第11話 光石とワンリュウ

 今度も心構えの時間などあったものではなかった。頭がくらくらする。ひどい、とつい文句を言いそうになったけど、我慢して飲み込み、隣を見やった。ハイージュも同様の体で座り込んでいた。

 「ありがとうございます」

 しかし副区長に礼を言う所は、やっぱり大人なんだと認識する。村長の家の真上、十メートルも離れていない所をオオトリが旋回していた。

 青年の横に座り込んだまま、立ち上がる気力もなくそれを眺めていると、村長が二人ほどの伴を連れて草原を横切ってきた。副区長が彼と言葉を交わし、すぐ村長宅の方へ駆けていった。ハイージュが立ち上がる。

 「どうも石の所在に気づかれたようなので、移動していただきました」

 そう頭を軽く下げる村長は、俺の方をちらりと見る。

 「すぐに移動したと気づく筈はありませんから…今のうちに集中的に攻撃すれば、何とかなると思うのですが」

 村長はこの危機にも関わらず、のほほんと状況説明をした後、またのんびりと前線へ戻っていった。指揮を執るのだろうか、俺はぼけっと彼を見送りつつ膝に乗せた石に頭をもたせかけ…あれ?

 「うん?」

 慌ててその、黄色い原石に目をやる。いやいや何でここにある。

 「ハイージュさん、これ」

 慌てて差し出した光石を、青年の方もまじまじと見つめた。ぽっかりと口が開く。阿呆面、ですよ。そうは言わないでおく。

 「…なんで? あー、移動中、に? え?」

 あ、素が出た、と笑ってしまう。石を受け取りながら青年は首を傾げた。

 することもなく、そのまま二人でオオトリと石術団を眺める。草原といってもここは小高い丘になっていた。相も変わらず、上空で吹き荒れる風のせいで音は聞こえない。遠すぎるので状況も掴めないけれど、オオトリの様子を見ると、どうやら帰ってくれそうだ。

 「光属性って、なんだろうなぁ」

 彼の声に横を向く。独り言のようだった。

 「ハイージュさん?」

 「あぁ、すまない」

 そのまま俺が黙っていると、彼は溜息を零す。布袋を軽く叩いた。

 「黄玉…この石の前任者は、建国時に死んだ。そのまま、ポストは不在」

 どうも黄玉を扱える人が見つからず、と彼は肩をすくめる。

 「彼個人についてはほとんど何も伝わってなくてな。どんな人が黄玉を使えるのか見当がつかない」

 「黄色の石を使えるのでは駄目なんですか」

 「なんでも、その前任者は全ての色を扱えたらしい」

 一人が使える色は一つ、が秘石術の原則ではなかったのか。俺が絶句すると、彼は苦笑いを返した。冗談ではないらしい。

 「どんな秘石術師だったか分かれば、もう少し探しようもあるんだがなぁ」

 それに相槌を打った瞬間のことだった。首筋、というか身体全体に悪寒が走る。恐る恐る横を見ると、ハイージュも同じく気づいているようだった。

 オオトリに、見つけられた。

 

 「標的にされると分かるものなんですね」

 「そうだな、ってそこで淡々と分析しなくても良いだろう」

 呆れながらハイージュは、よ、と掛け声をかけて立ち上がる。こうしている間にも敵はこちらへ飛んできているようだった。遠すぎて距離感が掴めない。何か策があるのだろうか、と彼を見上げた。

 「実は、秘石術で俺だけ光石を持って逃げおおせることも出来るんだが」

 「はぁ…だが?」

 「きっともう、リュウ君も狙われているんだろうなぁ」

 「そうかもしれませんね。過去にも人が襲われた例はありますし」

 余計なことを言ったかもしれなかった。彼は余計真剣な表情になる。数秒悩んだ後彼は、ぽん、と手を叩いた。

 「よし、光石をオオトリにやってしまおう」

 「は?」

 驚いて俺は立ち上がった。よく分からないけど、その石って結構重要…みたいな話じゃなかったっけ。大丈夫かこの人。

 「三十年近くも継承者が現れなかったんだ。多分、ユーシュエンにはもう必要のないものだったんだ、そういうことにしよう」

 「しようって」

 馬鹿か阿呆か両方か。とりあえず、この人に任せた役人は阿呆だ。

 「そうと決まればさっさと」

 慌てる風もなく布袋を取り出す彼は、本気だった。再び目にするそれをオオトリにやってしまうのは…惜しくないんですか、と止めようとした時、

 「ハイージュ殿っ」

 案の定副区長が数人の石使いを引き連れて現れた。彼女にハイージュは掌を見せて制止し、

 「この光石をあれに、やってしまおうかと思います」

 「はいぃ?」

 副区長は驚き、ばたばたと両手を振った。この人何歳だっけ、元気だな。

 「駄目っ駄目ですよそれ! あなたの国の礎では無いんですか!」

 「ま、人の命には代えられません」

 阿呆だな、と思った。でも、嫌いじゃない阿呆だった。

 ハイージュは俺に、ぽんとその布袋を渡す。

 「ちょっと、術具を出すから石を出しといてくれないか」

 「うん」

 言われるままに布袋の紐を解く。手に掴んだそれをしっかり、掌に乗せた時に、オオトリの鳴き声が空気をつんざいた。

 だから、それの声を聞き逃しそうになった。

 『主、我は喰われるか』

 瞬きを一つ、掌のその石を見る。…石精?

 『主だ。喰われるのかと聞いている』

 「うん…今からオオトリにあげちゃうらしいよ」

 ぽそりと小さな声で答えた。そのまま石は黙るのかと思えば、

 『主。望めばあれを倒すことも出来る』

 「本当か」

 俺の驚いた声に、ハイージュが目を上げ、動きを止めた。

 『一時的に身体の自由を奪う。閃光しろと、主が唱えれば良い』

 「閃光…?」

 繰り返した俺の言葉に、ハイージュが息を呑んで俺の両肩を掴んだ。

 「リュウ君! そのまま命じては駄目だ!」

 焦った顔、初めて見た。ハイージュは息を一つ吐き、ゆっくりと尋ねる。

 「石精の声を、聞いたか」

 「うん」

 「閃光の術を使えと、石が言ったか」

 黙って頷くとハイージュは、そっと俺の肩から手を下ろした。

 「対象を絞れよ」

 首を傾げると彼は説明する。

 「その術は原則、術者の視界にいる全ての生き物に行使されるんだ」

 「じゃあどうするの」

 「うん? あぁ、そうか…えっと」

 対象オオトリと言えば良いんじゃないかな。その言葉に従って俺は、掌の光石に話しかける。

 もう敵は目前に迫っていた。


 どうしてだろう。俺はそう思いながら、鍋を一度木べらでかき回す。手を休めずに今度はネギを輪切りにして、それも鍋に投入した。半分ほど残してそれは別鍋の油の中へ落とす。細切りの人参も追加して、つまみはこれくらいでいいだろう。溜息をついた。表庭の賑やかな声が聞こえてくる。

 自分の家でやるって、こういうことだ。

 「でも確か、これって送別会も兼ねるんじゃなかったのか」

 俺の。

 いやまぁ、別に良いんだけど。そうそう料理人の立ち位置が変わるとも思えないし。母は接待だし。他に包丁を握れる人間は父だけ…だけれど、あれに任せることを思えば何てことはない。

 「しかしまぁ、稀なこともあるもんだ」

 「なんですかいきなり。料理してることですか」

 台所の入り口に現れた青年に返事をする。結局昨日の騒ぎは、オオトリをやっつけたことでそのまま打ち上げへ雪崩れ込み、村長以下、つまりは全員がお祭り騒ぎで…思い出すのは止めよう。乱痴気騒ぎの中抜けだしたハイージュは何の流れか俺の家へ泊まりに来て、母親と長い間話し込んでいた。

 その彼から何も返らない、と気になってそちらを見ると、ハイージュは入り口の柱にもたれかかって、つまりは笑いをこらえていた。

 「ほんと、あんた大丈夫ですか」

 これ持って行って下さい、と揚げ終わったつまみを渡す。

 「いやすまない。そうじゃなくてな…あ、美味い」

 冷めるからさっさと行けと追いやろうとすると、ハイージュは苦笑しながら俺の頭をくしゃりと撫でた。

 「なんなんですか」

 「うん、秘石術らしい秘石術も使わずに、黄玉を行使するなん…あ」

 不意に彼が言葉を切る。いい加減頭の上の手をどけてくれないだろうか。

 「そっか、そうだきっと」

 もう放っておこう。そろそろ鍋が煮立ちきってしまう、と彼の手から自ら逃げて火の前へ戻る。ハイージュは楽しそうに言う。

 「リュウ君、石じゃなくて石精を使う人なんじゃないのか」

 「は?」

 そんなことがあるか、と思うが否定しようもない。

 「ユーシュエンに行けば分かるんじゃないかな。持って来ていないが、俺の石の中にも幾つかは石精が入ってるのがあるし」

 大分嬉しそうに話すので、気恥ずかしくなった俺は彼の口にヒレカツを押し込んでやった。ちょっと黙ってて欲しい。

 彼はそれを食べ終わると、流しの傍に置いてあったコップを飲み干した。それ酒なんだけど…今から使う予定の。横目で責めたのを知ってか知らずか、ハイージュはやたら可笑しそうに笑う。

 「さて、これからが楽しみだ」

 彼の言葉に俺は少し笑って、そうですね、とは言ってやらなかった。

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少女ティエランは秘石術を使う 歩月琳兎 @shizume

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