孤高のリヴァイアサン

ヘロドトスの爪の垢

序章

第1-1話 満足してるから

 あるチェーン店のカフェの端くれ、窓際のカウンター席に、男女が2人。

 

 男の方は髪にすこし立体感のあるマッシュヘアーのイケメンで、ブレザーの学生服をすこし着崩している。

 もう片方の女……もとい私はブラックブルーでセンターパートのロングヘア、唇にはクラスの人に言われて買ったベビーピンクのリップを塗っている。

 制服はきちんと着用しており、少しの乱れも無いと思う。顔だちは良い方らしいけど、自分ではそこまで自信がない。

 

 端から見れば放課後デートの一場面に見えるかもしれないけど、私達の間には剣呑な雰囲気が漂っている。

 しかも、その2人の間柄は付き合っているものの微妙な関係ときたもんだ。

 そんな2人が何を話しているかなんて……別れ話しか無いよね。

 

 ドラマや漫画では定番のシーンだけど、その当人になってみた感想なんて、1つしかないに決まってる。

 うん、今すぐ逃げ出したい!

 

「あのさ。めぐみって本当に俺のこと好きなの?」

「えっ」

 

 ちょ、ちょっと待った!

 まさかそんなにいきなり斬り込んでくるなんて思ってなかったし、びっくりしてお冷こぼしちゃったし。

 っとふきんはどこだ……って、もう神谷くんの手が伸びてる。

 

「あ、ありがとう」

「……いいよ、別にこんぐらい」

 

 いつもならもっとお客の数が多いはずだけど、今日はその数が少ない。

 その理由は雨だからだと願いたいけど、今私達と神谷くんとの間に漂っている気まずい雰囲気が原因なのだとしたらお店の人には申し訳ない。

 

「で、どうなん?」

「わ、私は神谷くんのことちゃんと好きだよ」

 

 思ってもないことを言っちゃった。

 目線があらぬ方向へ泳いでるのが自分でもわかる。

 

「……そう」

 

 素っ気ない態度でそう返された。

 またしばらく無言の間が漂っていたけど、そこに切り込む人が一人。

 

「大変お待たせ致しました、ストロベリーフラペチーノとモンブランモカになりまーす!ごゆっくりどうぞ!」

 

 店員さんはこの雰囲気に似つかわしくないにこやかな笑顔と、クリーミーでなめらかな舌触りが今この瞬間にも思い起こされてくる二杯の飲み物だけが取り残された。

 

「えっ、これ頼んでないよ?」

「俺の奢りだ」

「そ、そっか。ありがとう」

 

 にしてもこれ、私が好きなやつだ。小さい頃から飲んでたんだよなー、これ。

 

「もう1つ質問いいか?」

 

 私が喜々としてストローを咥えたけど、神谷くんはストローすら挿さずに体ごとこちらを向いてた。

 私もストローから口を外し、神谷くんの方へ首を向けた。

 

「俺、今いくつか知ってるか?」

「えっ」

 

 そういえば前に聞こうとしたことがあったっけ。

 えっと私達は高校2年生で、今は4月だから、よっぽど……。

 

「16……だよね?」

「チッ……なんで自信無さそうなんだよ。しかも間違ってるし」

「えっ!?」

 

 誕生日、いつ過ぎちゃったんだろう。

 ていうか誕生日の存在すら忘れてた。

 

「誕生日を忘れてたことより、俺のことをその程度ぐらいにしか思ってくれてないっていう方ががっかりしたよね」

 

 神谷くんは私の方へ体を向けると、頬杖をつきながら不貞腐れた顔でそう言った。

 

「ご、ごめんね……今度から気をつけるから……」

「って言うけどさ、いつまで経っても直んねえじゃん」

「い、いやけど」

「俺の下の名前何回間違えたか分かんないし、キスする雰囲気になった時も俺のこと突き飛ばすしさ。もううんざりだよ」

 

 何も言い返せない。私達の間には、ただただ気まずいムードが漂う。

 私が当事者じゃないなら今すぐにここから逃げ出したい気分だけど、私がその当事者なのだからそうはいかないな……。

 

「まあさ、俺も悪かったよ。いきなりキスしようとしたところもあったからさ。けど、あの断り方は無いじゃんか」

「……ごめんね」

「ごめんじゃなくてさ」

 

 神谷くんは何か言葉を続けようとしたけど、詰まらせた挙げ句大きなため息をついてしまった。

 またしばらくの間沈黙が流れる。

 私が何か言葉を発さなければならないのは分かっていたけど、不思議とその言葉が喉から出てこない。

 

「はぁ……もういいわ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 神谷くんが体の向きを変えて立ち上がろうとしているのを、と、止めちゃった。

 私には止める理由がないハズだけど、なんとなく止めなきゃって思った。

 

「嘘吐くなよ、お前が俺に大して興味無いのは分かってんだよ」

「け、けどさ!」

「お前が周りの女子に言われて付き合ってんのは前々から分かってんの。けど俺はお前のことが本気で好きで、お前に俺のこと好きになってもらえるようにお前の誕生日とか好きなものとか覚えて、デートで頑張ってエスコートしてって努力してんのにさ。俺のことを飾りみたいに思いやがって」

 

 それは誤解だよ!

 さすがの私もそこまでは思ってないよ!

 周りの友達に言われて付き合ってたのは確かだけど、そんな飾りみたいに扱った覚えはない。

 

「俺さ、もう他に好きなやついてさ。だからもう別れたいんだわ」

 

 ……ああ、やっぱりそうなっちゃうんだ。

 もうどうにもならないっていう空気感は、さすがの私でも分かる。

 彼へ向けていた目線が、自然と降りた。

 

「……そっか、頑張ってね」

「……チッ!」

 

 神谷くんは、椅子を後ろへ倒しながら立ち上がった。

 椅子がガタンと大きな音を立てながら倒れる。

 

「二度とそのツラ見せるな!」

 

 席から立ち去る彼の後ろ姿を、倒れた椅子を立てながらただ見つめてた。

 神谷くんは店の外へ出るなり、「言ってやったぜ!」と言わんばかりに大きく口を開けながら伸びをしてた。

 私も肩の荷が降りた気がしたけど、それと同時に言いようのない不快感が心の中にどよめく。

 

 元々そこまで興味が無かったけれど、周りに言われたから付き合った。

 神谷くんがイケメンなのは私でも理解できたし、何よりその告白を断って周りの女子から恨みを買うのが怖かった。

 けれど、私のポリシーから考えるに、こうなるのは最初っから分かってた。

 

 何か有意義なことを考えるでもなくぼーっと頬杖を突きながら虚空を見つめる。

 

 彼が最後に買ってくれた飲み物が、ただ甘ったるくてぬるい液体になるほどまでに。

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