刻下の古代魔法師 〜迷宮学院の劣等生、前世が最強の『古代魔法師』だったことを思い出す。俺だけが使える古代魔法で、現代ダンジョンを無双します〜
志鷹 志紀
第1章
第1話 迷宮学院初日
「そうだ、いいこと思いついたぜ!」
4月1日(月)。
念願だった迷宮学院への入学を果たした俺を待ち受けていたのは、人生最大の危機だった。いや、正確に言えば“俺”だけでなく、俺たち“Fクラス”全員に降りかかった災難と言うべきか。
教室の教壇には、ところどころ穴が開き、塗装も剥がれかけている。そんな教壇の上に立つのは、傲慢さを隠そうともしない男子生徒の姿。身長は190cmほどで、金髪に筋骨隆々の恵体。顔立ちは非常に強面であり、まるで反社を連想させる。
だがそんな恐ろしい容姿に反してネクタイの色は緑であり、俺たちと同じ1年生だった。しかし、その胸に輝く黄色いバッジが、彼が“Eクラス”の生徒であることをはっきりと示していた。
「「「「……」」」」
俺たちFクラスの生徒は、彼の威圧的な態度に押され、縮こまるように席に座っていた。迷宮学院は魔法師を養成する名門校であり、ここでは生徒の実力に応じてクラスがS~Fまで振り分けられている。もちろん、俺たちFクラスは最下位だ。その一方で、Eクラスはそのすぐ上に位置するが、その差は単なる1ランク分では済まされない。
迷宮学院のランクシステムは、ただの形式ではない。クラスが1つ上がれば、その戦闘力は劇的に跳ね上がる。たとえるなら、一般人が素手でヒグマに挑むようなもの。俺たちFクラスは、Eクラスには絶対に敵わない。その戦力差は、文字通り『絶対的』なのだ。
「この迷宮学院の校風が完全実力主義なことは、アホなテメェらでも知っているよな?」
その一言が放たれるやいなや、教室全体に緊張が走った。彼の言葉一つ一つに込められた威圧感は、Fクラスの生徒たちを容赦なく押しつぶしていく。誰もがその場に釘付けになり、反論するどころか息をすることすら忘れてしまったかのようだ。
恐怖に身体を震わせる者、嗚咽を漏らす者、泣きじゃくる者──そして、中には失神する者まで現れる始末。もちろん俺も例外ではない。心臓が壊れそうなほど激しく鼓動を打ち、全身が止めどなく震えている。まるで蛇に睨まれた蛙のように、俺たちはただただ彼の圧力に飲み込まれていた。
「……へっへっへ」
そんな俺たちの様子を見て、彼は嘲笑を浮かべた。その笑みは、俺たちの恐怖を楽しむ捕食者そのものだった。そして彼のプレッシャーはさらに増幅し、心臓を鷲掴みにされるような感覚が胸中を深く抉った。
たった数十分前までの入学式では、未来への期待と希望で胸がいっぱいだった。新しい環境、新しい仲間、そして夢に向かっての第一歩だと思っていた。それがどうだろう。この現実は、俺たちのそんな甘い考えを嘲笑うように牙を剥いている。
「ザコのテメェらは学院の設備も必要最低限のものしか使えねェし、その品質も最低な物ばかりだ」
彼は教室の壁を指さし、嘲りを込めて笑う。
「実際にテメェらにあてがわれた教室だって見てみろよ。ボロボロだし、穴だらけだろうが! これがFクラスにふさわしい環境だってことだよ!」
彼の言葉は、俺たちの心に追い打ちをかけるように響いた。彼が言っていることは全て事実だ。この教室の壁にはひび割れが走り、床はところどころ剥がれている。椅子や机も古びていて、今にも崩れそうだ。これが、学院が俺たちFクラスに与えた現実だった。
彼の声が響くたびに、俺たちの自尊心は削られていく。希望に胸を膨らませていた入学式から、わずか数十分で地獄のような現実に引きずり込まれた俺たちは、この先どうすればいいのか全く分からなかった。
「だからよォ、慈悲深い俺はテメェらにチャンスを与えてやるよ」
……は?
彼の言葉に、一瞬教室全体が静まり返る。嘲笑と威圧に満ちた態度を見せていたその顔が、突然柔らかな笑顔に変わった。だが、その笑顔にはどこか不気味なものを感じる。何か企んでいることは明白だが、話の全容がまるで読めない。
『チャンス』とは一体何なのか? 俺たちFクラス全員が、わけも分からず不安げな視線を交わす中、彼はゆっくりと教壇を歩きながら続けた。
「テメェらの1人が、この俺と決闘しろ!!」
“決闘”──それは迷宮学院に古くから伝わる、最も原始的で危険なルールだ。その内容は極めて単純明快。生徒同士が
このルールだけを見れば、下位クラスの生徒にとっても、上位クラスに一矢報いるチャンスとなり得る。例えば、Fクラスの生徒が決闘で勝利すれば、Eクラスの生徒を従わせたり、無茶な要求を通したりすることも可能だ。だが、それはあくまで理想論だ。
現実は非情だ。決闘の結果は、圧倒的な実力差を反映するだけに過ぎない。Fクラスの生徒が上位クラスの生徒に勝つ可能性など、限りなくゼロに近い。むしろ、このルールは弱者をより深く追い詰めるための罠と言っても過言ではないだろう。
教室の空気が一瞬で凍りついた。
誰もがその言葉の重みを理解し、息を飲む。
「タイマンの相手は俺が選ばせてもらうぜ。そうだな……そこのデカデブ女、テメェが俺と相手しろ!!」
彼の指が向けられたのは、俺の隣の席に座る女子生徒だった。……いや、訂正しよう。確かに女子生徒ではあるが、かなり“ビッグ”な女子生徒だった。
彼女の巨体は圧倒的な存在感を放っていた。身長はおそらく195cmを超えているだろう。制服を大きく押し上げ、今にもボタンが弾け飛びそうな勢いの胸部。スカートも尻のボリュームに耐え切れず、ピンと張り詰めている。その胸と尻ほどではないものの、腹部もかなり目立ち、制服越しでもはっきりわかる柔らかそうな肉がだらしなく浮き輪状にまとわりついている。
顔立ちは整っており、どこか美人と呼べる要素もあるが、目の下には深い隈が刻まれ、不健康さを際立たせている。腰まで垂れた黒髪は、油っぽくベタつき、無造作に乱れていた。その姿は暗い雰囲気と重々しい空気を纏い、教室の光景をさらに陰鬱なものにしている。
「え、あ、え……わ、わ、私……?」
彼女の口から絞り出された声は、その見た目のだらしなさとは裏腹に、まるで鈴の音のように澄んで美しかった。ただし、今は震え、恐怖が明確に滲み出ていた。その震えは、声の美しさをかき消し、彼女の内に潜む不安をさらけ出していた。
その瞬間、周囲のFクラスの生徒たちが一斉に安堵の表情を浮かべる。「自分が選ばれなくてよかった」とでも言いたげな感情が、彼らの顔に露骨に表れている。肩をすくめて視線を逸らす者。ほっと胸を撫で下ろす者。誰もが「自分じゃなくてよかった」と思っているのがありありと見て取れる。だけど──そんな彼女の姿を見た瞬間、俺の胸の奥が締めつけられるように震えた。
「──ッッ!!」
自分でもわかっている。この場で静観することが、彼女を犠牲にすることが……恐らく、自分にとっての最善策だってことくらい。誰もEクラスの生徒と戦いたくなんてない。もちろん、俺だって同じだ。無謀に立ち向かえば、結果は目に見えている。俺たちFクラスの実力では、勝ち目なんてあるはずもない。
だから、ここで黙ってやり過ごすのが正しい。彼女には申し訳ないけれど、犠牲になってもらうしかない。この状況を無難に切り抜けるための、もっとも合理的な選択肢だ。そんなことくらい、わかっている。だけど……だったらどうして、俺の胸はこんなにも痛むんだ。
「あァ、その通りだ。テメェに俺と戦う権利を与えてやる」
「で、で、でも、わ、わ、私……そ、その……」
「ゴチャゴチャ喋るな!! テメェは俺の言うことだけを──」
「──あ、あの!!」
彼が言葉を終える前に、俺は立ち上がっていた。
「──お、俺が、か、代わりにやります。た、戦います」
自分でも、どうしてこんなことを口にしたのか分からなかった。心臓は激しく鼓動し、手足は震えている。それでも、右手を小さく挙げ、喉の奥から絞り出すように声を出してしまった。ほんの少しの勇気が、見て見ぬふりをすることを許せなかったのだ。
教室中が静まり返る中、俺の声は嫌に響き渡った。その音は、自分自身の耳にも突き刺さるようで、居心地の悪さと緊張感が全身を覆った。
「……何だァ?」
Eクラスの男子生徒が俺に鋭い視線を向ける。その目は、まるで獲物を物色する捕食者そのものだった。全身を恐怖が駆け巡るが、隣の席で縮こまる彼女の姿がどうしても頭から離れなかった。もちろん恐怖で動けないことも事実だが、それ以上に……彼女のことを考えると、逃げることなんてできなかった。
ズンズンと彼がこちらに迫ってくる。足音が教室中に響くたび、心臓の鼓動が加速していく。彼は俺の席の前で立ち止まり、上からギロリと睨みつけてきた。その威圧感に耐えきれず、思わず目を逸らしそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「……テメェ、あれか? もしかして、『劣等生の中の劣等生』か?」
彼が嘲笑混じりに吐き捨てる。教室内には彼の声だけが響き渡り、全員が息を飲む。
「魔力量は並の魔法師より多いのに、何故かどんな魔法も使えないザコだろ? 劣等生ばかりが集まるFクラスの中でも、一番カスの劣等生くんだろォ?」
「……」
「そんなザコが、この俺と決闘するだってェ? これは傑作だな!!」
「……」
悔しいが、彼の言葉は的を射ている。
この俺、
魔力量自体は平均よりも少し多いはずなのに、肝心の魔法が一切発動しない。どんなに訓練しても、どんなに努力しても、結果はゼロ。お医者さんも原因がわからず、匙を投げたほどだ。迷宮学院に入学できた理由すら、正直自分でも分からない。
さらに、俺の体格はFクラスでも飛び抜けて貧弱だ。身長は160cmほどしかなく、体重も40kgに満たない。筋力も体力も平凡以下で、遠距離戦はおろか近距離戦にも向いていない。魔法が使えず、体格にも恵まれない。戦闘では何一つとして使い物にならない。
彼の嘲笑が、俺の心を抉る。俺がこうして勇気を振り絞ったことが、彼にとってはただの滑稽なパフォーマンスにしか見えていないのだろう。
それでも──俺は立ち上がったのだ。
「ま、待て! それなら僕が──」
「──黙れ」
教室の前方から声を上げた生徒がいたが、その一言はEクラスの彼に完全にかき消された。彼は振り返ることすらせず、威圧だけでその声を封じ込める。
「ふん、いいぜ。テメェの勇気だけは認めてやるよ」
彼は教壇の上から俺を見下ろし、満足げに笑った。
「いいか、決闘は5日後の金曜日だ。それまでにせいぜい楽しんでおけよ。……いや、震えて過ごす方が性に合ってるかもな!」
俺の返事を待つこともなく、彼は教室を出ていった。大きな笑い声を残して。
彼が去った瞬間、教室内は再び暗い沈黙に包まれた。誰も何も言わない。ただ、視線が俺に集まるのを感じる。
俺は、その場に膝から崩れ落ちた。
「あはは……どうしようか……」
震える声が、自分の口から漏れた。
絶対に勝てない相手と、決闘を約束してしまったのだ。後悔はない。隣で怯えていた彼女を見ていると、どうしても引き下がれなかった。それだけだ。
だが、それでも現実は冷酷だった。
Eクラスの彼との力の差は、分かりきっている。俺に何ができる? 魔法も使えず、体力も乏しい俺が、あの圧倒的な存在感と力を持つ相手に……。
暗澹とした未来を想像し、頭がクラクラする。はぁ……マジでどうしようか。
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