人生のセカンドチャンス

第2話 元カノ

ヒュウガを見た瞬間、緊張で胸が締め付けられるのを感じた。彼女がまた僕を傷つけるのではないかという恐れがあった。まだ彼女に心を壊されたときのことを覚えている。他の人と一緒にいるのを見つけたあの時、彼女が言った最後の言葉、その声には皮肉と嘘が満ちていた。

「説明させて、ただ聞いて」と言ったが、そんなことを考えていたら、彼女が近づいているのに気づかなかった。

「なんでそんなバカなことをしたの？他の人たちにどう影響するか考えたの？もし私が助けなかったらどうなっていたと思うの？」

彼女は心配そうに僕を見て、僕が無事かどうか確認していたが、僕はその間ぼんやりしていて、どのようにして自殺を阻止されたのか分析しようとしていた。そのとき、アキコの手が僕の額に触れて、緊張と同時に心臓がドキドキし始めたので、思わず後ろに倒れ、頭をぶつけてしまった。

「あいたた、頭が…」と、僕は痛みを和らげようと頭をさすりながら言った。

アキコは口元を手で覆い、笑いを堪えつつ皮肉な一言を放った。

「どうやらハルト君の頭はそんなに硬くないみたいね」

「礼儀ってものはないのか？敬語とかのことだよ！僕のことは『ヨシダ』って呼ばなきゃならないんだ！」

と、僕は彼女を指さしながら言った。多分、手が震えていたのは手首に刺さっているもののせいだと思う。

「川に飛び込んで自分の命を終わらせようとした時点で、名字で呼んでもらう権利は無くなったわよ、バカ！」と、彼女は憤慨しながら頭をそらした。

「それが敬語を失う理由にはならないだろ」と僕は皮肉を込めてそっぽを向いた。

「じゃあ、元彼として最低だったから敬語を使うのをやめたのよ」

ここで彼女が言葉を続ける間、僕は一瞬黙って彼女の言葉を分析していた。

「…ひどい彼氏？」

僕は一瞬沈黙し、もしかしたら彼女が僕を裏切ったのは僕がそうだったからかもと思い、「ま、待て、僕を非難するよりも川の方を非難しろよ！」と少し怒りを込めて言った。

「当たり前でしょ！フライドチキン屋で振るなんてひどいことするからよ！」

と彼女が怒って僕を見つめてきた。その視線から逃れられず、謝りたかったけど、どう言えばいいか分からなかった。

「あんな場所が別れる場所だと思ってるの？」と叫びたくなる気持ちを抑えて言った。

「…あの時は悪かったよ」僕は少し言葉を選びつつ、「それで、どうしてここにいるの？」と尋ねた。涙をこらえながら、彼女に迷惑をかけたくなかったけど、心の中に言いたいことが山ほどあった。それを抑えることにした。

「どうしてって？あなたを助けたのよ！」彼女は怒って指をさした。

「君は僕を助けたんじゃなくて、僕の死を台無しにしたんだ！」と、怒りを込めて彼女を睨んだ。

「死を台無しにした？クソ野郎！川に飛び込んで引き上げたせいで、私のカメラが壊れたんだから！」彼女が壊れたカメラを見せてきて、僕は罪悪感を覚えたけど、彼女にその感情をぶつけたくなかった。

深呼吸しようとしたけど、胸が締め付けられるようで、言葉が出ない。反対を向き、罪悪感に襲われるのを避けようとした。

「まあ、水に強いカメラを持ってればこんなことには…それに、川に飛び込んでくれなんて頼んでないだろ？」僕はそっぽを向きながら言った。

「おい、あんたバカじゃないの?! 一度心配してやったのに、そんな態度を取るわけ？もう二度と世話なんて焼かないわ、バカ！」彼女は怒りに拳を握りしめた。

「裏切った奴に元カレの世話なんてできないだろ」

「ドラマチックすぎでしょ？ハンカチでも渡してほしいの？」と、彼女は皮肉な声で言った。

「黙れ、浮気者には口出しする権利ないからな」と僕は指をさして言った。

「まだ2年前の話を引きずってるの？本当に演技賞でももらえるんじゃない？」彼女はうんざりした声で言った。「せめて一度説明させてよ、泣きべそかく前にさ…。もう、怒りがこみ上げてきて殴りたいくらい！」彼女は拳を上げて言った。

「病人には手を出せないだろ！」と僕は自分を守るように言った。胸の圧迫感が一層強くなった。

「バカじゃないの、病気じゃなくて単なるバカなだけ！」彼女はほぼ叫ぶように言った。

その時、看護師が近づいてきて、「静かにしてください」と注意した。

二人は気まずくなって黙り込んでしまった。ただ見つめ合うだけで、彼女は僕の手を見つめ、そして僕も頷いた。彼女は震えながら僕の手を握り、親指で優しくなぞった。僕ら二人とも震えていた。恐怖を抱えたまま、僕は胸の圧迫感が和らぐのを感じ、彼女が微笑むのを見て、自分も少し救われた気がした。

「ハルト、実は私…言いたいことがあるの」

僕は彼女が言葉を絞り出そうとするのを聞きながら、息が詰まるような感覚に襲われた。

「本当に…ごめんなさい。色々と言いたいことがあって、後悔もたくさんある。もし私があなたをそんな風に感じさせたのなら、本当に申し訳ない。私の話を聞きたくないなら、それも受け入れるけど、一度だけ説明する機会をくれないかな？」

アキコの言葉一つ一つが胸に重くのしかかり、息ができないように感じた。でも、手を繋いでいると、その重みが少し和らぐ気がした。裏切られた理由なんて聞きたくないと思いつつも、僕は小さく呟いた。

「…話を聞くのが公平だろうな。」

私はそっとつぶやき、彼女の手を握った。手は震えていた。本当は知りたくなかった。この傷をわざわざ掘り起こして、何になる？でも、もしかしたら…本当に知ることで理解でき、心の重荷を解放できるかもしれない。緊張を和らげるため、私たちの繋がれた手に視線を落とし、安らぎを探した。

「えっと、どう話し始めたらいいのか…まず最初に、私、本当に知らなかったの…」

そう言いかけたその瞬間、母がカーテンを開けて入ってきた。思わぬ邪魔に、二人は慌てて手を離し、恥ずかしそうにした。

「春人、大丈夫！ああ、神様ありがとう、お願いだから他にケガがないか確認させて。」

母は強く抱きしめ、私は赤面しながら彼女を見つめていた。日向が玲子と話しているのが見える。二人が話すのは、私たちが別れて以来初めてだ。姉の玲子はずっと私のそばにいて、日向とは口をきかないようにしていた。母が私の状態を確認しながら、感謝の言葉を神に捧げた後、日向に向かって柔らかく微笑んだ。

「ねぇ、外で少しお話しできるかしら？」

母がそう言うと、日向は緊張しながらうなずき、二人は私を一人に残して部屋を出た。いろいろと思い巡らせながら、私は無意識に腕をさすり、ため息をついた。母が他人の前で私を抱きしめたのは初めてのことだった。

日向と一緒に春人の部屋を出た時、彼の母が私のカメラに視線を向けた。私は反射的にそれを隠した。気を使わせたくなかったからだ。玲子が隣にいて、冷たい声で話しかけてきた時、彼女の態度に少し気まずさを感じた。しかし、2年前に出会った時の私とは違う。私は春人のことを考えながら、病院の裏口まで歩いていった。その時、春人の母が私の前にひざまずいた。

「息子を救ってくれてありがとう。カメラのこと、本当にごめんなさい。心から感謝しているけれど、どうやってお礼をしたらいいのか…」

「えっ、そんな、気にしないでください。私はたまたまそこにいただけですから…写真を撮ってただけで、感謝されるようなことは何も…」

私は動揺しながら答えた。その時、玲子が泣きながらカメラを持ち上げた。

「どうして助けないなんて思えるの？私の弟を救ってくれたのよ！あなたがいなければ、また会えなかったかもしれないんだから。お願いだから、カメラを新しく買わせて。」

「いえ、そんな…本当に大丈夫です。父からのプレゼントなので、値段も分かりませんし…」

私は必死にカメラを取り返そうとしたが、玲子は携帯でカメラの写真を撮り、カメラを返してくれた。

「あなたと同じカメラを必ず見つけるわ。約束よ。」二人がそう言うと、私はなんとか説明しようとしたが、無駄だった。

「お腹すいてるでしょ？何か食べに行きましょう。玲子、春人を見ててくれる？」

「もちろん、任せて！」それで私たちは病院のカフェテリアへ向かった。食べながら、彼の母が私に問いかけてきた。

「日向さん、どうしてこうなったの？」

突然の質問に驚き、私はむせそうになった。

「えっと、実は私、春人が落ちたところを見てたんです。写真部で記事を書くために週末をテーマに写真を撮っていたんですけど、橋から春人が川に落ちるのを見て、思わず飛び込んで助けようとしたんです。でも結局、私たち二人とも救助されちゃって…なので、私、実は何もしていなくて…」

私は照れながら話すと、彼の母が笑い出した。多分、私の慌てた顔が可笑しかったんだと思う。

「大丈夫よ、日向さん。お願いがあるんだけど、いいかしら？」彼女の言葉に緊張しつつ、私はうなずいた。

「学校で春人のことを見守ってくれる？」

彼女の声は穏やかだったが、少し震えているのがわかった。振り返ると、彼女は涙を流していた。

「お母さん…」

「お願い、春人を守ってやってちょうだい。この状態から抜け出させてあげたいけど、どうしたらいいのかわからないの。学校にいる間だけでも、あの子が孤独を感じないように、助けてやってほしいの。」

彼女は私の手を握りしめ、泣きながら訴えた。元彼の母からこんなことを言われるとは思わなかったが、私は静かにうなずいた。

「もちろん…任せてください。私も、彼が私を許してくれないことが、辛くて…」私は彼女に微笑みながらそう言った。

カーテンが開いて、日向と母が一緒に戻ってきた時、私は玲子とヨーグルトを食べていた。日向は自分の荷物を取って、少しおどけるように笑った。

「もう行くの？」私は尋ねると、日向はうなずいた。

「あなたの母と姉がいるからね。少なくとも、また馬鹿なことをしないってわかったから。」彼女は笑いながら言った。「自殺しようとしていたあなたを邪魔したこの私が、まだここにいて欲しいわけ？」

私は少し黙って、照れ隠しに、あえて不満そうな表情を見せた。

「そんなことないよ。ただ、あんまり広めないでほしいだけ。」

「大丈夫、そんなことしないわよ、バカ。」彼女はそう言って中指を立てて、歩いて行った。なぜか、また彼女に会える気がした。