第2話 竜術大会
一人の少年が竜に跨って競技場を駆けている。
学校指定の体操服を着て、肘と脛、膝に防護当てを付け、防護眼鏡をかけ防護帽をかぶっている。体操服の右胸に『掛塚中』という文字が印刷されている。『掛塚中』というからには中学生なのだろうが、どうにもそんな身長には見えない。小学校四年生か五年生くらい。これから成長期に入って背が伸び始める、そんな年齢に見える。
少年は器用に手綱を捌き、四つ目の障害に向かって竜を走らせている。
目の前に、竜の目線の少し下くらの高さに敷設された横棒が近づいて来る。本来であれば少し速度を落として飛越を試みるものなのだが、少年は竜をかなりの速さで走らせて飛越しようとしている。
こんな速度で飛越できるわけがない。観客の誰しもが感じている。助走がなければ竜は障害を飛越することはできない。だが彼のやっているのはそんな助走などというものではない。疾走なのだ。
実際、ここまで三つ障害を飛越しようとし全て見事に失敗している。
障害には垂直障害という横棒を何本か上方向に横に敷設したものと、幅障害という二つの障害を並べて置かれたものがある。うち二つ目が幅障害で残りは垂直障害である。そのどちらもの飛越にも失敗しているのだ。
四つ目の垂直障害も四本並べられた横棒の一番上を蹴落としてしまった。それみた事かと観客からため息が漏れる。だが少年は竜の速度を緩めない。飛越の失敗を一切気にする事なく五つ目の幅障害へと竜を走らせる。
四つ目から五つ目までは少し距離があり、ここから少年はさらに竜の速度を速めていく。幅障害の少し低めの横棒が目前に迫っても少年は速度を緩めない。
どうせこれも上手く飛越はできないのだろう。観客の誰しもがそう感じていた。
おおおおお!
幅障害を見事に飛越した事で観客から歓声があがった。それもただ飛越しただけではない。竜を疾走させての大飛越である。他の競技者と違って迫力が段違いであった。
だが、六つ目の垂直障害の飛越に失敗すると観客席から再度ため息がもれた。
それでも少年は竜の速度を緩めようなどは全く考えない。この競技場最大の見せ場、七つ目の水濠障害に向けて愛竜『ヤナギドウキョウ』を走らせる。その顔には一片の迷いも無い。
水濠障害がどんどん近づいて来る。竜の中にはこの水濠を怖がって、直前で飛越を躊躇ってしまう竜もいる。そうなると乗っている人は体勢を崩して水濠に真っ逆さまである。
少年はこれまでの竜たちが飛越した地点より遥かに前で飛越を開始した。
おおおおお!
あまりの豪快な飛越に観客たちから再度歓声があがる。水濠障害を飛越し、その先の幅障害も見事に飛越に成功。だが、どうにも垂直障害は苦手と見えて九つ目の障害は失敗。
ここから障害は最後の見せ場となる。まず一発目は幅障害と垂直障害の連続障害が待ち受ける。
うおおおお!
最初の幅障害を見事に飛越し、着地と同時に垂直障害を飛越。垂直飛越を終えた時、観客はもう少年の竜術の虜となっていた。
十一個目、ここの幅障害は通常の倍の幅が設置されている。だが少年の技術ではそんなものは普通の幅障害と何ら変わりは無い。楽々と飛越していく。
十二個目。いよいよこの競技場最大の見せ場、垂直障害、垂直障害、幅障害という三連続障害が待ち構えている。いったい少年がこの障害をどう飛越するのか。観客の目は釘付けとなっている。
一つ目の垂直障害をぎりぎりで飛越する。前脚が着地したと同時に二つ目の垂直障害の飛越にかかる。これもぎりぎりで飛越に成功。最後に最難関の幅障害が現れる。ここの幅障害で多くの競技者が涙を飲んで来た。
うおおおおおおお!
少年は三つ目の幅障害も見事に飛越してみせたのだった。ここまで何人もの選手が挑戦しているが、この三連障害を飛越できた競技者はかなり少ない。多くが幅障害で脚を引っかけてしまっている。だが、少年は周囲とは全く異なる速さで竜を走らせ三連障害を飛越したのだった。
後は最後の垂直障害を飛越して競技は終了となる。
少年は最後まで竜を走らせ続けた。だが最後まで少年は少年だった。最後の垂直障害の飛越に失敗し横棒を蹴って、何とも締まらない形で競技を終えたのだった。
これまで歓声をあげていた観客も最後の飛越失敗には苦笑いであった。
観客といっても全員競技者か、その指導者、保護者である。純粋に少年に興味があって見ているわけではない。観客の興味は早くも少年の次の競技者の飛越に視線を移している。
競技を終えた少年は竜の首筋を撫で、よく頑張ったと労っている。『ヤナギドウキョウ』も大型鳥類のような鳴き声をあげて少年の労いに答えた。
洗い場に『ドウキョウ』を移し手入れを行っていると、少年の採点の結果が発表された。上位者から黒板に名前と点数が記載されていくのだが、その発表は上位五位までである。残念ながらそこに少年の名前『荒木雅史』と『クレナイドウキョウ』が食い込むことは無かった。
障害の横棒を倒しまくったせいで点数は惨憺たるものであった。竜はよく懐いているし制御もできている。時計も早い。減点といえば飛越失敗の減点だけである。だが、別に時計が早いからといって点数が加算されるわけではない。遅ければ減点ではあるが。だから飛越失敗を繰り返した荒木の点数はそれほど伸びはしなかったのだった。
だが、荒木はこの結果に満足していた。中学校最後の大会であるこの三遠郡大会の結果に。
荒木には夢がある。競竜の騎手になるという夢が。
競竜の騎手になるのに、あんな障害の飛越なんて何の意味があるのか。そう荒木は思っている。中学校で竜術部に入らないと騎手になる道は無いというから渋々入部したというだけで、竜術競技自体にはハナから何の興味も無い。竜を上手く操れる事、竜を速く走らせられる事、それが競竜には最も重要であるはずなのだ。少なくとも今自分はそれを見せた。きっと部活の顧問も見ていてくれたはず。
「『ドウキョウ』、三年間ありがとうな。お前と一緒に障害が飛べて楽しかったぜ。来年の一年生にもちゃんと可愛がってもらうんだぞ」
手入れをし終えた『ドウキョウ』の首筋を撫でながら荒木は笑顔で言った。『ドウキョウ』にも、これでお別れだという事が理解できたのだろうか。くぃぃぃと、少し寂しそうな鳴き声を発したのだった。
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