コンビニ

からし

コンビニ


仕事帰りの午後九時、陽が沈んで薄暗くなった街を歩く。

コンビニの明かりが、まるで心の拠り所のように感じられる。

いつも通りのルーチン。

おにぎりとお茶、そして週一のアイスクリーム。

何度も繰り返したこの行動が、心の安定を保つための儀式のようになっていた。

だが、その日は何かが違った。


店のドアを開けると、いつも通りの「いらっしゃいませ」が響く。

だが、店員の視線がどこか重い。黒髪の女性、名札には「さゆり」と記されている。彼女はいつもと同じ制服を着ているはずなのに、その目には何かが宿っていた。

まるで、何かを隠しているかのような、あるいは恐れているかのような目だ。


「いつものものですか?」と彼女は尋ねる。

その声には微かな震えがあった。


「うん、そうだよ」と答えながら、僕は無意識に彼女の視線を感じ取る。

彼女はその瞬間、何かを思い出したかのように目を伏せた。

何かがある。僕の心に不安が広がる。

普段は何気ない会話が、今日は異様に重たく感じる。


レジに並びながら、周囲を見渡す。

店舗の奥には、暗い冷蔵庫が並んでいて、その中には色とりどりの飲み物や食べ物がずらりと並んでいる。だが、今日はその陰に何かが潜んでいるような気がしてならない。見えない何かが、こちらを見つめているような錯覚に陥る。


「アイスも、決まってるやつ?」とさゆりが尋ねる。

普段の彼女なら、笑顔で接してくるはずなのに、今日は目が笑っていない。

僕は心の中で「そう」と答えるが、声が出ない。

彼女の口元が微かに引きつり、さらに不安が募る。


そのとき、店の奥からかすかに音が聞こえた。

まるで誰かが呻いているかのような、低い声。

耳を澄ませてみると、確かに「助けて…」という声が聞こえる。

僕の心は一瞬、凍りついた。

これは夢なのか?それとも現実なのか?迷った末に、僕は思わずその声の方に目を向けた。


「ねえ、今の声、聞こえた?」と僕はさゆりに尋ねた。

彼女は驚いた顔をして、急に後ずさりした。

まるで何かに怯えているようだ。


「あれは…あれは、聞こえないはずよ…」と彼女は呟く。


その瞬間、僕は恐怖が全身を駆け巡るのを感じた。何かがおかしい。

このコンビニ、普段の安心感がまるで消えてしまった。

いったい何が起こっているのか?自分の心を落ち着かせようとするが、どうしてもその声が耳から離れない。


「さゆり、大丈夫?」と声をかけるが、彼女は急に顔を青ざめさせ、「もう、行った方がいい」と小声で囁く。何かを知っているのか?彼女のその反応に、僕はますます混乱する。彼女のその言葉は、まるで警告のように響いた。


僕は思わず、冷蔵庫の方に足を向けてしまう。

そこには、いつも通りの飲み物が並んでいるが、その奥からはあの呻き声が確かに聞こえてくる。冷蔵庫の扉を開ける勇気はなかったが、何かがほかの人を求めているのだと感じた。


「やめて!」というさゆりの叫び声が響き渡る

その言葉が僕の背中を押す。

急いでレジに戻り、手に持ったおにぎりとお茶を返そうとしたが、さゆりの目が僕を引き留める。彼女の目には恐怖が宿り、まるで何かを訴えているかのようだった。


「お願い、早く外に出て!」と彼女が叫ぶ。

その声に僕は一瞬ためらったが、心の奥底で何かが弾けた。

冷蔵庫の奥からの声が、まるで自分を呼んでいるように感じたからだ。

何かがあの奥に隠されている。真実を知りたいという欲望が、恐怖を上回った。


「待ってて、何かあるかもしれない」と言い残し、僕は再び冷蔵庫に向かう。

背後でさゆりが叫び声を上げるが、その声は耳に入らなかった。

冷蔵庫の扉を開けた瞬間、冷気が体を包む。その奥には、暗闇が広がっていた。


「助けて…」その声は、明らかに僕を呼んでいる。

何かが動く。

暗闇の中に人の影が見えた。

心臓が高鳴る。僕は一歩前に進み、その影に手を伸ばす。

バタンッ

その瞬間、冷蔵庫の扉が閉まり、周囲が暗闇に包まれた。


「さゆり!」と叫ぶが、返事はない。

冷蔵庫の中に閉じ込められ、暗闇に包まれた空間で、何かが僕の背後に迫ってくる。好奇心が恐怖へと変わる。


そして、何かが背中に触れた。それは冷たい手だった。

振り向くことさえできない。

目の前には真っ暗な闇。

息が詰まりそうなほどの恐怖が襲ってくる。

逃げることができない。

何が起こっているのか、理解できないまま、僕はその手に引き寄せられていく。


気がつくと、目の前にはさゆりが立っていた。

彼女の目はうつろで、まるで何も感じていないようだった。

背後からは、冷たい声が響く。


「助けて…」その声は、もう一度耳に届く。


どこか遠くの記憶の中で、僕の心が叫ぶ。

「ここは、ただのコンビニじゃない!」と。

だが、もう手遅れだった。僕たちは、何かに囚われてしまったのだ。


真実は、冷蔵庫の奥に隠されている。

そこには、他の誰かの影が潜んでいる。

まるで、何かがこの場所を守っているかのように、僕たちを逃がさない。


僕はその瞬間、全てを理解した。

このコンビニには、誰も帰れない秘密があるのだと。

さゆりの目が、恐怖から無の表情に変わる。

その瞬間、僕は自分が選んだ道の恐ろしさを知った。


何もかもが終わった。

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コンビニ からし @KARSHI

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