第30話 カヤックのお稽古 夏(6)
*その日の夕方
うう、気まずい。カケルちゃんとクマと2人と1匹で夕方のお散歩。いっそクマと2人にして欲しかった。いつものように河原に下りて『瀬』を見ながら座っている。カケルちゃんはずっと黙り込んだままだ。クマも異様な雰囲気を察してか私たちをチラチラ見ながら辺りをうろうろしてる。
私、ここまで怒らせるようなこと言ったかなあ…… 確かにカケルちゃんってちょっとめんどうくさいかも…… 私は思い切って話し掛けてみた。
「カケルちゃん、あのさ…… カケルちゃんはすごくかわいいし、かっこいいし、すごく魅力的だよ。女の私から見てもドキドキするもん」
「え?」
「だからさ、何が言いたいかって言うと、そんな見る目がない男なんて放っておけばいいじゃんってことなんだ」
「私、初めてカケルちゃんがカヤック漕いでるとこ見たときすごく綺麗だって思った。水面の上を走ってるみたいで、水上でカヤックとダンスしてるみたいで、すごく楽しそうで。私もあんな風に漕いでみたいって心から思ったんだ」
「だからカケルちゃんは私の憧れなんだ。きっとそんな風にカケルちゃんのいいとこいっぱいあるの分かってくれる人、絶対現れると思うんだよね」
「だからそんなに落ち込まなくてもいいんじゃないかと思うんだけど…… 少なくとも私は大好きだよ、カケルちゃんのこと」
喋りながら段々何を言ってるのか分からなくなってきたな。今告白しちゃったような気もする。
「私、別にフラれてませんけど。って言うか告白もしてませんけど」
「え! そうなの?」
そもそも論点がづれてたのか! じゃあ、なんでそんなに怒ってるの? って言葉が喉元まで出かかったけど聞いたらいけないような気がして結局聞けなかった。
「でも…… 心配してくれてありがとうございます。帰りましょうか」
「あ、うん」
なんか微妙な会話だった。一応返事はしてくれたけど仲直りしたって感じじゃない。私たちは黙ったまま『民宿 川中』へ戻ったのだった。
*4日目
カケルちゃんとはまだ仲直りできていない。
翌日の朝。クマと散歩して朝食も済ませた私たちはいつものようにカヌー館の対岸の河原にいる。
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
「まだ仲直りしとらんのか?」
「はい……」
「やれやれ、カケルのへそ曲がりにも困ったもんじゃ。まったく、あの頑固さは誰に似たのやら」
あんたじゃないの? とは言わないで置いた。
「本日のお稽古はレスキューについてじゃ」
「セルフレスキューのことですか?」
「それが基本じゃが、どうしようもない場合は助け合うこともある」
そうか、そうだよね。だから1人では川で遊ぶなって言うんだもんね。でも師匠の昔の不幸な事故のように周りに仲間がいてもどうしようもないことだってあり得るんだ。
「テトラポットなどの護岸、橋、消波ブロック、堰堤、ダムの取水口、魚とりの仕掛けなど、人口物は目立つから近寄らんことじゃ。自然物でも倒木がストレーナーになることもあるし、水面から見えない隠れ岩なんかもある。水の事故がおきる大きな原因は水圧じゃ。見た目には緩い流れでも堰き止めれば大きな水圧がかかる」
「はい……」
「よいか。よく覚えておくのじゃ。危険を察知したら迷わず艇もパドルも捨てろ」
「艇を捨てる?」
「脱出したら艇もパドルの迷わず手放せ。そんなもん後から回収すればよい。回収できなければまた手に入れればいいだけじゃ。命は後から手に入れることはできん」
「じゃから儂が中級コースとして最後に教えるのは『助けてもらう方法』じゃ」
「人を助けるのは難しい。一歩間違えば共倒れになる。中級程度でどうこうなるもんではない。手を出すな」
師匠の顔がいつになく厳しい。
「脱出したら泳ぐな。浮いとれ!」
「へ?」
「仰向けになって手足を上げてただ流されておればよい!」
私は『沈脱』してパドルもマイカヤックも手放して川の流れに身を任せている。
「あほ! 泳ぐな! なにもするな! そのまま流されておけ!」
せめて師匠の艇まで泳いで近づこうとしたら怒られた。なんで? 私は海辺の街の生まれだから結構泳げるんだけど。
「水中には危険物がいっぱいある。なぜ手足を上げて流されるのか理由を考えろ、あほ!」
下手に泳ぐと流木などの流れ物で怪我をしたり、水中の岩にぶつかったり、足が何かに引っかかったりと2次的な災害になり兼ねないらしい。それにしても「あほ」はないでしょ! めっちゃムカつく!
「儂のカヤックのスターンに手足を絡めてしがみつけ! なるべく水の抵抗にならんようにするんじゃ!」
「はいいい!」
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