異世界転生すると思ったら高校時代にタイムリープでついでに貰ったスキルはラッキースケベでした

秋月睡蓮

第1話 貰ったチートスキルはラッキースケベ

 明日で三十歳になるというのに俺は自室のパソコンでエロゲをプレイしていた。俺の青春時代にはなかった眩しい偶像に自己投影しながら傷を舐める日がただただ続く。仕事を辞めて三年になる。高校時代特に学びたいこともなかった俺は就職をする事にしたのだがそれが全ての間違いだった。高校時代ボッチだった俺はコミュニケーションというものを取ってこなかったのもあり周りの同期や先輩と馴染めずにいた。それでも仕事は仕事と割り切ってはいたが次第に面倒な仕事を押し付けられキャパオーバーになり今に至る。もっと早く辞めてれば、大学に進学してれば、高校時代を棒に振らなければ。後悔ばかりが思考回路を汚染していく日々に疲れた俺は社会人時代に買っては積んでいたゲームに没頭した。


 腹の悲鳴が聞こえたので部屋から出て飯でも食おうと思い一階の冷蔵庫を漁りにいった。冷蔵庫には何もなくふてくされていると机に置き手紙と千円札が置かれていた。


『母さん忙しくてご飯用意できなかったからこれで何か食べて』


 俺は千円札をポケットに入れて近くのコンビニへと向った。頬を横切る風は冷たく世間は冬になろうとしていた所だったようだ。久しく外に出ていなかったこともあり流石に肌寒い。手に吹きかける息が白く空を舞う。


 コンビニでタバコとおにぎりを買い自宅へと戻ろうとした時だった。一匹の野良猫が道路で丸まっている。

 よりにもよって道路で寝るなんて呑気なもんだ。そう思った時1台のトラックが猫に気づかず走っている。


 猫が好きなわけじゃなかった。なのに何故か俺は猫を助ける為に走っていた。そして結末は当然である。

 衝撃といままで味わったことのない激痛と共に視界は暗くなった。


「お〜い起きろ若者⋯と言うにはちと老けとるが」


 聞き覚えのない声に目を覚ますと辺りは真暗で俺と老人だけがいた。これはいわゆる異世界転生の始まりではないか。見ていたアニメの導入にありがちな展開に何故か驚きはなく冷静に状況把握をしていた。


「猫になって散歩してたら疲れて寝てしまっての。そしたらワシを助けた拍子に死んでしまったではないか」

「やっぱり俺は死んだのか」

「ま、そんなとこじゃ」


 俺の人生は魔法使いにならずに幕を閉じたようだ。こんなことなら良いとこの風俗行っとくべきだったな。

 あぁ畜生。結局死んでも後悔ばかりかよ。


「そう悲観するな。ワシを助けた結果死んだんじゃ。ワシも寝覚めが悪くて今後美味いお茶も飲めん。そこでじゃお前にもう一度命を授ける。それもとびっきりの力をプレゼントじゃ」

「やっぱり異世界か。一体どんなチートスキルくれるんだ?絶対防御とかどんな物でも切れる能力か?」


「ラッキースケベじゃ」

「⋯は?」

「ラッキースケベじゃ」

「いや聞こえてるけどさ⋯」


 あまりの唐突な言葉に俺が困惑してると老人は手を俺に向け光を放った。特に何か変わったような感じはなかった。しかし老人は満足そうにしている。


「これで準備万端じゃ。起きたら高校一年の入学式の日になっとるはずじゃ」

「おい待て! 異世界じゃないのか! 知らないはずの土地なのに魔法使えたりなんだりするんじゃないのか!」

「誰が異世界連れてくといったんじゃ⋯早とちりするでない。高校時代に最高の青春を謳歌させようとしてるんじゃ」


 よりにもよってボッチだった高校時代ということに冷や汗が湧き出る。


「おい! 高校時代に戻るくらいなら俺をそのまま死なせてくれー!!」

「では素晴らしい青春を送れることを祈っておるぞ」


 耳元でアラームが鳴る。そしてそれと同時に目が覚める。俺の部屋だ。しかしこんな朝早くにアラームをかけた覚えはない。夢出会って欲しい。そんな思いから一階に降りると味噌汁の匂いが鼻をくすぐる。


「朝ごはん前に来るなんて珍しいわね。今日が楽しみでいてもたってもいられなかったのかしら」


 まだ若い頃の母親が朝飯の準備をしていた。そして俺はまたも目を見開く。高校卒業してすぐに他界した父親が新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。


 こっちが夢であってくれという思いから頬をつねるが残念ながら痛い。あの老人に腹が立つ。腹は決まった。もう一度⋯。


 俺は朝食を済ませ部屋に戻り制服に着替えた。新調したばかりの制服は良い匂いがした。もうすぐ三十だったのに制服か。これも最後の思い出としては笑えるな。


 家を出て俺は一応学校へと向った。ちょうどいい所があったからだ。桜並木の歩道を一人で歩いて思った事は一つだった。一回死んだんだからもう一度死んでも対して辛くない。あの時死ぬはずだった。そう言い聞かせていた。それなのに心臓の鼓動は速くなる一方だった。


 横断報道に差し掛かった。ここだ。ゆっくり歩いて時間調節をする。そして青信号が点滅を始めたその時俺は靴ひもを結び始める。車はまだ来てないがむしろ好都合。勢いよく俺を轢いてくれ。そう思った時だ。


「危ないよ!」

「ぐぇ⋯!?」


 勢いよく首根っこを引っ張られ後ろに引きずられる。俺は天を仰いでいた。ついでに水色のストライプのパンツを。短い紺色のスカートから覗かせる眩しい太ももに私もここにいるよと主張する二大この世で価値のある布が俺の脳内フォルダに保存される。


「あんな所で靴ひもなんか結んでたら危ないよ!」

「⋯すいません」

「でも良かった⋯てどこ見てるの?⋯っきゃあ!」


 俺の視線に気づきすぐにスカートを手で押さえる。顔から耳まで真赤に赤面している。俺は思わず親指を立てると頭を蹴っ飛ばされ走っていった。


 もう一つ老人から貰った物を思い出した。ラッキースケベ。⋯悪くない。


 俺は軽やかな足取りで卒業したはずの高校へと向かうのであった。

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