獣たちの主

維七

序章

「ついたぞ!早く降りろ」


 薄暗く窓の代わりの鉄格子と中からは開けられない扉の取り付けられた馬車の扉が開かれ、兵士にそう命令される。罪人のような手枷をはめられたサリークは命令された通りに馬車を降りる。


「この寂れた町が今日からお前の住む町だ。お前にお似合いのな」


 兵士の1人にそう言われたサリーク。なぜこんなにも目の敵にされているのか、この男に恨まれる覚えどころかあった記憶もないのだが。


「宮殿よりも住み心地が良さそうだ」


と言ってやると明らかな不快感を浮かべ、負け犬が、と聞こえる程度の小声で言われる。


 負け犬。その通りなのだろう。宮廷魔術師という華々しい地位につきながらも同僚の魔術師の策に嵌り、その地位を追われこんな僻地に追放された男に相応しい呼び名だ。


「サリーク殿、失礼します」


 もう1人の兵士が膝をついてサリークの手枷を外す。サリークが礼を言うとその兵士はバツの悪そうな顔をする。


「礼を言われるようなことでは…。サリーク殿は宮廷魔術師としてこの国に多大な貢献をしていたにも関わらずこんなことしか出来ずに…申し訳ございません」


 この兵士は自分についての『真実』を聞いているようだ。


 サリークは当初、宮殿内では評判もよく実力も高かった。出世頭とまで言われていたがそれをよく思わなかったイングリットという男に目をつけられ、あれよあれよという間に出世道から外され宮殿内では後ろ指差される存在となった。そして遂には僻地に追放される運びとなった哀れな魔術師。


 おそらくこの男は『真実』を聞いていて他人事であっても心苦しく思ってくれているのだろう。


「何故、謝罪を口にする」


 サリークが男に尋ねる。


「いえ、その…色々と噂を聞いておりまして…」


「その噂の信憑性は確かめたのか?」


「はい?」


 サリークの問いに男は素っ頓狂な声をあげる。


「噂というものは酷く曖昧なものだ。人から人へ伝わる間に故意であろうかなかろうか変容していく。真偽も確かめずにその噂とやらを鵜呑みにしたわけではあるまいな?」


 畳み掛けるサリークに対し、男は言葉を発せずにいた。その表情を見てサリークは笑って見せた。


「悪い冗談だ。でも気をつけてくれ、宮殿というのは悪意と欲まみれだ。多数は正義であるが真実とは限らない。逆も然りだがな。騙され、操られ…」


 サリークはその先を語らず男の目をじっと見た。男もサリークの目をしっかりと見て頷いた。


「名前は?」


「…ライル」


 サリークはライルに向き直る。


「ライル殿、貴殿の心遣いに感謝する」


 サリークは右手の拳を胸に当て、深々と頭を下げる。貴族や宮廷仕えの者のではなく、敢えて兵士たちの作法で礼をした。それを見たライルも慌てて


「とんでもございません!」


と言って兵士の礼をとった。


「では私はもう行くとしよう」


 別れを告げ、サリークは寂れた町に向かって歩き出す。木製の柵で囲われているだけの町というより発展した村と呼んだ方がしっくりくる佇まいだ。


 歩き出して少しして背後でやっと馬車が走り去る音が聞こえた。


 悪評ばかりの中『真実』を聞いてサリークに同情するライル。悪評を信じてサリークに冷たく当たる名も知らぬ兵士。2人の対照的な態度を思い出して笑いが込み上げてくる。


 サリークは上着の内ポケットのボタンを外し、そこにしまった物を直接手で触る。


 くくく、とサリークは笑い声を漏らす。


 どいつもこいつも間抜けばかりだ。


 無能で役立たずのくせに態度だけは大きい傲慢な魔術師。実力はあったが嫌がらせで出世道を外された哀れな魔術師。どちらも他人の頭の中だけで作られた像。誰もが自分で作り出した像ばかり見ていてサリークの策略に気づく者はいなかった。


 サリークはイングリットの謀略に嵌り魔術師としての名に致命的な傷を負った。そして遂に責任を追及され宮廷魔術師の地位を剥奪され宮殿を追放された。


 この一連のどさくさに紛れ、サリークは宮殿に眠る秘宝を盗み出したのだ。

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