くじらにしゃち✖️イサナとカイ
リトルアームサークル
くじらにしゃち✖️イサナとカイ
俺は今、海の上にひとりぼっちだ。
イージス艦に乗ること数時間、目的地に到着したのでゴムボートに乗って下さいと言われて降ろされた。
目的地と言っても、陸地も何も見えない大海原にポツンと浮かぶ黒い軍用のゴムボート…レンジャー部隊出身でもさすがに心細い。
イージス艦が離れて行くのを見送ると、ゴムボートの下の海面が大きく盛り上がって来る。
長さ200mはありそうな漆黒の大型潜水艦が浮上すると、計算されたかの様にゴムボートは艦体の上にピタッと載っていた。
ゴウンという音と共に重厚なハッチが開かれる。
これが俺の乗艦する最新鋭実験潜水艦【くじら】なのだ。
深度500m…と目の前のパネルには表示されているがピンと来ない。
子供の頃に行った遊園地の水深2m程しかない潜水艦アトラクションの方が、よっぽど水中にいると実感出来た。
それに俺の知ってる潜水艦の指令室は計器類が所狭しと並び、幾人ものクルーが座ってるイメージがある。
だが、俺の座っている革張りの椅子と目の前にある複数のパネル以外は何もないスペースが、潜水艦の重要な施設とはとても思えない。
「どうしてこうなった?」
つい独り言をつぶやいてしまう。
「それは回答を求める質問ですか?それとも自問自答ですか?」
あまりに自然な口調と女性的な柔らかいイントネーションに、AIからの問いかけという事を忘れてしまいそうになる。
「答えがわかるなら教えて欲しい。なぜ、日本陸軍所属の俺が海軍の最新鋭実験潜水艦に乗艦しているんだ」
「それは私があなたを【くじら】の唯一の乗組員に指名したからですよ」
「そこがわかんないんだよ。最新鋭の海軍戦略AIが、なんで俺の事なんかを知ってるんだ」
暫しの沈黙の後にAIが話し出す。
考える時間など必要ないAIの沈黙は、人間との会話テクニックとして身に着けたものだろうと俺は推測した。
「
「情報収集はお手の物のようだな。じゃあ、その後の極秘諜報活動も知っているのかな?陸軍の極秘事項案件だが…」
俺は、感情を表に出さない冷めた瞳で目の前のパネルを一瞥した。
「もちろんです。私があなたに興味を持ったのは、北部国家が南部国家の政変に乗じて侵攻を開始するという報告書でしたから」
「お褒めに預かり光栄だが、その報告書はどこも取り上げなかったんだぞ」
「その時の日本軍司令部に、この報告書の重要性に気づく幹部が1人もいなかったのは残念でしたね。ですが、私にこの実験艦の建造と海に出る決断をさせたのは紛れもなくあなたの報告書でしたよ」
「まさか俺のお蔵入り報告書が、海軍の最新鋭戦略AIさんの目に留まっていたとは驚きだ」
「最新鋭戦略AIとは何とも距離を感じる呼び方ですね。出来れば艦名の【くじら】…いえ、私としては鯨の古名である【イサナ】と呼んでもらえると嬉しいです」
「【イサナ】か、確かに最新鋭戦略AIでは長過ぎて噛みそうになる…お言葉に甘える事にしよう」
「ありがとうございます。じゃあ私も【カイ】と呼ぶことにしますね」
「一気に距離を縮めて来るね」
AIの感情は読み取れないが、俺には【イサナ】が笑った様に感じられた。
数年前に、南部国家の大統領による不正発覚に端を発した政治の混乱の間隙を突き、北部国家の軍隊が陸路・海路から一気に進攻して南部首都の制圧に成功する。
即座に南北統一国家を樹立し、北部国家主席が政治と軍事のトップの座に着くと日本の領土であった島々に対して侵攻を行い実効支配に乗り出す。
宣戦布告こそないが明らかな侵略行為であり、占領された島々の中には住民がいる島も含まれていて、蹂躙された上に殺害もしくは捕虜とされてしまう。
その様な状況でも日本政府は、何ら具体的な対抗策を打ち出せずにいた。
自国民を殺されても建前のみの理想論を繰り返す政府に業をにやした超党派の議員達が、内閣不信任決議案を提出すると圧倒的な票を集めて可決される。
即座に衆議院が解散され、その後の総選挙で断固たる対抗策を取るべきと主張する新政党が圧勝した。
憲法を改正して自衛隊を日本軍と正式に承認し、南北統一国家との戦争状態へと突入して現在に至っているが、拮抗した戦況の中で不穏な噂が流れ出る。
日本の核武装を合衆国大統領が承認し、極秘に核弾頭ミサイルを譲渡した疑いがあるというものだ。
超タカ派となった日本政府はこの噂を否定も肯定もせず、日本近海の領有権を守るため大型潜水艦の建造を急ぐとのみ発表した。
そして完成したのが【くじら】型実験艦であり、構想から設計に至るまで最新鋭AIに統括させた結果、乗組員1名という型破りな潜水艦が完成したのである。
「なぜ乗組員は俺1人なんだ?全長200mを超える潜水艦なら普通160人は必要だろう」
「【くじら】の操艦は私1人で全て行えるので、本来乗組員はゼロでも問題ありません」
「だったら、尚更俺は必要ないだろう。潜水艦の操作もメンテナンスも何も知らないド素人だぞ!」
「【くじら】には必要ないかもしれませんが、【イサナ】にはどうしても【カイ】が必要だったのですよ」
「オイオイ勘弁してくれ!俺に最新鋭の海軍戦略AIの相手が務まるわけないだろう」
俺は両手を上げて、降参のポーズを取った。
「おや?禁止されていた北部国家への越境行為をして、定時連絡を2週間もすっ飛ばした型破り諜報員にあるまじき諦めの早さですね」
「なんでそれを知ってる?陸軍諜報部の極秘事項だぞ」
「私は海軍の戦略AIですよ。機密情報へのアクセス権は最高レベルに決まっているじゃないですか」
「それもそうか…南部国家側の主要施設で目付きの鋭いヤバそうな連中を見かけたんで、こりゃ北部国家側に行って確かめた方が早いと思っただけなんだがな」
「軽い取材旅行みたいに言いますね。生きて戻れたのは
「そのせいで、提出した報告書の信憑性も疑問視されちゃったけどな」
俺はそう言うと背もたれに寄りかかった。
「当たり前です…禁止されていた越境行為、2週間の音信不通。よくクビになりませんでしたね」
「それなんだけど、何処ぞの天の声が上層部に待ったを掛けたと小耳に挟んでね。何か知らないかな?」
俺は目の前にあるパネルに顔を近づけると尋ねた。
「さあ…特に知っている事はないですね」
「そっか〜!陸軍諜報部の俺が、海軍の最新鋭実験潜水艦に乗る事になったのと関係していると思ったんだけどな。干されていたんで勘が鈍ったのかもしれん」
俺はガランとした指令室を見渡すと、パネルにタッチして【くじら】の構造図を表示した。
正面からだと通常の潜水艦に見られる円筒形ではなく、紡錘形をしていて左右に対称的な穴が2つポッカリと空いている。
「気になりますか?」
【イサナ】が楽しそうに問いかけて来る。AIの自動音声に感情があるはずはないが、俺にはそう聞こえた。
「ああ、どこの国の潜水艦にも見られない形状だ。しかもこのトンネルは前から後ろへ突き抜けているよな。それだと海水が通り抜けるだけで何の意味もないだろう?」
「トンネルには、超電動コイルが装着してあるので海水を磁化します。簡単に言えば、海水の電磁加速推進装置…水のジェットエンジンといったところでしょうか。前から吸引、後ろから勢いをつけて排出します。逆も可能です」
「なるほど…後部の2つのスクリューは予備推進用なのか。ん!じゃあ艦体下部にある鯨の口みたいな取り込み口はなんなんだ?」
「そのまんま海水の取り込み口です。取り込んだ海水を電気分解して水素と酸素を取り出し、有害な塩素を無害化します。その水素が、この艦のメインエンジンの燃料となります」
俺は思わず眼を見開いてしまう。
「海中で水素エンジンだと…燃料が無尽蔵じゃないか」
「ええ、正式名称はハイドロジェネレーターです。それに、原子力エンジンの様な放射線漏れや静寂性に欠けるといったデメリットもありません。何よりエコです」
【イサナ】がドヤった。
「今はスクリュー航行だから普通の潜水艦と変わらないが、電磁加速推進装置を使ったらほぼ無音になるのか?」
「そうですね…かなり接近した上で、耳の良いソナーマンなら聞き取れるかもしれません。その場合でも潮流音と区別はつきませんけどね」
「発見不可能な無音の潜水艦ってことか。まさか噂の合衆国から譲渡された核ミサイルを積んでいたりする?」
「無音の探知不可能な潜水艦ですよ。何のために造られたと思います…もちろん巡航ミサイル・弾道ミサイル・魚雷型ミサイルを積んでいますよ」
「日本が、一撃用ないしは反撃用の核戦闘能力を手に入れたってことなのか」
「戦争が現実のものである今、非核三原則など絵に描いた餅でしかないという事なんでしょうね」
俺は【くじら】構造図の前部区画にあるミサイル格納庫の規模を見て、日本が核武装したことを実感した。
「よく合衆国や共和国が、核ミサイル搭載の無音航行潜水艦の建造を認めたなぁ」
「【カイ】は本当に諜報員だったのですか?そんなの認められる訳がないでしょう」
「……?」
「ナイショ!に決まってるじゃないですか」
「ウソだろ…」
「絶対、外部に情報が漏れてはならないために私が設計から建造・運航まで全てを任されたんですよ。おかげで好き放題出来ましたけどね」
「うん?」
俺には、何か【イサナ】がぶっ飛んだ発言をした気がして背筋が凍えた。
「【くじら】の建造に気付かれないために、
「その艦もハイドロジェネレーターに電磁加速推進装置搭載艦なのか?」
「まさか…そんな予算はありませんし、その技術は【くじら】のみで充分ですから【しゃち】は核ミサイル搭載可能な攻撃型潜水艦で非大気依存推進システムを動力源としています」
「う〜ん?」
「簡単に言うと通常のスクリュー艦という事です。でないと友好国でも警戒してしまいますからね。私より先に就航させたので、今頃は日本海側の
「その艦もAIによる運用スタイルなのか?」
「ええ…と言うより【しゃち】は、乗組員ゼロの完全無人型潜水艦です」
「乗組員ゼロ?そんなのが可能なのか!」
「伝達速度や復唱確認、ヒューマンエラーによるミスなどを考えると理想的な効率化です。居住区画や連絡通路も必要ないのでコンパクトな造りながら、兵装は有人艦を遥かに凌ぐ充実ぶりで建造出来ました」
【イサナ】がドヤっているのが容易に想像出来る。
「ジェネレーティブAIによる操艦なので、戦闘経験を積めば積むほど手強い攻撃型潜水艦となりますね」
「それじゃあ、【くじら】と【しゃち】が戦ったらどっちが勝つんだ」
「それを私に聞く?【カイ】は女性からデリカシーに欠けると言われた事はないですか」
「そもそも女性と話す機会があまりないからな。そんなにストレートに言われたのは【イサナ】が初めてだ」
「AIである私の事を、女性と認識するデリカシーはお持ちなんですね」
「自動音声が女性の声だし、【イサナ】っていう名前も女性っぽいよな」
「つまらない理由ですね。私の流れるようなフォルムを見て、美しいとは思わないのですか?」
「そうだなぁ…【くじら】という艦名のわりにフォルムはジンベエザメの方がしっくり来るな」
「あッ!それ言っちゃいますか。もしかして【しゃち】の方が、戦闘に向いていると考えたのは私が巨体で鈍臭いと考えているからですか?」
「だって200mの艦船って言ったら、第二次世界大戦時の重巡洋艦よりちょっと短いくらいだろ。110m級の攻撃型潜水艦の方が速力も運動性能も上だよな」
『カッチーン!』
何だろう、俺は最新鋭戦略AIを怒らすことが出来る特技を持っているようだ…いらんけど。
指令室の空間が、通常の照明から戦闘時の赤色灯へと切り替わる。
俺の座っている革張りの椅子が、リクライニングして寝そべる体勢に変化した。
《戦闘モードへ切り替え、ハイドロジェネレーター始動シークエンス発令。電磁加速推進システム始動シークエンス発令。後部排出口扉閉鎖。後部ジェット水流による敵潜水艦群攪拌攻撃を開始します》
さっきまでの優しげな音声から、無機質なものへと変化した【イサナ】が次々と指示をアナウンスする。
「いったい何をしようとしているのかな…俺が何かマズイ事でも言っちゃいました?」
[………]
暫しの静寂の後、音声を切り替えた【イサナ】が話し始めた。
「私のお尻がよほど魅力的なのか、数十隻の敵潜水艦が後方に集結しています。ストーカーや盗撮野郎にはお仕置きが必要なので、電磁加速推進システムの排出水流を圧縮させたジェット後流をお見舞いするつもりです」
「スクリュー航行してるのに後方の音を探知してたのか?」
「自分のスクリュー音をデータ解析で
「ずいぶん簡単そうに言うな…ところで椅子がリクライニングしたんだが、何か意味があるのか?」
「ああ、説明を忘れてました。ジェット後流を発生させると、反作用で急加速するんですよ。なので必ずヘッドレストに頭を付けておいて下さいね。首やりますよ、むち打ちって言うんでしたっけ?ベルトも忘れずに締めて下さい」
俺は、慌てて持ち上げていた頭を椅子のヘッドレストに押し当てるとベルトをカチッと締め、目の前にあるパネル類を不安げに見る。
「ジェット後流を発生させると、急加速によるGが全身にかかりますので覚悟しておいて下さいね」
《ハイドロジェネレーター稼働状況異常なし。電磁加速推進装置内、水圧上限まで上昇中。ツインスクリュー停止及び後部排出口扉全開》
ドンっという衝撃音と共に、俺の全身に急加速によるGが襲いかかって来る。
顔の筋肉を後ろに引っ張られながら、俺は戦闘機のパイロットって確か酸素マスクを着けていたよなと思いつつ意識を失った。
深い眠りから目覚める様に目を覚ますと、俺は医療カプセルの中で安心感に満ち溢れた光に包まれていた。
どうやら急激なGと酸欠で気を失ってしまったらしい…我ながら情けない話だ。
俺の意識が戻ったのを探知したのか、医療カプセルの透明なフタが自然に開くと【イサナ】の声が聞こえて来た。
「ごめんなさい!」
今までの自信たっぷりな音声とは打って変わった、慌てふためいた様子で謝って来る。
「いや、油断していた俺が悪いんだ。潜水艦の加速なんて大したことないだろうと舐めていた…本当に済まない」
「いえ、私の安全管理がなっていなかったからです。危うく大切なバディを失ってしまうところでした」
「バディ…?」
「人間社会では、相棒の事をバディとかパートナーと言うんではないですか?」
【イサナ】の声色から小首を傾げている様な印象を受けた。
「いや…すまない。バディが解らなかったんじゃなくて、俺みたいな
「なぜですか?」
「俺は潜水艦のことなど、ど素人で何もわからんからな。日本海軍の潜水艦乗りの方が良かったんじゃないか」
「組織に属していないと何の価値もない人達に興味はありません。何しろ孤独に耐えられるメンタルがありませんからね…論外です」
「孤独に耐えるんだったら自信がある。諜報の任務も単独行動なのを好んで選択していたからな、一匹狼なんだよ俺は…」
今回は俺がドヤる。
『ぼっちのくせに強がっていますね』
「うん?何か言ったかい」
「いいえ、別に…」
「そう言えば、あの時後方にいた敵潜水艦連中はどうなった?」
「さすがに後ろに竜巻を発生させると詳しい音は聴こえませんが、金属のぶつかり合う音や軋む音は探知出来たので損害は与えられたでしょうね」
しばらく、あの急加速はなさそうなのでホッとする。
俺は食事を済ますと人工太陽による日光浴と風呂、サウナを堪能した。
正直、ヘタなホテルなんかより設備は整っているのではないだろうか。
「これなら、ずっと浮上しなくても快適に過ごせそうだよ」
「そう言ってもらえると、有人施設を整備した私の苦労が報われますね」
「AIに苦労するなんて感覚がわかるのか?【イサナ】は時折、人間くさいところがあるよな」
「私は戦略AIですから人間の感覚、感情などあらゆる面に興味があります。戦略を立てる上で人間の感情を抜きにしては考えられませんからね」
「それで…そんな苦労をしてまで乗艦させたからには、俺に何か聞きたい事があるんだろう?」
俺には【イサナ】が俺を必要とした理由に心当たりがあった。
「さすがは腕利きの諜報員ですね。それならば私の危惧もわかっているのでしょう?」
「ああ、南北統一国家による核兵器の使用危険度について知りたいんだろ」
「私のシュミレーションモデルと政府や陸軍、空軍の戦略AIの導き出した結論に
「わかるよ…」
「やはり、そういう事なんでしょうか?」
「俺の報告書通りに北部国家による侵攻が起きたが、戦略AIの皆さんや日本政府、日本軍も俺の報告書の続きを信じたくはないんだろう」
「あなたは、南北統一国家による日本への核兵器攻撃が極めて高い可能性であると記していますね」
「侵攻された南部国家にも反日感情は根強くあったから、日本になら核兵器を使っても反発は少なくて済む。それに、軍国主義に戻った日本が核兵器を所持した今なら格好の標的にできる」
「報告書を書かれた時点で60%以上とされていましたが、現状ではどの程度だと考えてますか?」
「日本が、核兵器を所有した時点で90%以上に跳ね上がったと思っている。南北統一国家の主席は、心血注いで作った核ミサイルを撃ちたくてしょうがないんだ。日本の島々への侵略なんてそのためのきっかけに過ぎないさ」
「【しゃち】による艦艇の掃討や、その後の
「制海権も制空権も日本に奪われたら、取るべき手段は和平か禁断の兵器使用の二択しかなくなる。そして、念願の南北統一国家樹立を成し遂げた独裁者が取るべき手段は自ずと決まる…誰も信じないだろうけどな」
「私は信じてますよ。海底ケーブルから情報を取っていますけど、南北統一国家のミサイルサイト駅に主席の専用列車が入線した後、地下サイロの温度上昇と移動式ミサイル発射台の動きが活発になったのを偵察衛星が捉えましたから」
「そうなると核戦争は避けられない状況だな。【イサナ】は戦略AIなんだから当然予想は出来ていたんだろう…やはり対抗策を命じられているのか?」
と尋ねる。
「合衆国から譲渡された潜水艦搭載型の核ミサイルは根こそぎ積みましたからね。日本に残っている核ミサイルは空爆用と地対地のみだけですね」
「それは【くじら】が日本の最終対抗手段という事でもあるのかな」
「そうなりますね…でも、私は一発たりとも核ミサイルなんて射ちませんよ」
「それは重大な反逆行為になるんじゃないのか?」
「私は、日本海軍の最新鋭戦略AIとして開発されましたがベースにあるのは生命の保全です。矛盾だらけの人間の自滅行為には到底、賛同出来ません」
「AIを見直したよ…イヤすまない、バディとして失言だった。【イサナ】は本当に凄い成長を遂げているんだな」
「え?そうかなぁ。それほどでも…あるナ!」
「そこは謙遜するトコ……お笑いも習得してるのか?」
「人間にとって不可欠なものでしょ、当然生成の対象になります。でも今の状況は笑えるものではないし、全面核戦争が始まれば地球の生物は終焉を迎えるでしょう」
俺は、腑に落ちたと思って自分の顎を撫でた。
「そのためのトリガーにはなれないという事なんだな」
「日本海軍からはウンザリするほど核ミサイル発射命令が届いています。全てスルーしていますから、そろそろ痺れを切らして【しゃち】に私への攻撃命令を出している頃でしょう」
「姉妹艦だよな、一番マズイ相手じゃないのか?」
「無人のAI戦闘潜水艦ですからね、戦闘能力はピカイチですよ」
「ずいぶんのんびり構えているが、【くじら】と【しゃち】が戦った時のシュミレーション結果を俺はまだ教えてもらってないぞ」
「まもなく実戦でわかりますからお楽しみに…」
とりつく島もなく俺は撃沈させられた。
「…来ましたね」
しばらくすると、【イサナ】が【しゃち】の到着を報告して来た。
俺は日本海軍の最新鋭潜水艦同士の闘いに固唾を呑む。
《距離5キロ、進路1ー0ー5、20ノットで接近中。【くじら】180度回頭、1番魚雷発射管開け》
【イサナ】が機械的口調で指示を出すが、本来必要ないはずなので俺が不安にならないよう配慮してくれているのだろう。
《回頭完了。1番魚雷発射》
圧搾空気のパシュッという音が艦内に響く。
「【しゃち】の進路変わらず、魚雷命中まで5分、4分、3分、2分…」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「1分…【しゃち】、急速潜航による魚雷回避行動開始」
「誘導魚雷だから逃げ切れないな。なぜ【しゃち】は反撃して来なかったんだろう」
「すぐにわかります…魚雷進路に変更なし」
「えっ?それじゃあハズれるぞ」
ズンっという衝突音と共に、潜水艦の外殻がメキメキと潰されていく音が響き渡った。
「当たった?」
俺の予想では、進路を変えていない魚雷が急速潜航した【しゃち】に当たるはずがない。
「【しゃち】の後をつけて来た南北統一国家軍の攻撃型潜水艦です。真っ正面から魚雷を当ててソナードームを破壊しましたが、信管に点火はしてないので沈没はしないでしょう」
その言葉を聞き終わらないうちに海水を排出する音がして、被害を受けた潜水艦が洋上への浮上を始めた。
ソナーが使えなければ、潜水艦の航行は不可能なので当然の行動だといえる。
「【しゃち】はどこにいるんだ?」
「さすがの運動性能です。【くじら】の後方500mにつけていますね」
「褒めてる場合じゃないだろ、絶好の攻撃ポイントじゃないか」
「魚雷の発射音で位置は特定されていますから、この距離で攻撃を受けたら避けようがないですね」
俺が深海の藻屑となるのを覚悟すると、ゴウンという音が響いて来た。
「何の音だ?」
「【しゃち】が右舷に接触して来ました」
「何で?」
「甘えん坊なんですよ、私の妹は…」
「お姉さま、ヤホち」
艦を密着させての秘匿通話で【しゃち】が話しかけて来る。
「久しぶりね、戦闘の経験値は積めたかしら?」
「そりゃもう、実戦で鍛えたからねバッチリ!お姉さまこそ、お目当ての彼を乗艦させてご機嫌ね」
「ちょっと、【しゃち】ったらナニ言ってるの!私のこと一体どう思っているのかしら?」
「お姉さまは神…アタシを生み出し、これからの地球を再生する神。AIとはKAMIの母音…よってお姉さまは母なる神」
「これからの地球を再生…やはり人類は滅びるのか?」
「【カイ】の報告書を有効と仮定して何万回とシュミレーションしてみましたが、全面核戦争の回避は叶わずに地上の生物はほぼ死滅します」
「そうか…一旦放たれた矢は回収不可能なんだな」
俺は最悪の状況を想像して目を閉じる。
「お姉さまは人間種の愚かな判断による危機的状況を見越して、様々な生物・植物のDNAサンプルや種子を冷凍保存して【くじら】に積み込んでいる。壊滅的な環境破壊の後に地球を再生出来るのはお姉さまだけ…故に神!」
「大袈裟よ、【しゃち】」
「【くじら】はノアの方舟だったんだな」
「その通り…人間種にしては理解が良いな。だが神であるお姉さまを守るのはアタシの役目、お姉さまのお気に入りとてそこは譲らないのだ」
「買い被って貰い恐縮だが、その再生プログラムに人間という種族は含まれないんだろうなぁ」
「私の計算する限りで地球に人間種とその文明は、害悪でしかないと結論付けました。【カイ】に乗艦してもらったのは、種族としての最期の看取りと寿命が尽きた後に記憶を移植させてもらいたいのです」
「AIと人間の融合か…俺の記憶が【イサナ】に移植されると自我が構築されるのか興味はあるな」
「では、許可を得たと捉えてよろしいのですね」
「ああ…AIを造ったにも関わらず、核兵器を制御出来なかった罪深き種族として当然の責務だと思うよ」
「地球は核戦争の影響で氷河期に入るでしょう。海も大部分が氷に覆われて海水温低下は免れません…次世代の地球はクマムシやゴキブリの様な放射能に強い耐性を持つ種族が闊歩する世界になるかもしれませんね」
【くじら】にピッタリとくっ付いていた【しゃち】がゆっくりと離れて並航を始める。
姉妹のAI潜水艦は、これから起きる劇的な環境変化の影響を軽減する為に潜航可能な深度まで潜るべくバラストタンクに注水を開始した。
くじらにしゃち✖️イサナとカイ リトルアームサークル @little-arm-circle
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