推し、部下になる。

1103教室最後尾左端

プロローグ

「ありがとうございました。失礼いたします」


 一礼して退出する学生の動きはぎこちない。

 面接的に正しい所作を必死になぞろうとしている姿は微笑ましくもあるが、残念ながらその努力は完全に無駄である。


 面接官たる私が、面接的に正しい所作をこれっぽっちも知らないからだ。


「赤坂君、今の子どうだった」


 隣に座る直原部長が声をかけてきた。密室で直属の上司と二人きりというシチュエーションのせいか、どんな言葉でも詰問に聞こえてくる。


「いいんじゃないですか? 真面目そうだったし」


 と、言いながらも私は既に彼女がどんな顔をしていたか分からなくなっていた。


 面接は私服でよいと事前に通知しているはずなのに、今のところ全員リクルートスーツだ。心なしか顔立ちまでも同じように見える。


 判別がつきにくいので面接官泣かせではあるが、横並び意識の強さや自由を与えられると保守に走る性格は実に銀行向きだろう。


「いかんなぁ。そんなありきたりな評価じゃ。『360度評価』にならないじゃないか」


「360度評価」とは、人事部が今年度から掲げた採用方針である。


 多様性が重視される昨今、新卒採用も既存の画一的な評価体系から脱し、就活生の個性を尊重する多面的評価を行うべきだ、というお題目のもと、人事部だけでなく、様々な部署の社員との面接が新卒選考フローに組み込まれることとなった。


 新規企画グループの我々が昨日急にアテンドされ、本業そっちのけで面接に駆り出されているのもそのためだ。


 はっきり言って、いい迷惑である。


「採用担当ではなく、現場の私たちでなければわからない学生の魅力を面接を通して発掘するんだ」

「じゃあ、直原部長としては今の学生はどうだったんですか?」

「いいんじゃないか? 彼女慶應だし」

「面接関係ないですよね。それ」


 一周360度回って旧時代的な価値観に回帰したようだ。


「学歴がすでに輝いているんだから多角的に輝く部分を探す必要ないというだけだよ」

「そういうもんですか」

「次の子はそんなに有名な大学じゃないみたいだから、他の輝く部分を見つけてやらんとな」


 そんな抽象的なことを言われても対応に困る。素人がたかだか30分程度の質疑応答で人間の輝きなどわかるものか。


 そもそも、人間が輝いて見えたことなど、人生で一度しかない。

 初めて彼女を目にしたあの瞬間だけだ。


 小宮山真琴。国民的アイドルグループ「Uni-mates」の元メンバー。通称まこぴー。


 私の人生を一変させた、いわゆる「推し」である。


 彼女の一挙手一投足は眩いほどの輝きをはなっており、その姿に数えきれないほど救われてきた。アイドル活動並びに芸能界引退表明したその後も、私は彼女の情報を求めてネットの中を徘徊する日々を送っている。


 まこぴーほどの輝きがあれば、一瞬で採用活動を終えることができる。

 そんな人間、そうそういるはずないのだが。


 コンコンコン。


 控えめなノックの音が聞こえた。どうやら次の就活生がやってきたようだ。


「お入りください」


 私の声を合図に、扉が開く。


「失礼します。よろしくお願いいたします」

「…………え?」


 控えめな声とともに、扉の奥から現れたのは……。


「小宮山真琴と申します。よろしくお願いします」

「…………ま、まこぴー?」


 そこに現れたのは、まばゆく光る「輝き」そのものだった。

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