影の中の真実

@AoiKazze73

第1話 影の中の真実

時計の音だけが、私たちのアパートの静けさを満たしていた。針は一定のリズムで進んでいたが、毎秒が前の秒よりも重く感じられた。私は机に座り、カナがキッチンから歌を口ずさみながら過ごしているふりをしていた。


彼女の声は、いつも甘く、心を落ち着けてくれるものだった。だが今、そのメロディーは私を神経的にさせていた。まるでその歌が盾のようなもので、彼女が本当に起こっていることを隠しているかのように感じた。そして、私はそれを感じていた。言葉の隙間、視線を避けるそのすべてに。


「マサシカ、何か食べる?」突然、カナが穏やかな笑顔でドアの前に現れた。


私は彼女を見なかった。


「いや、何か見てるから。」


冷たく返事をしたが、どうしても避けられなかった。目はパソコンの画面に固定されていた。建物の監視カメラの映像を確認していたが、今のところ何も怪しいものは見つかっていなかった。しかし、何かが違う気がしてならなかった。


「本当に?今日は何も食べてないよ。」


「食欲ない。」


カナは軽くため息をつき、キッチンに戻り、何事もなかったかのように歌い続けた。でも、私は知っていた。私たちの間に何かが変わったことを。以前は、私たちは切っても切れない関係だった。何時間も一緒に過ごし、何でもないことを話したり、ただ静かな時間を楽しんだりしていた。どんな退屈な日でも、彼女のそばにいるだけで私は満たされていた。


それが数ヶ月前から変わった。最初はほんの些細なことだった。彼女がすぐに返信したメッセージを隠し、私が見ようとする前に消していたこと。部屋に入るとすぐに切られる電話。次に現れたのは、夜の外出。「仕事だよ」、そう言って。「オフィスで急なプロジェクトがあるから。」でも、真夜中にそんなに働く人がいるだろうか?


思考を断ち切ったのは、カナが再び現れたときだった。今回は料理を一皿持ってきて、私の横に置いた。


「せめて少しだけでも食べてよ、マサシカ。体調を崩してほしくないから。」


私は一瞬目を上げた。その顔の表情を見たとき、何かがひっかかった。笑顔は本物のようだったが、その瞳は違う。何かが隠されているような気がした。


「食欲ない。」私は背を向けるように椅子を回した。


彼女は静かにそこに立って、しばらく私を見ていたが、やがてまたリビングに戻っていった。私は目の端で、彼女がテーブルの上にスマートフォンを置いたのを見た。それが気になった。最近、彼女はそれを手放さないようだった。まるで体の一部のように。


「スマホは持っていかないの?」私はさりげなく聞いてみた。


「え?ああ、忘れた。大丈夫。」


その返事は速すぎた。


「見せてもらえない?」思わず、そう尋ねてしまった。


カナは驚いた表情で私を見て、やがて小さく笑った。


「いつから私のスマホに興味を持つようになったの?」


答えたかった。実際にどう思っているのかを伝えたかった。しかし、私は我慢した。まだ、そんなことを言いたくなかった。


「いいや。」私は肩をすくめながら言った。


カナは何事もなかったかのように微笑み、また自分のことを始めた。でも、私は諦められなかった。何か、どこかで警戒し続けるべきだという気がしていた。


その夜、歯を磨いていると、カナが外出の準備をしている音が聞こえた。


「またオフィス?」私は浴室の扉から、なるべく非難するような口調にならないように気をつけながら尋ねた。


「うん、プロジェクトが終わってないから。でも、すぐ戻るから心配しないで。」


彼女は鏡の前でコートを羽織り、髪を整えていた。まるで何事もないかのように、落ち着いていて自信に満ちているように見えた。しかし、私は知っていた。何かがおかしい。


「気をつけて。」私は短くつぶやき、彼女が頬に素早くキスをした後、別れの言葉を交わした。


ドアが閉まると、私は数分待った。カナが気づかないように。そうしてから、自分のジャケットを取って彼女を追いかけることにした。


夜は冷たく、街はいつもより静かだった。カナは前を向いて足早に歩いていた。私は距離を取って、影の中から彼女を見守った。心臓が激しく打っていた。それは発覚する恐怖だけではなく、何かを見つけるかもしれないという予感からだった。


「今夜、すべてがわかる。」そう思いながら、私は歩を進めた。足音がアスファルトにわずかに響く。


カナは見慣れない暗い路地に曲がった。私は角で止まり、壁に隠れながら彼女を見守った。彼女が暗闇に入っていくのを見て、胸の中に不安が押し寄せた。


そして、何かを聞いた。奇妙な音、誰かが囁いているような声だ。私は少しだけ顔を出して、もっとよく見ようとした。カナは一人ではなかった。


胸が締めつけられるようだった。そこにいたのは、私の親友、佐藤カイトだった。

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