虹川一子と五つの棺

粘膜王女三世

プロローグ

プロローグ

 虹川一子は多重人格者だった。主人格である一子の他に、五つの交代人格が存在していた。


 二葉(第二人格・19歳)は苦痛の管理者だった。父親からレイプされる一子の苦痛を引き受ける為に生み出された。その役割を遂行する為、彼女は自身が慰み者にされることを、あらゆる意味で拒まなかった。何もかもに受け身な彼女だったが、自身が性的に必要とされることには喜びすら覚えた。

 レイプ以外にも、日常生活で生じるあらゆる肉体的・精神的な苦しみを引き受けるのも、彼女の役割だった。それはたいていの場面で彼女が矢面に立たされることを意味していた。一子は学校その他の場所で常に被虐的な立場にあり、その生活には常に恥辱と苦痛が付き纏っていた。いつしか二葉は出ずっぱりになり、一子は棺桶の中で深い眠りについた。

 押し出しの弱い二葉にそれらの苦痛を撥ね退ける力はなかった。ただ漫然と苦痛をやり過ごすことは得意だったが、父や同級生から殴る蹴るの暴行を受けたり、階段から突き落とされたりする内に、命の危機を覚えるようになっていた。

 死んでしまうのは流石にまずい。そう思った二葉は、身を守る為に新たな交代人格を創造することにした。

 戦う力を持たない自分の代わりに身を守ってくれる優しい人が良い。強さも必要だ。自分を守る為に出て来たのに、強さが足りずに逆にぶちのめされるというのでは可哀そうだ。それでは自分と変わらない。

 少しくらい乱暴者の男の子の方が、そうした役割には適していそうな気がする。そういう人を作って、自分を守ってもらうことにしよう。


 三浦(第三人格・17歳)は守護者にして憎悪の管理者だった。家庭や学校における虐待から、一子や二葉を守護するべく生み出された。その役割を遂行する為、三浦は暴力的な少年として作られていた。アドレナリンを自由に操ることが出来、普段の一子には考えられない腕力を発揮する。

 クラスメイト達をぶちのめすのはすぐだった。三浦は容赦しなかった。相手を組み伏せて繰り返し顔を殴り、鼻の骨を折った。制止しようとした体育教師は、胸部に肘撃ちを食らってろっ骨を砕かれた。

 三浦はただ身を守るだけでなく、自らの敵対者に積極的に攻撃を仕掛けて行った。そこに容赦はなかった。長期的な自衛を果たす為には、相手の心をへし折るだけの徹底的な暴力が必要だった。かつての攻撃者達は三浦によって指や手足をへし折られたり、二階から飛び降りさせられたり、ナメクジやムカデを捕まえさせられ食べさせられたりした。

 父親のことも例外ではなかった。いつものようにベッドの中に潜り込んで来た父親のズボンとパンツを脱がすと、三浦は容赦なく陰茎に噛み付いて食いちぎった。ホースのように吐き出される血液を浴びながら、三浦は仰向けでのた打ち回る父親の睾丸を蹴りつけ破裂させた。

 それらの行為によって一子達には平和が訪れたが、しかしその平和を維持する為に三浦の暴力性は役に立たなかった。敵対者が現れる度に大暴れして精神病院に入れられるような暮らしは安息とは言えない。三浦は周囲との衝突を防いだり、トラブルを穏便に解決したり出来る新たな人格を創造することに決めた。

 人当たりの良い女が良いだろう。そういうのには女が向いている気がするし、一子の肉体の性と一致するのも良い。だが感じが良いだけではダメだ。ある程度の気の強さも必要だろう。

 それにはあの女が向いている。かつて一子や二葉をいじめていた、クラスのボスだったあの女。口が上手く、気が強く、要領が良い。あいつを模した人格を作り出そう。


 四季(第四人格・十五歳)はホストだった。人前に出る時は常に彼女が矢面に立ち、周囲と打ち解け味方に付け、時に気の強い言動で人を屈従させた。口先が上手く、他人の心理を読むことに長け、たいていの環境で有利なポジションを確保することが出来た。

 彼女の出現によって交代人格達の生活は快適なものとなった。友達を呼べる存在がたくさん出来たし、異性と仲良くすることだって出来た。教室で支配的な地位に着き威圧的に振舞うことは快感でもあった。

 色んなことを要領良く上手くこなした四季だったが、苦労することもあった。それは勉学だ。様々な人格が入り乱れ、好き勝手に授業を受ける生活の中で、継続的に勉学に取り組む習慣が作られるはずもない。高校受験を控えた中学三年生の時分、その課題は決定的に発露するようになった。

 言語感覚に優れる四季が国語と英語を、ひたすら暗記することが得意な二葉が理科と社会を担当することで、それらの科目については誤魔化していけた。それでも偏差値の良い高校に行ける程ではなかったし、数学に至ってはこれまでの遅れを取り戻すのは絶望的だった。

 アタマの良い人格を作ろう。四季は決意した。と言っても単なるがり勉では魅力に欠ける。そんな奴と一緒にいたくはない。自分好みの可愛らしい、少し生意気な、背の低い年下の男の子にしよう。少し斜に構えた態度を取りながらも、ここぞという時は的確な洞察力で自分達を導くことが出来る有能な子だ。

 四季は密かに、二葉が買ってくるフィクションに登場する、そうしたキャラクターを深く愛していた。そんな一面も彼女にはあったのだ。


 五木(第五人格・13歳)は洞察力と考察力に優れた少年だった。主な役割は受験勉強だったが、しかし知性を必要とするあらゆる場面で活躍した。調べ物の名手で手に入れられない情報などなかったし、難しい電子機器を難なく使いこなしたり、複雑で他の人格には理解しがたい物事をかみ砕いて解説したりすることが出来た。

 だがその能力の高さが祟ってか、彼の性格は生意気で傲慢なものとなった。高い知性を鼻にかけて周囲を見下すような態度を取ったり、ディベートの上手さを見せ付けるように意味もなく人をやり込めたりした。人前に出れば必ず誰かしらと軋轢を作って戻って来る為、他の人格とは違う意味で人前に出しづらい存在だった。

 もっともその欠点は二葉や三浦にも言えることだった。二葉は自身を性的に必要としてもらおうと駅前で立ちんぼをしては別の人格に懲らしめられたし、三浦は些細なことで激昂して暴力的な手段に訴えては警察等の世話になった。それらと比べれば五木の抱える問題は幾ばくかささやかでもあった。

 そんな五木も、自らの手で新たな人格を作り出したいという願望を抱えていた。ホストの四季と賢い自分がいれば、この先の人生ある程度何とかなりはするだろう。だがそれではあまりにも妙味に欠ける。自分達は必要とする能力を持った人格をある程度自由に生み出せるのだから、何か奇想天外な特技を持った人格を生み出すくらいの、外連味と好奇心はあっても良いのではないか?

 問題はどういった能力の持ち主にするかどうかだ。考えた末、五木は手先の器用な幼い少女というキャラクターを構想した。縄抜けや錠前外し、掏りと言った犯罪にも応用できる手先の器用さだ。そんなものが役立つような人生になるかは分からないが、そんな力を持つ者が仲間にいるというだけで、わくわくするというものではないか?

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