帰宅
平中なごん
一
疲れた……ようやく家にたどり着いた俺は、本当にひどく疲れきっていた。
いつになく深夜の長距離ドライブをした上に道中トラブル続きで、心身ともに疲労
車を降り、玄関の鍵を開けて家に入った俺は、着替えもせずにベッドへ直行すると、バタリと倒れ伏してそのまま深い眠りに堕ちる……きっと泥のように眠っていたんだろう。
だが、どれくらい時が経った頃だろう? その心地良い微睡みの泥の底から、俺を無理矢理に引き揚げようとするものがいる。
だんだんと鮮明さを取り戻してゆく意識の中、遠くで耳障りな音が聞こえている……その音の正体が気になって、そちらに意識を傾けていると、次第に音量を増してゆくそれが玄関でけたたましく鳴るチャイムの音だとわかった。
…ピンポーン……ピンポーン……と不快な印象を残すその音は、繰り返し繰り返し、止む気配もなく鳴り続けている。
「…う、うーん……ああ、煩い! 誰だよ、こんな時間に!?」
眠っていた時間はわからないが、感覚的にはまだ深夜のはずである。無意識に壁の時計に目をやれば、やはりまだ午前三時を回ったくらいだった。
こんな時刻に家を訪れる客など常軌を逸している。まず普通の訪問客ということはありえないだろう。
ならば、考えられる可能性とすれば、ご近所トラブルで文句をつけにきた隣人か? いやでも、俺は寝ていただけなので騒音など立ててはいない。
とすると、偶然、路上で暴漢にでも襲われ、近くにあった俺の家に助けを求めに来た若い女性とか……だが、それにしても時刻が時刻だし、なんらかの犯罪に巻き込まれそうなので、それはそれで出るのに躊躇する。
…ピンポーン……ピンポーン……と、俺がベッドの上でそんな憶測を巡らせている間にも、不愉快なチャイム音はずっと変わらず鳴り続けたままだ。
「…ああ! もうなんだよ!? 出ればいいんだろう? 出れば!」
人を苛立たせる甲高い機械音に我慢がならず、あまりのしつこさにもそもそと起き上がると、俺はベッドを抜け出して玄関へと向かった。
はじめは無視してやり過ごそうとも思ったのだが、ここまでしつこいと近所で事故か重大事件でもあり、警察や消防が避難を呼びかけて廻っている可能性だってありうる。
「……はい。なんですか? こんな時間に?」
なおもピンポーン……ピンポーン……とチャイムを鳴らし続けるドアの向こうの訪問者に、不審感いっぱいの声で俺は恐る恐る尋ねた。
「…あ、やっと出てくれた! ただいま兄ちゃん。俺だよ俺。カワイイ弟のご帰宅だよ」
すると、厚いスチール製のドア越しにそんな軽快な言葉が返ってくる……なんてことはない。チャイムを鳴らしていたのは俺の弟だった。
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