ファンデーション

 初めて買ったコスメは、女性にとって特別なものだ。願わくば幸せな気持ちで購入し、幸せな気持ちで肌に触れさせたいものだ。


 が、私のコスメ初体験は大変苦々しい思い出となった。


 自己顕示欲の香りを充満させたデパートの1階で、私は悪魔の下僕(コスメショップの店員)に拘束された。


 Z世代の方はご存知ないかもしれないが、昭和のコスメショップの店員というのは、甘い言葉で誘い込んで生き血を吸い終わるまで解放しない妖女のごとくしつこかった。


 まだ、健気だった20歳の私は、その毒牙にかかり、所望したファンデーションの他に頬紅や口紅、他を購入し、もやもやしながら家に帰った。


 さあ、本題はここからです。


 もやもやしながら私はテーブルの上にコスメを並べ、使うか返品するか迷っていた。


 そこへ、叔母がやってきた。


 並べられたコスメの事情を聞かれ、私はことの顛末を話した。


 そして、私の向かいに座った叔母が言った。


「いいじゃん、使いなよ」


 貴方は思っただろう。


(そうよ、せっかく買ったんだから使えばいいのよ)


 そうよね、使えばいいよね、私が…。


 が、その言葉が終わる前に叔母がとった行動に私は硬直する。


 使いなよと言いながら、コスメのパッケージを開け始め叔母。


(えっ、えっ、何してるの?)


 呆然としている間に、叔母はファンデーションの蓋を開け、買ったばかりのパフを勝手に使い、自分の顔に塗りだした。


(はっ、なんで?)


 ファンデーションは直接顔につけるもの、他人に使われること自体が嫌悪感を伴う。しかも、洗顔もせずに、自分が塗っているファンデーションの上からベッタリと顔全体にしっかり塗っている。さらに、頬紅まで開けて塗りだし、妖怪塗り肌女の完成。


 私は、こうして、コスメ初体験のときめきを叔母に奪われた。


 もしかして、使ったということは代金を払ってくれるのだろうか? と自分ならそうするだろう行動を叔母に期待して、見事に裏切られ、妖怪塗り肌女は悪びれず帰っていった。


 今ここで、あの時の叔母にこの言葉を送ろう。


「その肌色、あんたに合ってないだろう!」


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