第28話 カヤックのお稽古 夏(4)
お稽古を終えた夕方。カケルちゃんと私とクマはお散歩に出た。お散歩コースはいつも通り。今、私たちは『瀬』を目の前にした河原に座っている。
「マユさん、あさっての夕方、この地区の小学校でお祭りがあるんです。盆踊りとか屋台も沢山出るんですよ」
「へえ! 盆踊りかあ! なんか懐かしいな」
「マユさん、踊れるんですか?」
「踊れる、かな? でも盆踊りって地方によって振り付け違うよね」
「そうなんですか?」
「たぶん、私もよく知らんけど。そもそも盆踊りで使う曲が違うじゃん?」
「そうなんだ。それで…… よかったら一緒に行きませんか?」
「いいよ! でも私なんかと一緒でいいの?」
「え、どういうことですか?」
「ほら、カケルちゃんの好きな子、誘わなくていいの?」
「……」
「夏祭りなんて告白するいいチャンスなんじゃない?」
「私は…… マユさんと一緒に行きたいと思ったから誘ったんです。嫌なら別にいいです」
カケルちゃんは明らかに不機嫌な声でそう言うと立ち上がった。
「今の話はなしってことで、帰りましょう。クマ、行こう」
「え? あの……」
カケルちゃん怒ってる? なんで? 私、なんか怒らせるようなこと言ったかな…… あ、もしかしてもう告ってフラれちゃったとか?
*3日目
翌日の朝。クマと散歩して朝食も済ませた私たちはいつものようにカヌー館の対岸の河原にいる。
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
夕べからずっとカケルちゃんがよそよそしい。挨拶はしてくれるけど目を合わせてくれない。
「マユ、カケルと喧嘩でもしたのか?」
さすがに師匠も気づいたらしい。
「いえ、そんなつもりはなかったんですけど、なんかカケルちゃん気を悪くしちゃったみたいで……」
「あいつは一旦へそを曲げるとめんどくさいぞ。早く仲直りせい」
「そう言われましても原因も分からないんで。どうしたらいいですかね」
「何でもいいから謝ってしまえ」
師匠もカケルちゃんには弱いんだな。ちょっとおかしい。でも、本当にどうしよう……
「『キープ・フラット』は聞いたか?」
「はい。昨日カケルちゃんに教えてもらいました。あとフォワードスイープとサイドラダーの連携ターンも」
「うむ。さらに上級レベルになると『リーン・イン』でも『キープ・フラット』でもなく、『リーン・アウト』を多用する」
「リーン・アウト?」
「曲がる方向の内側に舟を傾けるのがリーン・インじゃが、曲がる方向の外側に舟を傾けるのがリーン・アウトじゃ」
「外側に傾ける?」
意味わかんない。右に曲がるとき左側に舟を傾ける? 左に曲がるときは右側に舟を傾ける? こけるんとちゃう?
「リーン・アウトでターンすると、スターンが水に沈み込んでさらに早く回ることができるんじゃ」
「水面にスターンを斜めに差し込む感じじゃな。自転車だったら確実にこけるが、舟は水に浮いているからそんなことも出来るんじゃ」
「そもそもカヤックのスターンがあんなに薄いのは水中にスターンを沈めやすくするためじゃ」
「水面は波立っていても水中は静水じゃから水中にスターンを沈めとる方が艇が安定するってこともある」
うーん、嵐の中の潜水艦みたいなもんかな。なんかいっぱい教えてもらって頭の整理が追いつかない。とりあえず『リーン・アウト』が今日のキーワードらしい。
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