【一話完結】無茶ぶり探偵~事件を解決するのは私では、ありません。あなたです!~その二

久坂裕介

第一話

 六月中旬の放課後ほうかご。僕、平野ひらの海太郎うみたろうは窓の外を見て、『ほっ』としていた。昨日きのう本降ほんぶりの雨だったが、今日は曇りで雨は降っていなかったからだ。もう梅雨つゆに入っていたので一応、かさは持ってきてはいたが。


 とにかく今日は雨が降り出す前に帰ろうとすると、ふと瑞生ずいしょうみのりさんが視界しかいに入った。よく見てみると、みのりさんは十山とうやま可奈子かなこさんから相談を受けているようだ。


 みのりさんは、音楽と美術以外の勉強が苦手だ。でも面倒見めんどうみが良くてクラス委員長として、みんなから頼られている。そして可奈子さんは髪はショートカットで長身でスタイルが良く、いわゆる美人だ。


 彼女と仲良くなりたいと、必死にアピールする男子もいる。でもウワサでは全員、ことわられたそうだ。何となく見ていると、二人の会話が聞こえてきた。可奈子さんは、必死の表情だった。

「そういうわけで、みのりちゃん! ちょっと相談に乗って欲しいの!」


 みのりさんは、銀縁ぎんぶちメガネのブリッジを右手の中指で押し上げると聞いた。

「はい。何でしょうか、可奈子さん」

「実は昨日、傘を無くしちゃったの!」

「なるほど、そうでしたか」


「うん。あわいブルーのお気に入りの傘だから、どうしても見つけたいの!」

「なるほど。ではその時の様子を、くわしく話してくれませんか?」


「うん」とうなづいた可奈子さんは、説明を始めた。それによると傘を無くしたことに気づいたのは昨日の放課後、学校の玄関げんかんでのようだ。僕たちの中学校では玄関に、それぞれのクラス用に傘立かさたてが置かれている。だから皆は、登校してきたら傘をそれに入れる。


 そしてもちろん帰る時は、それから自分の傘を取り出す。でも昨日の放課後、可奈子さんが僕たち一年一組の傘立てを見ても、自分の傘は無かったそうだ。みのりさんは、考え込みながら聞いた。


「可奈子さん。自分の傘には、ちゃんと名札なふだを付けていますか?」

「うん、もちろんだよ。『一年一組 十山』ってマジックペンで書いた、名札を付けているよ」

「うーん、なるほど。それならだれかが間違って持って帰った可能性は、低いですね……。それじゃあ、何か変わったことはありませんでしたか?」


 すると可奈子さんは、記憶を辿たどる表情になった。

「えーと……。あ、そう言えば私たち一年一組の傘立てに、一本だけ傘が残っていたよ。私の傘と色がよく似ていたから、最初はそれが私の傘だと思ったんだけど違ったんだ」

「ふむ。どうして、そう思ったんですか?」

「えーとね。名札が付いていたの。『一年一組 米田』ってマジックペンで書かれた名札が」


 するとみのりさんは、また考え込んだ。

「おかしいですね。この一年一組には、米田という生徒はいません」


 可奈子さんはそれを聞いて、説明した。

「うん、そうだよね! でも他人の名札が付いている傘を持って行く訳にも、いかなかったの……」

「なるほど。それでは昨日は、どうしたんですか? 昨日の放課後は本降りの雨で、傘が無いと帰れないと思いますが」


「うん。実はその時、傘を持っていた詠斗えいと君が現れたの。で、『傘が無いのか? だったら俺の傘に入れてやるよ』って言われたの。それで、しょうがないから昨日は詠斗君の傘に入れてもらって帰ったの……」

「なるほど。そうでしたか」


 詠斗君というのは、この一年一組の西田にしだ詠斗君のことだ。彼は女子がとても好きなようで、このクラスのほとんどの女子をデートに誘っているというウワサだ。


 でもそんな彼だから、すでにこのクラスの女子全員から警戒けいかいされている。それでもみのりさんは、詠斗君を含めてクラスの皆が仲良くなれるようにがんばっていた。


 すると僕のとなりの席の門脇かどわき咲子さくこさんが、みのりさんと可奈子さんの会話に割り込んだ。

「えー、それじゃあ大変だったね、可奈子ちゃん! 今、このクラスの女子全員から警戒されている詠斗君と、二人で帰ることになったんでしょう?」


 すると可奈子さんは、動揺どうようした表情になった。

「そ、そうだね……。でもそれは、しょうがなかったの。できればそんなことは、したくなかっんだけど……」


 そう言ってなぜか可奈子さんは、僕を見つめた。どうして僕が見つめられているのか分からなかったが可奈子さんはすでに、みのりさんを見つめなおした。


 そこまで話を聞いたみのりさんは、再び銀縁メガネのブリッジを右手の中指で押し上げた。

「分かりました。この事件、私の推理すいりで解決しましょう!」


 そして帰ろうとしている、小市こいち友太ゆうた君を指差ゆびさした。

「この事件を解決するのは、あなたです!」


 友太君は、もちろんおどろいた表情になった。

「え? 何で僕?!」


 するとみのりさんは、得意とくいげな表情で説明した。

「傘と言えば雨。雨と言えば天気。天気と言えば理科。そうです、この事件はきっと、理科が得意な友太君が解決してくれるでしょう!」


 だがその言葉で教室は一瞬いっしゅんしずまり返った。僕は、心に中でツッコんだ。だ、だからそれは推理じゃなくて、ただの無茶むちゃぶりだよ、みのりさん!


 そして僕は、友太君が気のどくになった。友太君も当然、戸惑とまどった表情になった。だがみのりさんは、容赦ようしゃがなかった。

「それでは友太君には、この事件を五分で解決してもらいます。始め!」


「え? ええーー!!」と友太君は、悲鳴ひめいを上げた。当然とうぜんだよね。そんな無茶ぶりされたら、だれでもそうなるよね。僕も無茶ぶりされたことがあるから、友太君の気持ちは痛いほど分かるよ。うん、うん。


 そして僕は、考え始めた。実は僕には、分かっていた。可奈子さんの傘が、どこにあるのか。でも、それを可奈子さんに説明すると、詠斗君の立場が非常にまずくなる。さて、どうしたらいいんだろう?……。


   ●


 しばらく考えた僕は、決めた。詠斗君と、話をすることを。やはりこの事件の犯人の、詠斗君と話をする必要がある。詠斗君をさがしてみると、すでに一人でこの教室から出ようとしていたところだったので僕はあわてて近づいて声をかけた。

「ちょっと待って、詠斗君!」


 すると詠斗君は、面倒めんどうくさそうに振り返った。

「何だよ、海太郎?」

「昨日の可奈子さんの傘のことで、ちょっと話があるんだ」


 すると詠斗君は、動揺した表情になった。

「な、何だよ、それ。そんなの俺には、かんけーねーよ!」


 でも僕は、説明した。昨日、詠斗君が取ったであろう行動を。まず詠斗君は放課後、普通に帰ろうとしたんだろう。そしてクラスの傘立てから、自分の傘を取った。でもその時、気が付いた。可奈子さんの傘が、一本だけ残っていたことを。だから可奈子さんがまだ、帰っていないことを。


 可奈子さんは、美人だ。当然、詠斗君も可奈子さんと仲良くなりたいだろう。でも今は詠斗君は、クラスの女子全員から警戒されている。だからこれから帰るであろう可奈子さんをさそっても、一緒いっしょに帰ってはくれないだろう。


 そこで詠斗君は、考えたんだろう。今は、本降りの雨が降っている。だから可奈子さんの傘が無くなれば、可奈子さんは詠斗君の傘に入って一緒に帰ってくれるだろうと。そして詠斗君は持っていたマジックペンで、可奈子さんの傘の名札に細工さいくをしたんだろう。


 可奈子さんの傘には、『一年一組 十山』と書かれた名札が付いている。これを、別人のモノにしようと。具体的にはまず『十』という漢字に、『点』を四つ書き足す。すると『十』という漢字は『米』という漢字になる。


 それから『山』という漢字に、二本の横線よこせんと少しの縦線たてせんを二本、書きす。すると『山』という漢字は、『田』という漢字になる。これで『一年一組 十山』という名札は、『一年一組 米田』という名札になる。


 後は可奈子さんが玄関にやってきて自分の傘が見つからなくて困っている時に、『傘が無いのか? だったら俺の傘に入れてやるよ』と提案ていあんする。昨日は本降りの雨だったから、可奈子さんは詠斗君の傘に入るしかない。


 そうして詠斗君は美人の可奈子さんと、一緒に帰ることができる。僕がそこまで説明すると、詠斗君の表情はけわしくなった。

「何だよ、それ。それはお前が、考えただけのことだろう? 証拠しょうこはあるのかよ、証拠は?!」


 僕は、正直に答えた。

「いや、証拠は無い。でも僕はこの話を、可奈子さんにするつもりだ」


 すると詠斗君は、急に態度たいどを変えた。

「た、頼む、海太郎! 俺は今でもすでに、クラスの女子全員から警戒されている。その話が広まれば、俺はもうこのクラスにはいられない。だから頼む、その話は誰にもしないでくれ!」


 僕は、確信かくしんした。そういう態度になるということは、やはり僕が考えたことを詠斗君は昨日、実行したんだろう。そして僕は、考えてみた。確かにこの話が広まれば、詠斗君はこのクラスにづらくなるだろう。だから僕は、提案した。

「それじゃあ、詠斗君。もうこれからは、こんなめられない方法で女子に近づくのはやめて欲しい。そうしたら僕が考えたことは、誰にも言わない。約束する」


 それを聞いた詠斗君は、何度もうなづいた。

「分かったよ。もうこのクラスの女子には、近づかない。だからその話は、誰にもしないでくれ!」

「うん、分かったよ。取りあえず、詠斗君のことを信じるよ。でももし、これからもクラスの女子に近づいたら……」


 僕がそこまで言うと。詠斗君は走ってこの場から逃げ出した。

「もう近づかないって、言ってるだろー!」


 うんうん、これで一段落ひとだんらくか。そして僕は、いのった。詠斗君がクラスの女子と、普通に仲良くなることを。そしてクラスの皆が、仲良くなることを。それは、みのりさんがのぞんでいることだから。


 そこまで考えた僕は、もう一つやるべきことを思い出した。だから僕はハサミを持って、学校の玄関に向かった。そこで『一年一組 米田』という名札が付いている、傘を見つけた。


 うん。色も淡いブルーだし、これが可奈子さんの傘に間違いないな。そう確信すると、僕はハサミで名札を切り落とした。そしてその傘を、教室に持って行った。僕が持っている傘を見た可奈子さんは、驚いた表情になった。

「あ! それ、私の傘?!」


 僕は、説明した。今、玄関の傘立てを調べたら、この傘を見つけた。この傘には、名札が無い。僕はこの傘は、可奈子さんの傘だと思う。多分、名札は取れてしまったんだろう。


『一年一組 米田』という名札が付いた傘もあったけど、この一年一組に米田という生徒はいないからそれは職員室に届けたと。僕が可奈子さんに傘を手渡すと、彼女はものすごく喜んだ表情になった。

「ありがとう! 海太郎君!」


『一年一組 米田』という名札が付いた傘を職員室に届けたというのはウソだけど、そう言わないとこの話はまとまらないと僕は考えた。そうしていると可奈子さんは、ちょっとモジモジし出した。

「海太郎君。このおれいは、いつか必ずするから……」


 僕は、そんなに気を使わなくてもいいよと言ったけど、彼女は絶対にお礼をしそうな表情だった。そして少し顔を赤くして、帰っていった。

「本当にありがとう、海太郎君。それじゃあ、また明日……」


 そんな可奈子さんを見送ったみのりさんは、驚いた表情になった。

「まさか、数学が得意な海太郎君が事件を解決してしまうとは……」


 でも次の瞬間、みのりさんは腕組うでぐみをして高笑たかわらいをした。

「でもまあ、いいでしょう。事件は無事に解決したので! はーはっはっはっはっ!」


 そんなみのりさんの様子を見て、僕もうれしくなった。いいよ。どんな難事件なんじけんでも、僕が解決するよ。クラスの皆が仲良くなるために、がんばっているみのりさんがよろこんでくれるなら。

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