大魔法使いの弟子、世界を知る

冬冬フユ@Septem Felis

第1話 大魔法使いの弟子

 この世界で大魔法使いと称される人物はただ一人。世界を混沌に陥れた魔獣を統べる者アポ・カストロフを打倒し、近代魔法の礎を築き、その功績は歴史書にも載せられている。


 長命種エルフの大魔法使い。

 ラゲート・ハインブルグ。


 ラゲート師匠長命種エルフであったが、孤児のおれを引き取った時には既に病に侵されていた。何せ師匠はもう六百年近い時を生き、長命種エルフと言えど身体的な衰えは隠すことの出来ないところまで来ていた。


 隠居生活の中、師匠は弟子を育てることにした。

 その結果がおれ———シノン・ハインブルグ。


 八歳の時に引き取られ、シノンは十年もの間を魔法の修練に費やした。師匠も六百年の間で培ってきた己の才の全てを、シノンに叩き込んでくれた。修練は辛いことばかりではあったが、師匠が見込んで引き取ったシノンには魔法の才能があった。


 師匠の最期を看取った時は辛かった修練も思い出だったのだと実感した。もちろんだが、泣く様なことはしなかった。師匠の死は突然の死というわけじゃない。分かっていたことなので、心構えだって出来ていたし、その後の身の振り方も考えていた。


 師匠の死後、細々とした整理を終え、埋葬し、小さなお墓を建てた。そして、シノンは旅立つことを決意する。


 大魔法使いと称えられ、歴史上の偉人にもなった師匠は生前の百年ほどは隠居生活をしていた。膨大な魔力元素エレメントの満ちる“古龍の峰”付近の大森林には人はまず寄り付かない。


 古龍の峰の膨大な魔力元素エレメントは魔法使いであっても体調を崩すほどに濃度が高く、強力な魔獣が跋扈している。極めつけは連峰に住まう古龍は神災の域に達する。


 そのため、隠居生活は外の世界と隔絶されたものだった。関わりがあったのも年に何回か。近くの街に行って必要なものを買う時くらい。とは言え、世間知らずというわけじゃない。


 外の世界と隔絶された隠居生活でも、師匠から情報として外にどういったものがあるのかは叩き込まれた。魔法使いには常識も必要だと、師匠は言っていた。


「命日に、また来ます」


 自分で建てた師匠の小さなお墓に言葉を落とし、シノンは背を向けた。


 決別とか、そんな重たいものじゃない。来ようと思えばいつでも来れる。家やお墓の周囲には古龍でも破れない結界魔法が張られているので、外部的な要因で失われるようなことは限りなく低い。


 結界を抜け、シノンは年に何回か訪れていた街まで向かう。


 ここから王都までは竜車を使っても一週間はかかる距離らしい。師匠がそう言っていた。路銀だった多くないから、そこも何とかしなければならない。ただ、お金に関しては考えがあるので、さほど気にはしていない。


 大木のそびえる大森林には強力な魔獣が生息している。結界を張らないと生活が出来ないくらいに多くの魔獣が生息しているので、街へ行く道中は魔獣に襲われながらになる。


 師匠曰く、それも修練の一環になると。

 なので、樹上から毛むくじゃらの怪物が落ちて来ても、シノンは驚かない。


 毛むくじゃらの怪物は体長二メートルほどの人型魔獣。名前はゲオルラ。群れで獲物を狩る魔獣であり、一匹いたら十匹いる。目の前に落ちて来たゲオルラ以外にもどこかに潜んでいるのだろう。


「おまえも見納めってなると感慨深く————」


 シノンの言葉をゲオルラは最後まで言わせない。黒い毛にまみれた剛腕でシノンを握り潰そうと迫るゲオルラであったが、突如燃え上がる。


 ゲオルラは魔獣ではあるものの、魔力元素エレメントに干渉できない。


「は、ならないよな」


 仲間が燃やされたからか、他のゲオルラがシノンを狩ろうとはしてこない。どこにいるのか、探そうと思えば探せるが、魔獣を狩り尽くそうだなんてシノンは思っていない。


 襲って来ないのであれば、シノンも黙って歩みを再開させるだけだ。そしてまた数十メートルほど進んで、別の魔獣がシノンを襲う。燃やし尽くして、再度歩むが、またしても新たな魔獣がシノンを襲う。


 この森ではそれが当たり前。


「こんな場所っ二度と来るかっ………!」


 月一の買い物でも、毎回そう思っていた。

 旅立つ今日もまた同じだった。

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