竜杖球 ~騎手になれなかった少年が栄光を手にするまで~

敷知遠江守

第一章 悶々 ~高校時代~

第1話 竜杖球の幕開け

 一人の男性が過度に飾り付けが行われた壇上に向かって一歩一歩ゆっくりと階段を上っていく。


 派手な音楽が皇都国立競技場にけたたましく鳴り響く。球場の内部、広い長方形の競技場の四面は七色の電飾で彩られている。観客席は意図的に照明が落とされ、周囲は闇に包まれ、その中にあって長方形の競技場だけが派手な電飾で彩られている。


 球場の観客席から最も遠い場所に一段高い壇上が設けられている。その壇上も周囲とは異なる色の派手な電飾で彩られている。壇上の両脇に階段があり、男性はその階段をゆっくりと踏みしめるように上っている。


 夜空には、この催しを上から中継してやろうと飛行船が二機飛んでいる。球場からの光線に照らされ、真っ暗な夜空に真っ白な飛行船が優雅に佇んでいる。


 観客席は超満員。何か月も前からこの催しの事は新聞やら何やらで宣伝されており、皇都に住む者の中で今日この日の催しを知らない者はほとんどいなかったであろう。普段は球技が行われている球場で、普段の球技ではない催しが行われるとあって、瑞穂全国からこの催しを見ようという人が詰めかけていた。


 長方形の競技場の周囲から煙のようなものが立ち込める。その煙に向かって七色の照明が射込まれて、煙自体がほんのりと色を帯びる。

 幻想的な景色が観客席に広がった。


 球場の四方からわらわらと着飾った人が現れ、楽器の演奏に合わせて、競技場を踊りの舞台へと変えている。どうやら踊り子たちは衣装に光を反射する鱗のようなものを縫い付けているようで、少し動くごとに鱗に光線が当たって、きらきらと瞬いて見える。

 中央で踊り子が後方宙返りを決める。さらにその横を別の踊り子が側転をしながら通り過ぎていく。観客席から一斉に大歓声が沸き起こる。


 そんな球場の喧噪の裏では、詰めかけた人たちで便所に長蛇の列ができてしまっていた。飲食のできる一角も尋常ではない賑わいとなっている。明らかに主催者側が想定していた状況を大きく上回っており、完全に大混乱となってしまっている。



 壇上の中央に男は立った。

 それまでけたたましく鳴らされていた音楽がはたと鳴りやむ。踊り子たちもいつの間にか一瞬で消滅したかのように競技場を去っている。

 右に左にとせわしなく動いていた照明たちが壇上の上の男に一斉に向けられる。


 男は見た目では五十代前半くらいであろうか。なんなら近く駅の串焼き屋で串を片手に麦酒を飲んでいそうな、ごくごく普通のおじさん。背広を着ているのだが、それがさらにごくごく普通の会社員に見えてしまう。おそらく、観客席に詰めかけている人たちの中でこの男性を知っている人はほぼ誰もいないであろう。


 場内にその男――渡辺三郎を紹介する放送がされる。肩書は『瑞穂竜杖球職業球技協会会長』。


 渡辺が右手をあげると、先ほどまでとは異なる音楽が流れ、球場の一角に照明が一本だけ向けられた。


 会場に数人の手によって大きな白い旗が運び込まれる。旗には一頭の竜の姿が描かれていて口には瑞穂を表す一本の稲穂を咥え、右手には賢者の杖を手にし、左手には黄金の球が握られている。どうやらそれが協会の会旗であるらしい。

 競技場の中央に旗が持ち込まれると、その旗を裏表反対にしていく。どうやら一枚に見えた旗は六枚が重なっていたものだったらしく、旗を持っていた人が一斉に旗を広げながら四方に散っていく。一枚の大きな旗はさらに巨大な一枚の旗に広がり、照明が一斉に旗に集められる。


 どこに隠していたのか、無数の風船が夜空に向かって飛んでいく。それを下から照明が照らし出す。

 観客席は再度大歓声を上げた。


 風船を照らした照明は、ごく自然に渡辺の立つ壇上に戻ってきた。渡辺は両手を広げ、漆黒の空を仰ぎ見ている。


 音楽が再度鳴りやみ、またひと時の静寂が訪れる。


 球場内に放送が流れる。


 ――ただいまから、瑞穂竜杖球職業球技協会会長、渡辺三郎の宣言が行われます!


 会場から地を轟かせるほどの歓声が沸き起こる。渡辺の目の前の物がその歓声でびりびりと音を立てる。その向けられた熱気に、渡辺は満足そうに微笑んだ。


「多くの競技者並びに多くの熱い声援に支えられまして、竜杖球は今日、喜ばしき日を迎える事ができました。今この時を持って、竜杖球の職業球技戦の開幕を宣言いたします!」


 渡辺が頭を下げると、両脇からパンという破裂音と共にキラキラと光る紙片、同じくキラキラ光る帯が打ち出された。


 観客席はまたもや大歓声を上げた。


 球場の大画面に他三つの会場が映し出される。それぞれ、北府、幕府、南府の国立競技場の中継映像である。

 中継の三競技場の映像が全て同じ場所を映し出す。旗を掲げる四本の掲揚台である。


 先ほど渡辺が立った壇上の下に著名な歌手が立ち、国歌を朗々と歌い始める。

 それに合わせ中央の掲揚台に『水地に金の稲紋』の瑞穂の国旗が掲げられる。少し遅れて竜杖球職業球技協会の会旗が掲げられる。さらに遅れてその両脇にこれから行われる球団の団旗が掲げられる。

 国家の斉唱と共に四枚の旗が四場で同じように掲げられた。


 大歓声と共に球場から盛大な花火が何発も何発も夜空に打ち上げられた。赤や黄、緑に桃。形は全て大輪ではあったものの、祭りでもない、それもこんな真冬に花火の打ち上げが観れた。それだけでも、高いお金を出して入場券を購入し球場に詰めかけた甲斐があったというものであろう。


 花火が打ちあがる中、十四人の選手が競技場の中央に整列した。その向こう側には三人の白い服を着た審判が立っている。


 球場内に放送が流れる。


 ――開幕第一戦を記念いたしまして、瑞穂協会会長、国際協会会長、皇太弟殿下、妃殿下の四名による激励が行われます。


 そこに渡辺に続き国際協会会長と皇太弟殿下と妃殿下が現れ、それぞれ選手と握手を交わして行った。貴賓四人が競技場から去ると、それまで意図的に暗くされていた照明が一斉に点灯された。


 いよいよ『竜杖球』の職業球技戦が始まるのだ。観客は歴史的な一戦を前に興奮が最高潮に達している。

 わあわあという大歓声は球場の四方から鳴り響き、球場内は異様な盛り上がりを見せている。


 そこに両軍それぞれ七頭づつの竜が曳かれて来る。選手は各々の竜に跨り、各々竜をゆっくりと競技場を走らせる。

 両軍一人づつ竜に乗らない者がおり、全身分厚い緩衝材を身に着けて、柵に向かって歩き出す。

 蹴球や闘球にくらべると競技場は倍以上に広い。その為、得点篭に向かうのも距離があって中々に大変そうである。



 ――ご来場の皆様! 大変お待たせいたしました! まもなく竜杖球の職業球技戦、第一戦が開始となります!


 球場内の放送によって観客席はこの日一番となる大歓声をあげた。その歓声はびりびりという衝撃波へと変わり、競技場に立つ竜たちを大いに怯えさせた。

 そんな竜たちを落ち着かせようと、各選手が慌てて首筋を叩いているのだが、中々竜は落ち着かない。選手たちは口笛を吹いているのだが、それも大歓声にかき消されている。

 球場の大画面に映し出された他の会場の映像も、同様に暴れる竜に四苦八苦している各選手を映し出している。


 だが試合開始が迫るという緊張感からか観客の声援が少しやみ始めると、徐々に各竜は落ち着きを取り戻していった。


 白い衣装を身にまとい、同じく真っ白の竜に跨った主審が高らかに笛を吹き鳴らす。それと同時に金色の球を上空に放り投げた。


 観客の大声援の中、瑞穂で初めての竜杖球の職業球技戦が開始されたのであった。

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