第10話 カヤックのお稽古(3)
「うわ! 浮かんでる! でもなんかグラグラします!」
昨日乗ったカナディアン・カヌーとは大違い。
「このカヤックはロデオ艇と言ってな。ロデオって知っとるか?」
「あんまりよく知らないですけど、暴れ馬に乗って手綱から手を離しちゃったりするやつですかね」
「そうじゃな。まあわしも馬のロデオについてはよく知らんがな。つまりこの艇は暴れ馬に付けた鞍みたいなもんなんじゃ。川の激流を暴れ馬にたとえて、その激流を乗りこなすために作られた舟なんじゃ。だから安定性よりも細かな操縦性が重視された作りになっとる。ゆったりとした流れを下るカナディアン・カヌーと真逆の舟と言えば分かりやすいかの」
「そんな難しい舟をどうして?」
「日本の川はアメリカやカナダみたいなゆったり流れる大きな大河ではなく、高低差が大きくて流れの激しい箇所が多いのが特徴じゃからロデオ艇の方が向いておるのじゃ」
私はクロを乗せてゆったりとした川下りを楽しみたいんだけど……
「まあ、この艇を乗りこなせればカナディアン・カヌーだけじゃなく、たいがいのタイプの艇は乗りこなせるようになるわい」
師匠は言い切った。
うーん、そうか…… 大は小を兼ねるって言うしな、ちょっと例えが違うかな。私はとりあえず、て言うかちょっと無理やりだけど納得してロデオ艇なるものに挑戦することにした。カケルちゃんがスラローム艇を漕ぐ姿が頭をよぎったのも確かだった。
「パドルの柄の部分、シャフトと言うが、それを両手で適当に持って頭の上に乗せてみなさい」
私はパドルのシャフトの真ん中から左右等分に離れたところを握って頭の上にこつんと乗せた。
「そのとき肘が直角に曲がるくらいの位置があんたの持ち手の位置じゃ。もう少し外側、うむ、そのあたりじゃな」
「それで右側を漕いでみなさい」
右側のブレードを水に浸けて、漕いだ。舟が簡単に左に回転した。うわ、こんな簡単に回転しちゃうんだって驚く。
「よし、次は左を漕いでみなさい」
今度は左のブレードを水に浸けようとすると、あれ? 左のブレードがうまく水を掴めないぞ。私は左側のブレードがちゃんと水を掴むように右手首を捻って調整した。
「マユは今何か気づいたじゃろ?」
「はい。左を漕ぐときは右手首をちょっと捻って左側のブレードの角度を調整しないとうまく水が掴めません」
「そのとうり。そのパドルの左右のブレードは捻じれておるのじゃ。つまり右側のブレードの面が平面とするなら、左側のブレードはそれより75度づれて付いておる。」
「どうしてそんなことを!?」
素朴な疑問がそのまま口を突いて出た。
「ダブルブレードのパドルの場合、人間の手首の構造上ある程度の角度が付いとる方が漕ぎやすいのじゃ。では何度くらいがいいのかと言うとそれは何をしたいのかによって変わってくるの」
「ざっと言えば、まっすぐに漕ぐことが多い場合は角度は深く、だいたい75度から90度と言ったところじゃな。で、ロデオのように波に乗って遊ぶのであれば30度から45度くらいが普通じゃの。これをフェザーアングルと言う」
「フェザーアングル」
私は復唱した。
「まっすぐに漕ぐ場合じゃが、水に入れていない方のブレードへの空気抵抗の問題なんじゃ。特に向かい風が吹いとる場合なぞ、ブレードに当たる空気抵抗はかなりなもんじゃ。だが角度が90度付いておると水に入れていない方のブレードはちょうど水平になるから空気抵抗は最も少なくできるという理屈じゃな」
「なるほど!」
些細なポイントにそんなに深い理屈があったなんて、ちょっと驚いた。
「ただ90度もアングルを付けると、右手首の捻りが大きくなるから、右を漕いで左を漕ぐ間の切り替えに少し時間がかかる。じゃから速くてデリケートな流れを漕ぐ場合だと、その切り替え時間が致命傷になることがある。じゃからそのパドルのフェザーアングルはちょっと浅めの75度なんじゃ。逆に言えば、速くてデリケートな流れの中で操船するのが普通のロデオ艇の場合、直進性は無視して左右のパドルの切り替えを素早くしないといけないからフェザーアングルが浅い30度から45度くらいなのじゃ」
「空気抵抗を減らすことと、左右の切り替え時間の問題なんですね」
「そうじゃな、あんたの持っとるパドルは75度じゃから、どっちかって言うとまっすぐ進むことを重視したフェザーアングルに設定されとるってことじゃな。昔カケルが使っとったパドルじゃからスラローム向きと言うことになるかの」
「分かりました」
「では左右順々に漕いでみようかの。ちなみに前へ進む漕ぎ方をフォワード・ストロークと言う」
「フォワード・ストローク」
私は左ブレードの入水角に注意しながら右手首を回して、右、左、右、左と漕いでみた。おお、前に進むぞ! ダブルブレードだからカナディアン・カヌーの時より簡単に進むことができる。
「対岸の、昨日スタートしたあたりを見て、そこに向かってまっすぐに進めるように漕いでみなさい」
私の乗っているロデオ艇はカナディアン・カヌーと比べるとすごく小さいから、右を漕ぐと左へ、左を漕ぐと右へと簡単に曲がってしまう。曲がるよりまっすぐ進む方が難しいことが分かった。まっすぐ進むと言うよりジグザグに進んでいる感じだ。そんな感じで対岸まで往復してみた。フェザーアングルに慣れていないので左側のブレードがうまく水を掴めないことがある。私は右手首の捻りに注意しながらフォワード・ストロークを漕ぐことに集中した。
「うむ。では次は曲がり方を教えるが、その前に舟の各部の名称を教えておこうかの。それを知っておらんとこれから先の説明がやりずらいのでな」
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