突っ込んだ。

 そして何かを操作すると、突然トラックの後方部分が開き、運転席部分がポスンッと間抜けな音を立てて――爆発した。


 あの程度の爆発ではシルバー・エイジは撃退できないだろう。

 

 だが爆発をきっかけに後方部分から小さな影が飛び出して行くのを研究者ははっきりと見た。朦朧とする意識の中でそれだけが視界から離れようとはしなかった。


「<01>……わ、私達の想いを……ソラへ……!」


 胸元から広がっていく寒気に襲われながら、彼は朧月の下、静かに眼を閉じた。


 燃え盛る路上に立ち尽くす人影が断末魔のような奇声を上げる。

 鋼鉄を引きずる音が地面に走り、燃える車体が跡形も無く吹き飛んだのだった。





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