第3話 みんなで生活拠点を作る。
シンディがぴーたんを走らせて島内を確認してきた。
みんなの前に戻ってきたぴーたんは、物々しい雰囲気を醸しながら切り出す。
『キュルル、このゼルフェイン・アイアンテール・グラスウールを使い走りにしたことを泣いて後悔することになるであろう。この地に人の子はおらぬが、山の神が与えし実りがある。川のそばには大地の怒りでたぎる湯が沸く泉がある。猛き獣が多く暮らしている。我にとっては大したことのない山道だが、山はお前たちのような脆弱な人の子には試練の道となろう』
「わからん。解読できるけ、ルーシー」
「ルーシーにもわかりません。デルさんはわかります?」
「俺にもムリ」
リタは前世で聞いた、中二病という言葉を思い出した。
孫息子が小学生の頃、こんな感じだった。怪我をしているわけでもないのに左手に包帯を巻いて右目に眼帯をつけて、「我は偉大なる魔王ぞ! 魔眼が疼く!」とポーズを決めていた。
その時の写真を彼が大人になってから見せたら、「ばーちゃんやめてくれ、黒歴史を掘り起こさないでくれ!」と叫んでいたところまで良い思い出だ。
ぴーたんも魔王ごっこしたがるお年頃なのだろう。
「うふふ。みんな、ぴーたんの意味不明な言葉は無視していいからね。ここは無人島だけど木の実があるし川のそばには温泉があって、獣も住んでいる豊かな森のようね。山道に気をつけろって」
さすが飼い主。シンディは難なく解読し、ぴーたんの頭を肘で小突いた。
「ところでぴーたん、ルーシーは知りたいです。なぜさっきとお名前が違うのです?」
『え、選ばれし者は他者に
「そうでしたか。ルーシーは一つ賢くなりました」
「覚えちゃだめよルーシー。これはデタラメだから」
ぴーたんは自分でこうだったらいいなというかっこいい真名を名乗っているだけだ。その都度考えた出任せのため、過去の名は言った本人も覚えていない。
「無人島なら自分たちの力だけで生きるしかないわね。生活に使えそうなものを漂着物から借りましょう。船が転覆したことは、定期船の往来する港がすぐに把握するでしょうから、捜索隊を結成してくれるはずよ。助けが来るまで食いつなげればいいわ」
シンディの話を聞いて、ルーシーは不安そうだ。
「お船が壊れたとはいえ、流れてきたのは誰かのものですの。勝手に使っていいんです?」
ルーシーがためらってしまうのも無理のない話。理由はどうあれ、人のものを勝手に使うことになる。
「生きるために必要だから、借りるしかないわ。何日後にくるかわからない助けを座って待っているだけじゃ、死んでしまうわよ」
それでも不安そうなルーシーを、デルがフォローする。
「大丈夫だよルーシー。あとで持ち主が現れて怒られたら、そんとき謝ればいいって。俺も一緒に謝るし」
「おれもシンディとデルに賛成だ。ここにはおれたちしかおらん。自分の手で切り抜けなきゃならねぇ」
シンディとエーデルフリートの意見に、リタも全面的に同意する。
空襲に遭ったときと同じだ。
誰も助けてくれない。
自分で立ち上がるしかない。
ここにいる全員で力を合わせてなんとかしないといけない。
それに、今のリタの体は若い。
日本にいたとき老眼と白内障で目が見えにくくなっていたのが嘘のようだ。
耳もさざなみの音までしっかりと聞き取れる。
腕も足もきちんと上がる。不自由ない健康体これだけで十分生きていける。
リタは元気よく拳を振り上げる。
「おれたちゃ四人もおる。なんでもできるて。な、ルーシー」
「はいです!」
ルーシーとシンディ、エーデルフリートも拳を掲げる。
四人で気合を入れて探索を開始した。
浜に流れ着いたものの中で、生活に使えそうなものを拝借する。
「リタ。これは使えます!」
ルーシーがブリキのバケツを抱えてきた。
「おお。水くみに良さげらなぁ。おれもええもん見つけた」
リタはスコップとクワ、じょうろといった農具一式を見せる。じょうろは水くみに使えるし、クワはフライパン代わりに使える。
これはリタが乗っていた船の積荷だ。
ミズローズ一家が送られるはずだった監獄島での刑務とは、農耕だ。
罪人たちが畑仕事をして、作られた作物は国に送られる。
切り立った崖と深い海に囲まれた孤島。船でしか往来できないから、脱獄は魚の餌になるのと同義。
刑期を終えるまでは娯楽も何もない島でひたすら畑を耕し作物を収穫するしかない。
「じゃーん! 見てよみんな。これロープで張ってテント作れないかな。雨風を凌ぐのって大事じゃん?」
「ええのう。テントなら大きな地震が来ても崩れねぇすけな」
エーデルフリートが船の帆を引きずってきた。強度のあるロープもついているから使い道は多そうだ。
ミィがロープの端っこを持って手伝っているのが微笑ましい。
「これ、まだ使えそうよ。食材さえあれば何か作れるわね」
「キュルルゥ」
シンディはぴーたんの背に大きな麻袋をのせて運んできた。
瓶入りの塩、粒胡椒。包丁、壊れた片手鍋。
鍋は取っ手がなくなっているけれど、本体さえあればどうにでもなる。
「そこの木と帆を使ってテントを作りましょう。あたしがゴーレムを喚ぶから、力仕事は任せて。土魔法は得意なの」
シンディが岩場に立ち、岩にナイフを突き立てる。emethと文字を刻み込み、指先を切って文字に血をひと雫垂らす。
「大地の精霊よ、
するとシンディの足元の岩が光を放ち、砂を巻き込みながら人の形になる。みるみるうちに、見上げるほどのゴーレムができあがった。
「ばかごうぎらねっか! 手品師も顔負けらわ」
「すごいです、すごいですー!」
リタもルーシーも、初めて目にするゴーレム生成に感動して、拍手喝采する。
「ゴーレムちゃん、テントを作るから手伝ってちょうだい」
エーデルフリートが二本の木の間にロープを張る。
ゴーレムが帆を大きく広げて、エーデルフリートの張ったロープにかける。
三角形になるよう裾を伸ばしていく。風で飛ばないよう、裾には重しの岩を乗せる。
リタとルーシーで落ち葉を運んできて、テントの下に敷きつめる。その上にもう一枚帆を持ってきて敷いたら、即席テントの出来上がりだ。
「おうちです!」
「ふふふ。即席にしてはいい出来らな」
ルーシーの横でミィも跳ねている。
ミズの娘たちも幼い頃、どんな些細なことでも喜び、はしゃいでいた。ルーシーを見ていると娘を思い出して、温かい気持ちになる。
リタは我が子を見守るような気持ちでルーシーとミィの頭を撫でる。
子どもたちを見て、シンディとエーデルフリートも笑う。
この無人島は、後に農業で有名な村になる。
リタ、ルーシー、エーデルフリート、シンディ。
これは偶然漂着した四人が、力を合わせて村を築いていく物語である。
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